4 赤い池
~樹里愛SIDE~
私の名前は樹里愛・スペンサー。
アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれたハーフで、職業は医者。
年齢は27で、容姿は西洋風の顔立ちに母譲りの金髪、努力で維持しているスタイルと、自分でも悪くないのではないかと思っているのだが、最近は結婚に少し焦っている。
出会いがあまり無いのと男運が基本的に悪いのだ。
結婚相手としては条件的にちょっと合わない人からばかりモテてしまうのが、目下の悩みと言ったところか。
自己紹介はこれくらいでいいだろう。
突然だが私は今、夢か現実かわからない体験をしている。
なんと悪魔が開催しているゲームに参加しているのだ。
正直最初は信じられなかった。
だが以前からゲームに参加しているという集団と突如現れた怪物、双方の戦いを見せられたら、納得するしかなくなった。
明らかに人間離れした身体能力に魔法のような異能。
なにより異形の怪物。
正直頭がついていかない。
だが一緒に行動している阿久津大我という高校生は順応しているらしい。
というよりも、どこか楽しんでるように見える。
さっきも突然どこかへ行ったと思ったら、敵であるゾンビを一体倒してきたと言っていた。
正直信じられない。
こんなどこかもわからない場所で得体の知れないものと戦うなんて。
しかし、あの子は実に楽しそうに話していた。
見たところ高校生だ。
あの年代の子なら非日常の世界に放り込まれて浮かれるのもわかる。
わかるが、ここは危険なところなのだと自覚してほしい。
そう考えて、大我のことになると平静でいられなくなっている自分に気づく。
まったく。
あの子を見ていると、心がざわついて平常心でいられなくなる。
お願いだから、あの子も勇気ある行動と無鉄砲であることは違うのだとわかってほしい。
「グオォォォ」
またゾンビの声が聞こえた。
恐怖心を煽るような、とても不快な声だ。
そんなことを考えていたら、
「テメェらに見せてやるよ!俺の力をな!」
先程から騒がしかった男が、迎撃に向かった自警団の者たちを追いかけていった。
まったく、理解できない男だ。
そこまで自分の力を誇示してどうしようというのだろうか。
自警団の者たちの言葉を信じるなら、彼らの扱っている魔力を使えるようになるには少なくともゲームに参加してから数時間はかかるらしい。
なら少なくとも今回のゲームに関しては魔力は使えない、と考えて間違いないだろう。
そうなると初参加である私たちは今回のゲームでは無力に等しい。
こんなこと、考えればすぐわかることだろうに。
冷めた目で走り去っていく彼を見る。
ああいう人には話をしても意味なんてないのだから好きにやらせればいいのだ。
そう考えていたらその後ろで大我も走り出していた。
しかもその顔は笑っていた。
信じられない!
あの子、さっき私が言ったこと全然わかってないじゃない!
怒りが湧き上がるが今はそれどころではない。
とりあえず止めないと。
説教はそれからだ。
そう考え、急いで追いかけることにした。
~大我SIDE~
オレは思う。
あのチンピラは素晴らしいと。
何が素晴らしいって、自分の欲望最優先で生きてるところが素晴らしい。
まず自分の主張が通らないと、駄々をこねて自分の主張を無理やり通そうとするところがいいと思う。
普通の人は他の人間との兼ね合いからある程度の譲歩をするのが普通であると思うが、あのチンピラにはそんな選択肢すら存在していない。
この社会で生きていくのに苦労するのは簡単に想像できるだろうに、絶対に自分を曲げないのだ。
素晴らしい。
次に、自分が舐められていると感じたら周囲を威嚇、それでも不満なら暴力で自分の力を誇示しようとするところがいいと思う。
そんなことをしても個人の力なんて集団の力、例としては国家権力に出てこられたら無力でしかない。
なのに、彼はそんなことは関係ない、俺の言うことには皆従うべきなんだ、と言っているかのように無駄に力を振りかざすのだ。
素晴らしい。
どう生きてきたらあんな人間が誕生するのだろうか。
本当に彼は素晴らしい。
近くで見ていて彼ほど面白い対象はそうはいないだろう。
周りを顧みない彼の行動はどんな結末を向かえるのか。
それがとても楽しみで追いかけてきてしまった。
「グオォォォ」
ゾンビの姿を確認する。
アレックス爺さんの部下が攻撃を仕掛けている。
どう見ても優勢だ。
この調子ならすぐ片付くだろう。
そう思っていたところ、あのチンピラは余計なことをしてくれた。
予想通り。
本当に期待を裏切らない男である。
素晴らしい。
何をしたかというと、なんと!
追撃でとどめを刺そうとした部下の射線上に割り込みゾンビに殴りかかったのだ。
もちろん普通の人間でしかないチンピラに殴られたところでゾンビがやられるわけがない。
「アァ―・・・」
「コイツ!この!なんでやられねぇんだよ!」
そりゃやられるわけがない。
そいつゴルフクラブで二回、しかも全力で殴って、ようやく倒せるぐらい硬いんだぞ?
素手で数発殴ったぐらいでやられるわけがないだろ。
「おい!危ないからどけ!」
「うるせぇ!どいつもこいつも俺を舐めやがって!全員に俺の力を見せてやるから黙って見とけ!」
遠距離から(恐らく異能で)何かを放っている自警団の人たちに任せた方が安全かつ確実にゾンビを処理できると思うのだが、今の彼にとってはそんなこと関係ないらしい。
殴り飛ばしたゾンビに馬乗りになり顔を殴り続けている。
黙って見とけって言われたので黙って見てるが、そんな周りがゾンビだらけの場所でそんなことしてたら、どうなるかは言うまでもなく・・・。
「な、なんだテメェら!放しやがれ!」
まあ、そうなるよね。
と言いたくなるぐらい当然のように周囲をゾンビに囲まれてしまっていた。
「お前ら、黙って見てないで助けろよ!」
えぇ~・・・。
黙って見てろって言ったの自分のくせに。
でもそういう身勝手なところが彼の良いところだ。
いや、悪いところか?
どっちでもいいか、面白いことには変わりないし。
「待ってろ!」
自警団の男が助けに向かう。
「なんなんだあいつ、もう放っておこう」
と、普通の人なら思うだろうに。
優しい人だな。
自警団の男は異能を放って周囲のゾンビを吹き飛ばす。
だがあの数だ、まだまだゾンビは残っている。
仕方ない、オレも行こう、なによりロングソードの試し斬りができそうだし。
そう考え走り出そうとしたとき。
「く、来るんじゃねぇ!」
チンピラはそう言いながら立ち上がり、駆け寄って来ていた自警団の男をゾンビの方へ押し出す。
「なっ!?」
態勢を崩された男はそのままゾンビの方へ倒れこみ・・・。
「う、うわぁぁぁ!!」
ゾンビに噛まれてしまった。
しかも噛まれた位置は首、当然大量の血が噴き出す。
赤い噴水のように噴き出したそれは、まるで赤々とした池のように広がっていった。