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36 本当の家族

 その後の話はよく覚えていない。


 かろうじて旅先で出会って意気投合し、結婚を前提に付き合っているという話だけは理解できた。


 俺は失恋したのか…。


 そのことで頭の中はいっぱいだった。

 一刻も早くこの2人から離れたかった。


 その日は少し疲れたからと言って早々に自室へ引っ込んだ。

 できる限りあの2人を視界に入れたくなかったのだ。


 だが、翌日もあの男は家にいた。


 まだ住む家が決まっていないからだとか言っていたが、正直よく覚えていない。


 そんなことよりも2人を見たくなくて、家から出ていく口実にちょうどいいくらいにしか思わなかったのだ。

 

「ならこの家で2人で住めばいい。俺が出ていくから」


 努めて感情を無くした声で伝えたことを覚えている。

 義姉さんを取られて苛立っているのを知られたくなかったのだ…。


 今思い返しても、我ながら子供だなと思う。


「なんであなたが出ていく必要があるのよ?それに何?その言い方…。感じ悪いわよ?」

「別に普通だろ?恋人と同棲しなよって言ってるだけだよ。邪魔者は出てくから、あとは若い2人で好きにしなよ」

「邪魔者ってなに?私そんなこと言ってないでしょ?何拗ねてるのよ子供みたいに」

「拗ねてなんかいない。元々大学からも遠かったから、もっと近くに引っ越したかったんだよ」

「ならあんな言い方しなくてもいいでしょ!まったく!あんたは昔からいつもいつも…」


 昔のことを持ち出されて頭に血が昇ってしまった。

 だからあんなことを言ってしまったんだ。


「いつまでも子ども扱いするなよ!本当の家族でもないくせに!」


 今でも後悔している。


 あの時の義姉さんの顔は一生忘れることはないだろう。


 その顔を見ていられなくて、いや、見ていたくなくて俺はその場から逃げ出した。


 その後義姉さんたちがどうなったかはわからない。

 俺は数日間友達の家を泊まり歩き、新居を借りてそのまま家を出てしまったからだ。

 引っ越しの時も友達の手を借りて、義姉さんたちがいない隙に全て終えてしまった。

 なので、それからの3年間、俺は義姉さんとあの男に会うことはなかった…。



 そんな俺に転機が訪れたのは大学4年の年末だった。

 大学院に進むつもりの俺は、まだのんびりと学園生活を送っていた。


 そんな時、突然あの男が俺に会いに大学までやって来たのだ。


「久しぶりだね、元気にしていたかい?」

 

 あの男は最後に会った時と変わらないままの柔らかな笑顔で俺に話しかけてきた。


「あんたは……!?……何しにここに来た?」


 ついつい身構えてしまう。


 義姉さんとあんな別れ方をする羽目になった元凶だ。

 俺にしてみれば当然の対応だった。


「誰だこのおっさん?」


 一緒にいた友人が聞いてくる。


 なんでもない。


 そう言おうとしたがその前にあの男が先に口を開いた。


「私は……、そうだな……。彼の兄、ということになるかな。義理のね」


 何を言われたのか一瞬わからなかった。

 いや、理解したくなかった。


「え?どういうこと?ジャンってお姉さんいたの?」


 一緒にいた女の子が聞いてくる。


 最近俺に付きまとってくる子だ。

 迷惑とまではいかないが、正直苦手な子だった。


「まあ……。もう何年も会ってないし、別に話す必要もないかなって…」

「それでも私、ジャンのことはなんでも知っていたかったな」


 彼女はそう言って頬を膨らませる。


 こういうところだ。

 こういうところが姉さんを彷彿とさせるのでこの子は苦手なんだ。


「彼と妻の仲を険悪にさせたのは私だろうから、心苦しいんだけどね」

「それってどういう……」

「そんなことより!!」


 強引に話題を変える。


「義理の兄ってどういうことだ?まさか……」

「まあ、そういうことだよ…。その、ようやくプロポーズを受けてもらえたんだ」


 その恥ずかしそうだが、同時に嬉しそうな顔を見るのがとても不快だった。


 そうだ…、この男の口から義姉さんのことを語られるのは正直言ってかなり不快だ。


 もう一刻も早くこの男から離れたかった。


「プロポーズが成功したから結婚しますって報告か?ならもう用は済んだだろ?これからバイトがあるから早く行きたいんだが」


 自分でもかなり棘がある言い方と態度だったと思う。

 それなのにマーリオゥは気にした様子はない。


 その余裕っぷりも気に入らなかった。


「そうか、それは悪かったね…。それなら今夜時間はあるかい?いろいろ話もあるし、食事でもどうかな?イーリスも含めて3人で…」

「お断りだ」


 その日はそう言って立ち去った。



 だがあの男はその日以降も何度も俺に会いに来た。


 しまいには俺の友人、バイト先の店長とまで仲良くなっており、次第に俺の逃げ場は無くなっていった…。



「降参だ、降参するからこれ以上俺の周りをウロチョロするのはやめてくれ……」


 最初に俺の元へ来てから2か月。


 俺は両手を挙げてギブアップを宣言していた。

 気づいたら皆から意地になるなだの、マーリオゥが可哀そうだの散々なことを言われる羽目になっていたのだ。


 本当に冗談じゃない。


「よかった。じゃあ3人で食事をしようか。食べられないものとかはないよね?」

「ああ、ないからもう勝手にしてくれ」


 もうどうにでもなれ。

 そういう気分だった。



「で?私になにか言うことあるわよね?」

 

 あれから数日後。

 来てくれと言われた日に実家に顔を出したら開口一番、義姉さんにそう言われた。


 心当たりはある。


 あるが、今更謝るのは何か嫌だった。


 何度も言うが、我ながら子供だな…と思う。


「別にないだろ。それよりこれ。結婚祝い」


 ちなみに中身は現金だ。


 現金はどうなんだ?と自分でも思ったが、なにもいいのが思い浮かばなかったのと、正直いまだに祝福する気にならなかったのであえてそうした。


「現金ってあんたね……。まあ、いいわ。座って」


 そう言われて席につく。


 正直早く帰りたい。


 自分がここにいることに違和感が、いや、この場において自分は異物なんだという感覚が常にしている。


 そんなことを考えていたらマーリオゥが食事を運んで来た。


 あいつがこれを作ったのか?

 正直言って店で出しても申し分ないくらいのクオリティだった。


 本当に気に食わない男だ。

 完璧すぎて自分が情けなくなる。


 俺とこの男、どちらを選んだ方が義姉さんにとって幸せかなんて、誰の目から見ても明らかだというのに…。


「それで?話したいことってなんだよ?結婚のことならもう聞いたけど」


 そう言って料理を一口食べる。


 美味い。


 クソ、と心の中で独り言ちる。

 

「あんたもそろそろ頭が冷えたかな?と思ってね」

「なんだよそれ。喧嘩売ってんのか?」

「売ってきたのはあんたのほうでしょ?何よ突然…。私はあんたのこと、血が繋がってなくてもれっきとした弟として暮らしてきたっていうのに…!」


 それは俺だって同じだ。

 義姉さんのことは血の繋がりなんて関係なく、本当の家族だと思っている。


 ただ、俺の場合はそれだけじゃない。

 それ以上の感情を義姉さんに対して抱いている。


 だから義姉さんとその男が一緒にいるところを見るのは苦痛で仕方ない。


「君は」


 マーリオゥが口を挟んでくる。


「お義姉さんが大好きなんだね」


 なんてことを言うんだこの男は。


「だから私のことが嫌いなんだろ?大好きなお義姉さんを奪った男だから」

「なにふざけたこと言ってるんだアンタ!」


 つい激昂して立ち上がる。

 冗談にしても言っていい冗談と悪い冗談があるだろ!


「ふざけてなんかいないよ。君はお義姉さんが大好きだから……」


 マーリオゥが俺にとって致命的なことを話そうとしたその時、突然大きな音がして俺の体は吹き飛ばされた。


 なにが起こったのか、俺にはわからなかった…。


 だが、その時見たのだ。


 体が液体のようになっている人間を。

 超能力のようにマーリオゥの方へと飛んでいく机や椅子を。


 そうか、これは夢なのか。


 最後にそう思い、俺の視界は暗い水の中へと落ちていくように真っ暗になっていった…。

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