2 シークレットミッション
「なに?今の声?」
と樹里愛が聞いてくる。
周囲の人たちも今の声に驚き慄いている。
「ゾンビだ。ゾンビの声だ」
そう答えを返す。
未来のオレの記憶と同じだ、間違いない。
「皆下がって!私たちに任せて!」
アレックス爺さんの部下が叫ぶ。
だが。
「あ!ちょっと!」
オレはゾンビの元へ走る。
理由はもちろんある。
デモンズゲームではシークレットミッションというものが存在している。
ゲーム中に特定の行動をすると報酬が貰えるというものだ。
そしてミッションの内容なのだが、意外と映画やアニメなんかでよくあるような行動が設定されている可能性が高いのだ。
何故かはわからないが所詮悪魔たちの用意したミッションだ、どうせテンプレ通りの展開が面白いとかそんなしょうもない理由だろう。
あの悪魔ども、結構適当だからな。
話を戻すがゾンビもののテンプレはなんだろうかと考えるといくつか思い浮かぶ。 その中でこれはありそうだなと思ったものを試しに行こうとしているのだ。
もちろん不安要素はある。
さっきも言ったがゾンビの身体能力は高い。
掴まれたら一巻の終わりである。
しかしやる価値はある。
それぐらいミッションをクリアすることによって手に入る報酬の価値はデカいのだ。
「それにしても…」
スポーツ用品店の店先に並べられていたゴルフクラブを拾いながら、つい口から不満が零れる。
「これが初ゲームじゃなければなぁ……」
というのも、このデモンズゲームは人間と正体不明のエネミーとの戦いが中心のゲームなのだが、基本的にはエネミーの方が強い。
そのまま戦っても絶対に勝てない程、戦闘力に差がある。
そんな力の差を埋めるのが、悪魔から与えられる〈魔力〉だ。
魔力があれば身体能力の強化もできるし、障壁を張って自分の身を守ることもできる。
そのうえ固有の能力である〈異能〉を発現することもできるのだ。
〈魔力〉とはとても便利かつ、なんとも夢のあるものなのだ。
「見つけた」
そうこうしているうちに、ゾンビを発見。
早速シークレットミッションとされているであろう行動を取る。
その行動とはゾンビの頭をかち割るというものだ。
ゾンビ映画では高確率で頭をかち割られるゾンビが出てくるので、恐らく今回も設定されている筈だ。
というわけで、ゴルフクラブを大きく振り上げる。
「ここだぁぁぁ!!」
ゴルフクラブを勢いよく振り下ろす。
勢いよく頭に当たるゴルフクラブ。
手応えあり!
う~む、スカッっとするなこれ!
暴力なんて普段振るう機会なんてそうそう無いからなぁ。
ホント、こんな機会を与えてくれたデモンズゲームには感謝しかないぜ!
だが、暴力を振るう魅力に浮かれていたオレは致命的な問題を失念していた。
それもかなり致命的な問題を。
「う、腕が・・・」
魔力があれば問題なくゾンビの頭をかち割れていただろう。
だが、この〈魔力〉という力は厄介なことに、ゲームに参加してある程度の時間が経たないと使えるようにならないのだ。
現に力が足りないせいでゾンビの頭を砕けずに、腕が痺れている。
このゾンビの頭をかち割るにはもう一撃必要か。
魔力が使えれば簡単なのに。
「大丈夫か!?」
ヤバい、アレックス爺さんが追いかけてきた!
このままじゃシークレットミッションを横取りされる!
痺れる腕を無視して再度ゴルフクラブを振り上げる。
「気を取り直してもう一度、ここだぁぁぁ!!」
掛け声と共に振り下ろす。
頼む!
今度こそ砕けてくれ、ゾンビの頭よ!!
オレの願いが通じたのか、ゾンビの頭が割れた。
が、案外グロい。
夢に出そうだ、この光景……。
でもこの感触…、癖になりそう…。
快感ってヤツだ。
「シークレットミッション達成!〈阿久津大我〉様に景品が授与されます」
ナビゲーターの声と共に何かが送られてくる。
確認してみると、送られてきたのはロングソードのようだった。
シークレットミッションの景品なのだからレアアイテムなんだろうけど、今は魔力が無いのでどんな能力なのかが確認できない。
やっぱり魔力が無いのは不便だな。
「シークレットミッションを達成しただと?馬鹿な…」
とアレックス爺さんが近づいてくる。
「シークレットミッションがなんなのかわからないけど、ゾンビなら弱点は頭だろうと思って…」
未来の記憶です、なんて言えないからそれっぽいことを言っておく。
「そうか。しかしあまりにも無謀な行動だな、少年。初参加のプレイヤーはエネミーに対抗する手段がほとんど無いのだ。今回は運がよかっただけ。それを肝に銘じておきなさい」
普通にガチ説教されてしまった……。
だが正論だ。
今回はたまたま運がよかっただけでしかない。
一歩間違えば死んでいたのはオレの方だったはずだ。
だが、オレは賭けに勝った。
これは大きい、大きいぞ!
おかげでレアアイテムをゲットできた。
これは生き残るのに大きな力になってくれるはずだ。
「それでは皆のところへ……む?」
アレックス爺さんの視線を追ってみると、新たなゾンビが現れていた。
しかも今度は集団だ。
どうしようか?
このロングソードの力を試してみるか?
「安心しなさい。すぐ終わる」
アレックス爺さんがオレを制止し、手を振りかざす。
その瞬間、上から圧力をかけられた様にゾンビが潰されていく。
これは……。
「ガアアア……!!」
断末魔を上げ、ペチャンコにされるゾンビ。
これはアレックス爺さんの異能〈重力操作〉だな。
指定した範囲の重力を重くしたり、逆に軽くしたりできるという強力な能力だ。
「さあ、皆の元へ戻ろうか」
アレックス爺さんに促され、歩き出す。
そして歩きながら思う。
やっぱ、特殊能力ってカッケェ…!
特殊能力というのは利便性だけでもお釣りが来るが、なによりカッコいいのが一番デカいと思う。
特殊能力に憧れない人類は存在しないんじゃないか?
そんなことを考えながらアレックス爺さんと共に皆のところに戻ると、なにやら揉めているようだった。
「なんでオレがお前らの命令を聞かなきゃいけねえんだよ!」
明らかにチンピラな男が叫んでいる。
「命令なんかしてませんよ。でも生き残るためには協力してもらわないと」
アレックス爺さんの部下が冷静に説明しているが、チンピラは聞く耳持たないようだ。
「だからなんでオレが協力してやらないといけないんだよ!お前らがオレの命令を聞けば全て丸く収まるだろ!」
馬鹿なのかお前ら、と吐き捨てるチンピラ。
うん、馬鹿なのはお前だ。
初参加という右も左もわからない上に、守られるしかない立場でどうして主導権は自分にあると思えるのか。
面白いやつだな、もう少し静観していよう。
「先程も説明したように今のあなた方には身を守る術がない。なので代わりに私たちがあなた方を守ります。ただ、守りやすいように私たちの指示に従ってほしい。そうお願いしているだけなのですが」
「そんなの知るかよ!オレの命令に従った方がうまくいくに決まってるだろ!なあ、アキ?」
「そうよ!ユキ君は凄いんだから!」
チンピラの彼女らしき女も便乗してきた。
あれだな、あの二人は典型的なバカカップルってやつだな。
バカップルではない。
あれと同じにしたら世のバカップルが可哀そうだ。
「お前らいい加減にしろよ」
そう言って前に出てきたのは先程樹里愛と一緒に会話をした男だった。