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7:ゆるいコメディー『ストレスに起因する禿げを考えた結果』

脳内環境健全化。ちょっとスッキリ。

ふぅ(*´ー`*)





左手に持つポスターには、アルファベットのH相当だろう巨乳な美女の腰から上が写っていた。ドッキリ番組やクイズ番組で最近よく見掛けるグラビア系タレントだ。写真の口元からの吹き出しには「ストレスを感じたら早めに相談」と書かれている。グロスを塗っていそうな艶感あるぷくりとした唇に、ポスター表面(ひょうめん)の艶のあるつるつるした印刷。近藤は写真の柔らかそうでボリュームある胸の辺りを包み込むイメージで、ふんわり手を添えポスターを押さえた。心の中で「はいお姉様」と巨乳美女に返事をしながらポスターの四隅を貼って剥がせる掲示用シールで丁寧に留めていく。ポスター越しの掲示板は当然のことながら平らで固い。


(うん、真っ直ぐだ)


出来映えに満足し頷き、手の平に感じる固さに幾ばくかの不満を持ち、だが当たり前かと苦笑いして1人頷く。


(なな)(ほーん)(はち)(ほーん)(きゅう)(ほーん)


ぼそぼそと後方で声がした。

ブチンッ、という音もした。


(番町皿屋敷?)


振り向いて見ると、同期の小林だった。


「お疲れ小林。何してんだ?」


「すれ違いざまに、定年退職して4月から再雇用になった元上司の髪の毛を根こそぎブチ抜いているところ。ん? あれ? なぁ近藤。このフロア、何階だったっけ?……って、3階だった3階。あはは。さぁさて、(さん)(ぼーん)(よん)(ほーん)


掲示板から通路を挟んで斜め後方にある自動販売機。早口で(まく)し立てる小林のすぐ後ろに、部分的裸電球な頭を乗せた元上司の背中が見えた。

どうやら自販機前でつっ立ったまま、元上司は席に戻らず廊下で缶コーヒーを飲んでいるようだ。


()(ほーん)(ろく)(ほーん)


たかだか1桁の数字のカウントが狂っている。


時蕎麦(ときそば)すな! ただでさえ元上司の頭頂部は寂しいってのに」


ブチンッ、ブチンッと場に不釣り合いな音が廊下に小さく響いていた。

ビール腹を抱え持つ元上司の体幹は意外にも鍛えられているようだ。髪の毛を毛根もろとも引っこ抜かれながらも、でぷりとして貫禄ある威厳皆無(かいむ)な後ろ姿は先程からピクリとも動かない。


「だってストレスがさ」


言い訳を始める小林のメンタルを健全に保つ協力をすべく、取り敢えず適当(てきとー)に相槌を打ちつつ話の続きを促す。


「ストレス?」


「うん、ストレス。仕事がさっぱり分からなくて」


(こいつ、そもそも仕事出来る奴だったっか?)


元々の脳ミソの質と量の問題の気がするが。出汁入り味噌は買わないが顆粒出汁は頻繁に使うため、仕事帰りに行き付けのスーパーで買い足そうと近藤は心に決めた。


「でも悩んでいる間に時間は経過するだろ?」


「そう、時は待ってはくれないのさ。あぁ、時計の針をへし折りたい」


破壊衝動は危険だ。今こそ、マイナス思考をプラス思考に変える魔法の言葉を使う時。


「何にもしない間に時間が経って給料が貰える、お前なら固定給万万歳(ばんばんざい)じゃないのか?」


成果給なら小林の給料はきっと雀の涙ほどに違いない。バブル崩壊後に複数回はあっただろう社内リストラの危機という名の荒波を小林が易々と乗り越えている不思議。ウインドサーフィン元国体選手の肩書きは伊達ではないらしい。


「でも仕事には締め切り、処理期限があるから」


小林は見た目によらず真面目だった。ちなみに小林の見た目だが、採用面接の時だけ染め直して黒光りしたような(わざ)とらしい髪色に、ヘアワックスでガチガチに固めた、分度器で正確に角度を測ったようなきっちりぴっしりな七三分け。銀縁四角フレームの眼鏡(めがね)がよりエセ臭さを際立(きわだ)たせている。


「間に合わなければタイムオーバーか?」


近藤は子供の頃からアクションゲームが苦手だった。スーパー○リオワールドでは慎重になり過ぎて時間切れとなること多々。特にお化け屋敷が怖くて苦手だった。自分は動いていないにも関わらず画面が動いていく恐ろしさは、バック駐車時に隣にいた車が発進するのを見てしまった時の恐怖に匹敵する。「え、俺、今ブレーキ踏んでるのに車が動いている!? そんなま・さ・か!?」とのパニックは、げに恐ろしい。焦って間違ってアクセルを踏んでしまうんじゃないかと毎度ヒヤヒヤする。「実に」と書いて「げに」と読む、そんなま・さ・か!? そのまさかだ。


「取り敢えずタイムアウトを取りたい」


同感だと近藤は思った。自身の脳内思考が何故か脱輪してヒヤリハット状態だ。神経を研ぎ澄ませ、小林の言葉にもっと意識を集中しなければと反省する近藤だった。シックハウス症候群の診断を受けている近藤は花粉症でもあるため、窓を開けて換気したいけれど換気出来ないという葛藤で日々頭を悩ませている。


「年休取れば? どうせ余っているだろ」


頭を悩ませながらも仕事が出来る近藤は、その場に適した言葉を取り敢えず適当(てきとー)に口にする、なろう小説でお馴染みの「チート能力」を持っていた。


「仕事だからな、冗談抜きに期限厳守だから。今の上司が激怒して脳溢血(のういっけつ)で倒れても困るから」


「もっといい加減な奴かと思っていたけど、お前真面目なのな」


「うん、今の上司は美人だからな。まあ、美人上司が倒れたら倒れたで喜んで介抱するけど。それでも……ああ、時計の針をへし折りたい」


カモノハシのよ……良質で重量感ある自身の脳ミソに、近藤は深呼吸して酸素を送り込んだ。カモシカのような脚を組んだ美人上司のヒール靴を喜びの涙を流しながら捧げ持つ小林の姿が目に浮かぶ。近藤の想像する美人上司は膝上のタイトスカートに黒のストッキングを履いていた。


「念の為、総務部の女の子にお願いして時計の針を南部鉄器製かダイヤモンド製に交換、かな」


総務部の女の子の顔面を必死に思い浮かべ、近藤は怪しいピンク色の妄想を打ち消した。


「俺は真面目だから。職場の備品は壊さないよ」


「真面目なら、元上司の髪を抜くなよ」


ここでも取り敢えず適当(てきとー)な言葉を言ってのける近藤だった。酸素を吸って二酸化炭素を吐き出すくらいの気楽さでさらりと言える、さすがチート能力。


「針を折らなくても時計の電池を抜いて時を止めるから。ストレスを溜め込むと円形脱毛症が怖いよな」


「お前が禿()げろ! 元上司の頭でストレス解消すな!」


時にツッコミも可能、さすがチート能力。


「時間狂わせたら総務部の女の子に怒られるぞ」


人事部所属の人間として、社内の人間関係の悪化防止のための忠告も仕事の内だと近藤は考え、また、石見(いわみ)神楽(かぐら)般若面(はんにゃめん)の顔になった総務部の女の子を思い浮かべた。島根県の石見地方では、魔よけや縁起物として玄関に般若面を飾る家も多い。ちなみに女の子の席は総務部の最も通路寄りの位置、つまりは総務部の入り口だ。


「なぁ近藤、その女子って何歳だ?」


近藤は焦った。


「何故……そんな質問を?」


無難には返したが、その表情にははっきりと動揺が窺える。視線が右往左往平泳ぎと背泳ぎを繰り返している。近藤はちゃきちゃきの江戸っ子の孫で、生粋の金槌(カナヅチ)だ。防弾チョッキがよく似合う元警察官の三男だ。


「だって、総務部に ()()() はいないだろ」


「え? ……いる……よ?」


「今、明らかに()があったじゃん」


「え? ……いる……よ?」


「語尾が上がってんじゃん」


小林はこの世の常識を知らないらしい。


「女性の年齢は訊かないのがマナーだろ」


近藤は人事部に属する人間として、社員としてというよりも人としての常識が欠如した小林を指導しなければならないと責任感を強くした。


「お前、人事部だろ。絶対年齢知ってるじゃん」


(う!?)


人事部所属ということが(あだ)になったようだ。激しい心の揺れをビート板に(つか)まりどうにかやり過ごし、責任感の強い近藤は優しく小林にこの世の真理を()く。


「世の中には知らない方が良いことだってあるんだぞ」


「総務部女子の年齢が? 自称42才だけど実際は56才なことが?」


(知ってんじゃねーか)


心の中で毒づきながら、近藤は小林に無言で微笑んだ。無言という言葉、最強説。


(ろく)(ほーん)(なな)(ほーん)


「だから時蕎麦(ときそば)すな!」


時にツッコミも。さすがチート能力。


「そろそろ抜くのに適した髪が無くなってきたな」


元上司は微動だにしない。立ったままの死後硬直……前世が弁慶だった説。


「7本とか数えてるけど、全部で何本抜いたんだよ?」


近藤はチート能力のオート機能を一時停止し、自らの疑問を口にした。新車のオートライト機能は点灯忘れも消し忘れも気にせずに済むため、かなり重宝している。バック駐車時に隣の車が発進した時の恐怖は未だ(ぬぐ)えないものの、万一の際には新車の自動ブレーキが非常に心強いと感じていた。


「俺のストレスで元上司の頭が禿()げそう。元上司の頭頂部の天然ライトがローからハイビームに」


(こいつ、俺の思考を読みやがったのか!?)


なろう小説にはまっている近藤、心の中で小説の主人公に成り切った。


「元上司もかなりのストレスを抱えてるんだろうな」


「お前のせいだろ」


近藤の口から外の世界に飛び出す言葉は常識の範囲内。取り敢えず適当(てきとー)に言葉を返すツッコミ可能チート能力のオート機能は再びオフからオンに切り替わったようだ。


「違うよ、元上司のストレスは昔から。総務部女子のせいだろ」


「なんでやねん!」


取り敢えず適当(てきとー)に言葉を返すチート能力に関西弁ツッコミが新機能として加わった。ちゃきちゃきの江戸っ子の血を引くという誇りが失われた瞬間だった。


「? 夫婦だろ?」


「?」


時に無言は言葉以上の意味を持つ。


「総務部女子と定年退職後再雇用」


衝撃の事実を知った近藤は今、人事部所属という誇りさえも失った。


誇りを失い、自信を失くし、換気したくても換気出来ないことにストレスを感じながら、それでも定年まで立派に勤めあげた近藤が禿げていたのかどうか、彼の髪の毛が途中からズラだったのかどうか……は謎に包まれたままだ。

深夜残業をすると定年退職後再雇用の男性に髪を生え際からざっくり切られるという、事実とは大きく異なる噂話が後世に語り継がれ、会社七不思議の1つとなった。






そこそこ文字数がある作品をお読みくださり有り難うございました。

コントネタの作品、淡々と読んでしまい、なかなか自分は笑えません。

この作品、コントネタっぽく何となくざっくり全体を書いて、そこから肉付けする感じで書きました。

以下、ざっくりな状態(内容は大体同じ)



「1本、2本、3本、4本」

廊下の掲示物を貼り替えていると、ぼそぼそと後方で声がした。

(番町皿屋敷?)

振り向いて見ると、同期の小林だった。

「お疲れ小林。何してんだ?」

「すれ違いざまに、4月から再雇用になった元上司の髪の毛を抜いてる」

小林のすぐ後方に、頭頂部の淋しくなった頭が乗っかった背中が見えた。

どうやら缶コーヒーを飲んでいるようだ。

「2本、3本、4本」

「時蕎麦すな! ただでさえ元上司の頭頂部は寂しいってのに。」

ブチ、ブチと髪の毛を引き抜く音が聞こえるが、ビール腹を抱え持つ元上司の体幹は意外にも鍛えられているようで、後ろ姿はピクリとも動かない。

「だってストレスがさ」

言い訳を始める小林の言葉に相槌を打つ。

「ストレス?」

「うん、ストレス。仕事、さっぱり分からなくて」

「でも悩んでいる間に時間は経過するだろ?」

あぁ、時計の針をへし折りたい。

何にもしない間に時間が経って給料貰えたら幸せじゃん。

でも仕事には期限があるから。

間に合わなければタイムオーバー?

取り敢えずタイムアウト取りたい。

年休取れば?

仕事だから。冗談抜きに期限厳守。

真面目じゃん。

うん、だから時計の針をへし折りたい。

念の為、総務部の女の子にお願いして時計の針を南部鉄器製かダイヤモンド製に交換かな。

真面目だから、職場の備品は壊さないよ。

物を大事にするとは、良い心掛けだな

普通に時計の電池抜いて時を止めるから

時間狂わせたら総務部の女の子に怒られるぞ

なぁ、その女子って何歳?

何故その質問?

だって、総務部に 女 の 子 いないだろ

……いる……よ?

今、明らかに間があったじゃん

……いる……よ?

語尾が上がってんじゃん

女性の年齢は訊かないのがマナーだろ

お前、人事部だろ。絶対年齢知ってるじゃん

世の中には知らない方が良いことだってあるんだぞ

総務部女子の年齢が?

「3本、4本」

だから時蕎麦ときそばすな!

そろそろ抜くのに適した髪が無くなってきたな

4本とか数えてるけど、全部で何本抜いたんだよ?

俺のストレスで元上司の頭が禿げそう

お前が禿げろ! 元上司の頭でストレス解消すな!

元上司もかなりのストレス抱えてんだろうな

お前のせいだろ

違うよ、

頭が禿げそう

円形脱毛症?

まだなってない




千字程度が3倍以上に。

職場の人間関係は良好です。

定年退職後再雇用の男性は架空人物です。

改めまして、最後までお読みくださり、有り難うございました♪

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[一言] まさか禿げにそんな真実が……!(ブワッ)
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