4:ガールズラブ。R15。『気持ちの名前は』
ジャンル:現実恋愛
百合。ガールズラブ。R15。
他の作者様方の、拝読した作品が色々と混ざった感じの作品。
きゅん?
知らない、そんなもの知らない。
胸のときめき?
知らない、そんなもの知らない。
恋?
違う、恋なんかじゃない。
そんな楽しいものじゃない。
綺麗なだけの感情じゃない。
もっと醜いもの、汚いもの、恥ずかしいもの。
誰にも知られたくない、こんな気持ち。
女生徒が彼女に声を掛けている。
話しているのは日直の仕事のこと。
どちらが宿題のプリントを集めて持って行くか。あと、彼女のノートとシャーペンのこと。
「このノートのシリーズ可愛いよね、私も好き。あ、このシャーペン。私ね、つい先週ちょうど店で同じものを見たの。これ、書きやすい?」
連絡事項だけ話せばいいのに。用が済んだならさっさと席に戻ればいいのに。同じ文房具が好きなの? へぇそう、お揃いにするの? 「書きやすい」と答えたら真似をして買うの?
「ノートは貰ったから使っている。シリーズへのこだわりは特に無いよ。シャーペンは、君にはどうかな? これはグリップが太めだから、君の華奢な手にはもう少し細い方がきっと持ちやすいと思うよ」
涼やかな目元。
艶のある長い睫毛。
すらっとした長身で、まるで王子様のように、見た目も、喋り方もカッコいい彼女。
そんな彼女と会話して、華奢な手と言われて、こそばゆそうに、でもとても嬉しそうにはにかむ女生徒。
「先生」
「ああ、谷内さんごめんなさい、気付かなかったわ。プリントを持って来てくれたのね、有り難う」
「先生?」
埃っぽさのある、紙の湿気た匂いがする国語科第一資料室。
ぎゅぎゅる、という不快な摩擦音は、入り口の引き戸が閉じた音。
上履きのスリッパがかぱかぱと鳴る。
机のすぐ側で足を止めた彼女。
指導用の教科書を見てノートに書き写す手を止め、シャーペンを置いた私。
深みのある彼女の目が、私の心の奥底を探る。
水面のように静かで、でもどこか、ぐらぐらと煮えたぎる熱さが見え隠れする彼女の目。
「先生。授業の後の、野田さんと私の会話、聞いていましたよね?」
目を見るのが怖い。でも、見上げてしまう。
吸い寄せられる、惹き付けられる。
綺麗で大きな黒目の中に、不安げな顔をした私がゆらり小さく映っている。蝋燭に灯った火のように、ふうと息をかければ消えてしまいそうなくらいの、小っぽけな存在。
ノートの上にプリントの束をばさりと乗せ、彼女は机に片手をつき、指をゆっくり折り曲げてノートの端をつうっとなぞった。
指先に当たったシャーペンを、爪でピンと弾いて転がす。
空いたもう一方の手は、私の顔へと伸びてくる。
「ねぇ、先生。許せないですよね。ノートもシャーペンも、貴女が私にくれた物。他の子が私と、貴女と、同じ物を持つなんて、許せませんよね」
手の平が輪郭に添うように触れ、彼女の親指がそっと私の唇に触れる。
「それとも先生は平気ですか?」
「谷内さん」
諭すようなきつめの口調で、彼女の名前を呼んだ。
「先生?」
小首を傾げ、なぜ責められるのか分からないとでもいう風に、彼女の目が私の心を覗く。
親指が下唇に沈む。
凪いだままの澄んだ目で、指で、逆に私が責められる。
「ちゃんと認めてください。ノートも、シャーペンも、私に寄越したのは貴女です」
汚い感情、独占欲。
他の生徒が彼女に話し掛けることに、彼女と同じ文房具を持つことに、彼女に華奢な手と言われることに、そんなどうしようも無いことに嫉妬する。
皆、どの子も私の生徒。私の中で、等しくあるべき存在。
それでも、授業中に彼女がいつも触れるものを私があげたものにしたかった。
教室の前に立ち、大勢の生徒を見て、彼女の目を見て、彼女の手を見て、触れられているノートとシャーペンを見て、それは私だと思いたかった。
下の唇が痛む。
それ以上沈まないのに、親指の力が増した。
痛みで思わず目を瞑る。
親指が離れ、痛みは止んだ。
優しく、傷を癒すように、ふわり唇が重なる。
そっと下唇をはむように。
「先生のせいですよ?」
手の甲で唇を拭い、彼女は今度は少し悪戯な目で、目尻にくすりと笑い皺を寄せながら私を見下ろす。
「違うわ、谷内さんのせいよ」
反論した私の下唇を、また親指が責める。
「先生、名前で呼んでくれる約束では?」
どくん、と心臓から湧いた毒が体をめぐる。
それ以上毒がまわらないように、握り締めた自分の手でぐっと胸を押さえ、下の名前で言い直す。
私を見下ろす彼女。
ぞくり、粟立つ。
「よくできました」と、下唇を、再び重なる唇で撫でられた。
醜くて、汚くて、恥ずかしい感情。
楽しいよりも、苦しさが勝る。
胸が握り潰されるようで、ただただ苦しい。
彼女の手に自分の手を、彼女の指に自分の指を重ねる。
醜くて、汚くて、恥ずかしい想いが、彼女とぴたり重なりますように。
反対の手で彼女の頭を抱き込んで、唇のもっと奥深くで重なる背徳に身を震わせる。
抱いてはいけないこの気持ちに、名前なんて要らない。
きっと自分が影響を受けただろう作品をご紹介(二次創作と言うべきレベルかもですが……皆さま勝手にすみません……)
●作者:間咲正樹 様 の現実恋愛作品『ノートとシャーペンの擬人化百合』 https://ncode.syosetu.com/n7779fl/
●作者:腰抜け16丁拳銃/クロモリ 様 の ヒューマンドラマ作品『剣と愛憎【200字】』 https://ncode.syosetu.com/n7244ho/
●作者:雑草のひと(猫じゃらし) 様 のエッセイ作品『「きゅん」なシーン、どう書きますか?』 https://ncode.syosetu.com/n1145hp/
作品タイトルは某アニメ映画の影響……ぱくり?