【オマケ】~その後の彼ら~【糖分】
どうしてこうなったのだろうか。
確かに彼、この国の第二王子ベネディクト・ベインティ・ヌエベはあの日言った。
『セレーネがデル・テスタ男爵令嬢と個人的に仲良くするのは一向に構わない』と。
しかし。
だからといって。
(本当に仲良くなるなんて、誰が想像できたか? 僕はしなかったよ、あぁ、まったくね!)
「ルチアさま。よろしくて? 貴女、そもそも一口が大き過ぎるのですよ。そのような大口を開けて。恥をお知りなさい」
「おしりなんて……セレーネさま、恥ずかしい……」
「上げ足を取るんじゃありませんっ!」
厳格な女教師と物覚えの悪い生徒の図か?
(なんだこれ)
セレーネ・ポルフィリオ侯爵令嬢は彼女の母校である王立学園を訪れ、淑女マナークラス特別講習の講師を請け負ってくれた。
罪滅ぼしですと言って週に三回。
その特別講習を、当然というかなんというか、ルチア・デル・テスタ男爵令嬢が受講した。彼女の友人何名かも一緒に受講した。
去年まで最優秀生徒として学園に名を馳せていたセレーネ先輩の特別授業! と、今では大人気講座になっているらしい。
放課後でさえ、あのように女生徒だけのお茶会(実践講習込み)をしているのだ。
ベネディクト王子はその終了時を、部屋の片隅に設けられた王子専用の喫茶スペースで待っているのだが。
「でもセレーネさま。どうしても音が立ってしまいます」
「場数です。何度でも繰り返すことで力加減を覚えます。その度にさまざまなパターンで試しなさい。一番いい力加減を自分の手に覚え込ませるのです。試行錯誤の末に覚えたことは、のちのちまで忘れることはありません」
カトラリーの使い方である。セレーネは懇切丁寧に解説し、時には身振り手振りをまじえ実践で覚えさせている。内容はわりと根性論が多い気がするが、それは彼女の信条でもあるのだろう。
「セレーネさま。こちらのお紅茶をお試しくださいませ」
「……薫り高く淹れられるようになりましたね。見事です」
こちらの彼女は紅茶の淹れ方。セレーネに淑女の笑みで合格点を出された生徒は、頬を染め『ぜったい忘れませんっ』などとほざいている。
美しい所作で紅茶の香りを確かめるセレーネの姿は、王子にとっては眼福以外なにものでもない。
だがしかし。
彼とセレーネとの距離は遠く、彼らのあいだにキャッキャウフフの女生徒が多数存在しているのだ。
「セレーネさま、刺繍を――」
「セレーネさま、詩の暗誦は――」
「セレーネさま――」
ルチア嬢だけでなく、講座受講の女生徒ほぼすべてが彼女に群がり質問責めだ。
あぁまったく。腹立たしいほどに彼女は人気があり過ぎる!
(彼女は!)
(僕の‼)
(婚約者なのに‼‼)
(僕との時間はどこにある⁇)
やっと心が通じ、お互い思い合っていたと知れた。これからもっと親しい間柄になれる。彼女が学園に赴いてくれるなんて、同じ気持ちだったからこそ。彼女も僕との時間を希望してくれたのではないか?(ウキウキ)
王子はそう考えていたのだが。
「殿下。“怖い笑顔”になってます」
「そうか」
それがどうした。
「お陰で女生徒に敬遠されまくってますよ」
「そうか」
それは良かった。
王子の後ろで、いつものように静かに護衛の任につくグスタフに囁かれるが、セレーネ以外の評価など、王子にとっては正直どうでもいい。
(せっかく学園に来てくれるのだから、もっと僕との時間を取って欲しかったな)
恋する男心は実に我が儘なのである。
セレーネが下級生女子に人気があるのは今更だ。
そして彼女がまじめに講師として学園に来ていることも知っている。
だが、そのきっかけになった女生徒、ルチア・デル・テスタ男爵令嬢とあんなにも仲良くなるなんて思いもしなかった。
「ルチアさま。貴女には第一に、落ち着きというものが必要です。貴女は地頭がいい。機転も利く。もっと落ち着いて行動できるようになれば、王宮で侍女として働くことも叶いましょう」
「……はい! セレーネおねえさま」
まじめに指導するセレーネと、満面の笑みで返事をするルチア嬢。傍目には仲の良い姉妹のようでもある。
「……殿下。殺気になっています」
「うるさい」
ベネディクト王子が不機嫌なのを知ってか知らずか。
真面目かつ、きつめの表情でセレーネは諭す。
「ですがルチアさま。貴女は何よりもまず、食べ物に対する執着心を抑えることが、今後、最大の課題になりそうです」
「え゛」
絶望の表情を浮かべるルチア嬢。
「食べ物を前にしたとき、表情がだらしなく崩れます。いつ何時も冷静に。それが叶わなければ、王宮勤めなどまだまだ見果てぬ夢の先です」
「そんなぁ~」
「情けない顔をしない。淑女としてもマイナス点になります」
「セレーネおねえさま~~っ」
「語尾を伸ばさない。聞き苦しい」
傍目にはしっかり者の姉とまだまだ修業中の妹、といったところだろうか。
(あんなに付きっきりで怒られるなんて……くっ、羨ましいっっ)
王子としては、あのように堂々と甘えられるルチアたち下級生が羨ましくて仕方ないのだ。
(僕も聴講生として受講したいっ……!)
『淑女マナークラス』である。
どう考えても王子殿下の受講は認められないだろう。
とはいえ、部屋の片隅で一部始終を見聞きしている現状は、聴講しているも同然であるが。
ベネディクト王子は今日もギリギリと歯軋りしたくなる内心を超然とした態度で隠しつつ、愛しい婚約者の特別授業が終わるのを大人しく待つのだった。
◇
「お待たせいたしました、ベネディクトさま」
幾多の質問に丁寧に答えを返し、セレーネは特別授業の補習を終えた。そして部屋の片隅で待つベネディクトの元へ来てくれる。
もう、それだけで涙がでるほど嬉しい、だなんて言うべきだろうかと一瞬迷う。
今までならそんな内心、綺麗に隠して『大人の男』の態度で接していた。だが、そうするとセレーネも『完璧令嬢』になってしまうのは学んだ。
だから。
「うん。待った。でも待つ甲斐もあるね。セレーネとこうして話す時間がより貴重に感じられるから」
「ベネディクトさま……」
セレーネは柔らかく微笑んでくれるようになった。
王子の専属護衛であるグスタフには、彼の恋人であるルチア嬢を寮迄送るよう命じた。彼らにも逢瀬の時間が必要だろうという配慮と、自分がセレーネと二人きりになる時間を捻出する為である。
勿論、王子の婚約者であるセレーネにも王家から派遣された専属護衛がいる。だが彼女は部屋の外の扉前で任務中だ。
「セレーネとルチア嬢が、僕が思っているより仲がよくて、僕は面白くなかった。“おねえさま”って呼ばれてセレーネも嬉しそうだったし。ほんと、セレーネは可愛いモノが好きだよね」
そう。
再認識したのがセレーネは可愛い物が好きだということ。幼い日に出会ったお茶会でも“可愛い幼女”を保護していた。そして、こうやって“少し拗ねた態度”を取ることも、彼女に対しては有効なのだ。
だって、ほら。
「ベネディクトさま……そんな子どもっぽいこと、仰らないの!」
あの日から名前を呼んでくれるようになったセレーネが、あの『完璧令嬢』ではない姿で接してくれる。
頬を赤く染め、少し唇を尖らせて王子を叱責する。素の状態に近いそれが王子には嬉しくて堪らない。例え怒られていても。
「まったくもう……あの“深い見識の冷静な王子殿下”はどちらへ?」
『叱責』という形だが、それはキツイ物言いではなく。
むしろ揶揄いを多分に含んだ調子で言われてしまえば、王子もそれに乗り、おどけて答える。
「あぁ、あれは出奔したようだよ」
両掌を上に向け、さてどうしよう? と問い掛ければ。
「まぁ! それは大変ですわ! お探ししないと!」
セレーネも彼に調子を合わせてくれる。そして二人、視線を合わせて笑顔になる。
(……善きっ! 僕はこんな時間がずっと欲しかった……っ)
「でも、本当に遅くなりました、申し訳ありません。すぐに帰りましょう」
ベネディクト王子がしみじみと幸せを噛み締めていると、真面目なセレーネが帰城を促す。彼女は王子が学業の傍ら既に公務に就き、多忙な毎日を送っていることを承知している。その王子の少ないプライベート時間を自分に使わせるのが申し訳ないと、彼女は言うのだが。
「セレーネが一緒に城に行くならすぐに帰る。そうじゃないなら、もう少しふたりでいたい……ダメ、かな?」
いつもは王家の紋章入りの馬車に同乗してセレーネをポルフィリオ侯爵邸に送る。ポルフィリオ侯爵邸はこの学園のすぐ近くに位置しているので、一緒にいられる時間が少ない。本音を言えば城に連れ帰ってしまいたい。
王子が卒業したらすぐに結婚式だ。それまでの我慢だと理解しているのだが。
真っ赤な顔をして黙り込んでしまったセレーネ。
ここで一緒に行くと言われたら王子宮に閉じ込める自信があるベネディクト王子と、そんな彼を理解しているのだろうセレーネ。
とはいえ、彼女だって王子と一緒の時間を疎んじているわけではない。だがこのまま一緒にいたいと口に出して言える程、セレーネは擦れていない。何年もかけて培った淑女として常識を捨てるのは難しい。
だからこそ、是とも非とも言えず黙ってしまうのだ。
王子としても彼女を困らせたいわけではない。
「ごめんね。僕は君を困らせることばかり言ってる」
そう言って立ち上がり、帰ろうかとエスコートの腕を差し出す。
(兄上にも釘を刺されてるしね)
ベネディクトの実兄であり、聡明な王太子殿下にはこう言われた。
『ポルフィリオ侯爵令嬢が着るウェディングドレスは10ヶ月も前から制作に入っているからな。いまさらサイズ変更になるような愚かなマネはするなよ? 僕は愛する可愛い弟を信用しているからな?』
信用していると言いながら何度も念押しするのは何故なのか。
つまりそれほど信用ならないのか。解せぬ。
(僕の自制心は鉄壁だというのに!)
「ベネディクトさまは、さきほど……ルチアがわたくしを『おねえさま』と呼んだから、不機嫌になったと仰られましたけど……」
王子の差し出した腕にそっと手を添えたセレーネが上目遣いで(それなりに身長差があるせい。意図的にしているわけではなかろう)きいてくる。
「……うん?」
「わたくし、ベネディクトさまにそう呼ばれるのは、もう卒業したいですわ。だって、いつまでも『姉』のままでは……『弟』とは結婚できないではありませんか……そうでしょう? ……ベニィ?」
頬を染め、ちょっと拗ねたような顔で。
羞恥のせいか、ちょっと涙目で。
大きな瞳がきらきら輝いて。
しかも上目遣いでそんなこと言うなんて。
その上、最後に『ベニィ』って愛称までっっっ!!
ク☆リ☆テ☆ィ☆カ☆ル☆ヒ☆ッ☆ツ☆!!
ベネディクト王子の脳内で、ちいさな自分が巨大ハリセンで『自制心』を張り飛ばし、遠く星になった妄想が展開された。
(セレーネっ! きみは、きみって人は、僕の忍耐力を試しているのかい? それとも無にするつもりなのかなっ⁈)
今まで『完璧令嬢』に慣れていた自分、さようなら。
本気を出し始めた王子の婚約者は可愛くて可愛くて可愛くて(無限×エンドレス)
(僕の自制心。さようなら。キミはよく頑張ったよ、多分だけど)
「ねぇ、セレーネ」
王子がそう呼べばその婚約者は小首を傾げ、目配せだけで『なんですか』と応える。
「ずっと、したかったことがあるんだ……こんな僕を嫌いにならないでね」
内緒話のようにこっそりと囁いて。
そのまま彼女の左目の下にある泣きぼくろに優しく触れた。
――彼の唇で。
王子の突然の接触に驚いた初心な婚約者は腰を抜かして。
これは大変! とばかりにお姫様抱っこで城に連れ帰るまで、あとわずか――。
【おしまい】
これで本当のおわり。
ご高覧ありがとうございました!
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<(_ _)>
※今作の王太子殿下のお話もあります。
『異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。』
こちらもよろしくお願いします<(_ _)>
※2022.12.21追記
今作に登場したルチア嬢の、その後のお話も始めました!
『結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって』
https://ncode.syosetu.com/n3952hz/
お時間に余裕がありましたら、お立ち寄りくださいませ<(_ _)>