70、卒業パーティーからの
「どうしてこうなったのかしら」
「リーリア様はご自身のことになると見えていらっしゃらないのですか。あんなに殿下が想いを伝えていたのに、ちっとも伝わっていなかったなんて。殿下がかわいそうですわ」
「いつ?殿下が想いを伝えてくださったのかしら?私は婚約解消はしないとしか聞いていませんもの。しかも小さい頃の話ですのよ。囲われて身動きさせないだけで、私自身ではなく、王妃という器にぴったりな私を求めているだけですわ。プレゼントだって、婚約者同士なら体裁が悪いから用意してくださっただけですもの」
「…坊っちゃまは一度も愛を囁いたことがないと?」
「ええ、そうよ!いつも王妃として君がいいとしか思われていなかったのよ。リリーが良いって、都合が良いんでしょう?聖女様はクリス殿下をお選びになったわけですし」
殿下を小さい頃から見てきた乳母で今も侍女のミントさん。坊っちゃまって、口調が昔に戻っていますわ。彼女とも長い付き合いになるわね。最初の頃の交流の時によくミルクたっぷりで用意してくださったのよね。まだ中等部にも入る前のころです。そのころから殿下は全然変わっておりません。
王妃に希望するのはリリーだけだ。
私は卒業パーティーのあと、わからず屋の殿下に連れ去られ、王城の1室に閉じ込められました。
「頑固者!わからないなら私がどれだけリリーが好きなのか、身体でわからせてやる!」
と言ってつれて来られたこの部屋。王太子妃の部屋らしいです。毒で生死をさまよい、私は達観しました。ロリータファッションが気兼ねなく着れるこの世界に転生させてもらえただけでありがたいと思うべきなのです。すべて受け入れましょう。美味しいものもありますし、十分に幸せですわ。という内容をぶっちゃけた結果、王宮へそのまま連れ去られました。少し借りるって言われたのに、帰れないじゃないですか。
公爵家取り潰しから忙しく過ごしたままの私達でしたが、卒業パーティーで、当たり前にパートナーをこなす私の義務感を感じた殿下が私にわからせてやると言ったのがさっきでした。
「…ではこちらでしっかりと殿下の愛の囁きを聞いてもらいましょう。わたしミントはすでにリーリア様の惚気話をたくさん聞かされておりますから」
「え?やはり、この部屋、繋がっておりますの?」
こくりと頷くミントさん。
「大丈夫。初夜までは我慢されます。ですが、あなたは今も昔も殿下の大好きな婚約者です。覚悟してくださいね」
パーティー後、無理矢理連れ去られてから流れるようにお世話してくださったミントさんは出口ではない方の壁横のドアをノックしました。
初夜って!待って!心の準備が!!
「坊ちゃま、リーリア様にどんなに好きか、ぜんっぜん伝わっていないようです。坊ちゃまは私に聞かせてくれたのに、本人には伝えていなかったのですか?」
「伝えた。だが、伝わっていなかったようだ」
「そのようでございますね」
繋がる部屋は寝室と思っていましたが、居間になっておりました。ソファに陣取るフェリスは私を引き寄せて隣に座らせます。テーブルには紅茶とスコーンがありました。
「大丈夫。何もしないよ。少し話をしよう」
ベっ別に怯えてなんていませんわ。こっちは貴方よりたくさんの恋愛相談を解決してきたのよ!何があっても応えてみせますわ。
「リリーにずっと婚約解消したいと言われていたけれど、リリーの婚約解消の理由は納得できない。だって、リリーは私のことが好きじゃなかったら、ロゼッタを気にすることはなかったよね?」
「婚約者として、気になるのよ」
「それってロゼッタに嫉妬してるでしょ?もしほんとに政略的な婚約なら嫉妬することもない」
「嫉妬なんてしてないわよ」
「してる。嫉妬した自分がかっこ悪いと思って逃げて解消したいんだろう?」
(逃さない)と聞こえるほどに、熱の籠もった瞳で見つめられ、そこから動けなくなってしまいました。
本当は好き?嫉妬?私は好きだから逃げたの?
「リリー、私はリリーが私のことを好きだって知ってるよ」
「好きじゃない!」
条件反射のように言ってしまいました。
嘘です。気づいてしまいました。確かに嫉妬してます。フェリスが向ける好意が私だけにないことが辛くて、そんな私は王妃になるべきではないと思って、でもフェリスが好きだから上手く立ち回れない自分が嫌で。
逃げたくて。
離れてしまえば時間が解決してくれると思っていたんです。
「じゃ、私はずっと好きだから、ずっと待ってるから。リリー以外は結婚しない」
好きです。もう、ずっと前から私も好きでした。逃さないでくれるフェリスが私だけを追いかけてくれたフェリスが好きです。
「…」
拗らせた思いはすぐには言葉になりません。
「長期戦は得意だから。とりあえずこれからリリーの好きなところ、たくさん話すよ。リリーがわかってくれるまで。逃げないでね。もっと追いかけたくなるから」
「逃げませんわ!」
逃げないでねと変わらずに言われたことで思わず奮起してしまいました。そうね。自分の気持ちがわかったんだから受けとめてやりますわ!伊達に前世、長生きしてないはずです。経験はないけど知識は十分よ!
―と意気込んだ夜は長かったのです。私の何が好きか、ずっと囁かれて触れるところは熱を持つ。逃げないと言った手前、じっと朝を待つことになった私はもちろん眠れなくて。
ああ。朝日が眩しいわ。
フェリスは私に言いたいことを伝えられて、スッキリしたのか私を上に乗せたまま、腕に抱えて寝ています。穏やかな表情に思わず「好き」と声にでてしまいました。聞かれてないわよね。気づいてしまったんですもの。今更ですけど。フェリスに自分をみてほしかったんです。好きだから。辛いなら無関係になったほうが楽になると逃げまわっていた自分は前世と同じことを繰り返してしまうところでした。
「好きなのよね。こんなに追いかけてくる執念深い人ですのに。困りましたわ」
「うん。困ったな。ずっと前から待ってたんだ。リリーが私のことを好きって言ってくれるまで。はぁ。すごく嬉しい。知ってる?リリーは婚約を申し込んだ時から言ってくれなかったんだ。あのときはもう不安で仕方なかった」
…起きてたんですか。小さいソファではないですが、さすがに二人は狭かったですわね。それに私が乗っているわけですし。
少し、いえ、かなり眠くてぼぅっとしていたのでしょう。この状況に気づいてすぐに起き上がろうとしましたが、腕の中で抱きとめられております。
「離して」
「嫌だ。やっと聞けたんだ。離さない」
わからず屋は相変わらずです。
「はぁ。幸せだなぁ」
私の髪を愛でるその仕草が愛おしいと伝えてきます。
私もお慕いしております。
逃げても追いかけてくださったフェリスは私の解消の理由が嫉妬からだと知っていたのでしょうね。
私は腕の中の暖かさと昨夜の寝不足からか、フェリスの胸の音を聞きながら眠ってしまいました。




