6、初恋こじらせ
「え、私の初恋?」
「好きな人はいるの?」
ツアンさんがぐいと聞いてきました。
初恋こじらせているものね。ただ、失恋を癒やすのは次の恋というのはよくある展開よね。
「そうですね。リーリア様の言う初恋と呼ばれるのかわかりませんが、好きな人はおりました」
「その人とはお付き合いは?」
「いいえ、学園時代、裏庭でしか話しませんでしたし、仲の良いグループのメンバーの1人でしかなかったのです。身分の高い隣国の方だったのですよ」
「告白してたら違ってたかも?」
「ありえませんね。でも、あの人以上に好きになれる人ができるとも思えません」
少し寂しそうに微笑む姿にこれ以上は聞かないほうが良さそうと、皆さん口を閉じます。
「・・・パリッ」
ポテトチップスの音だけがやけに響きました。
今日の厨房での甘い香りのお菓子、シフォンケーキも人数分、いつの間にかテーブルに乗っていました。副料理長と目が合うとにやりと笑ってくださいました。
「・・・メレンゲみたいな恋ね」
前世で読んだ恋愛小説を思い出します。
「あの!今度は俺とパリッとした恋、してみませんか?」
ああ。爆走中だった。
いきなりの告白にあ然とする面々。おや、副料理長だけはにやにやしたままですね。知っていたのでしょう。
「パリッとした恋って何でしょうね?」
ジーナが静かに突っ込みます。ちゃっかり食べてますね。
ええ。私も気になりました。ミールへの恋心爆走中ですからね。気持ちが伝わればいいのでしょう。
「あの、ミールさん、俺、ずっと好きだったんです。好きな人がいるからと諦められません。お試しでいいので、お願いします。お付き合いしてください」
いきなり言われてもためらうでしょう。・・・っとそうでもないようです。ミールは顔を真っ赤にさせてうつむいています。
返事をできる状況ではないようです。初めて告白されたのかもしれませんね。なんて可愛らしい。
「ミール?」
ここは立場的に発言したほうが良いでしょう。返事を促します。
「私は初恋の人が忘れられないんです。その人と比べてしまったり、あなたの気持ちに、は、答えられないんです。ごめんなさい」
こじらせています。しかもカチコチに、1日置いたご飯粒のように。あ、お米が食べたいですね。厨房の食料庫、後で見せてもらいましょう。
「それでもいいです。私が貴方と出会ったのは卒園後ですから、好きな人が忘れられないミールさんを好きになったんです。せめて、お試しでいいから俺のことを知ってほしいです。あなたが大好きな俺という人間を」
しん、と静まる厨房。いえ、ポテトチップスのパリパリ音が控えめに聞こえます。
誰もがミールの返事を聞き逃すまいと待ってます。ミールは真っ赤になって、ぎゅっと手を握りしめています。何も言えなくなってしまったようです。あんな熱烈な告白を、生で聞くとは思いませんでした。私はその勇気を称え、応援したくなりました。
「鑑定」
私はわざと鑑定スキルを使っているとわかるように皆に伝えました。ミールの表示を確認します。
【リーリアの信者、ツアンに絆される人】
「ふふふ」
ミールの特記事項表示が変わっています。思わず声に出して笑った私を皆が注目します。
「ミール、お試しで、軽い気持ちでお付き合いしてはどうかしら?別に好きになってほしいとは言っていないのよ」
「好きになってほしいので、努力します」
ツアンが押せ押せでアプローチ。いや、もう絆されてるから。大丈夫です。
「鑑定スキルで見せてもらいましたよ。ツアンとミールの相性を」
「それって」
ジーナが話題の二人を交互に見ます。
「今の鑑定段階ですから、将来はわかりませんが、お付き合いを始めるのには問題ないですわ」
控えめに伝えます。
さあ、こじらせた初恋の突破口は恋心爆走中の彼による新しい恋でしょうか。勢いが大事です。昔読んだ小説の中にもありました。
「よろしくおねがいします」
真っ赤な顔のまま、ミールは頭を下げました。
よきよき。さて、残りのお菓子を紅茶と一緒に食べましょう。
厨房では穏やかな雰囲気の中、ポテトチップスとシフォンケーキが完食されました。
後に、ポテトチップスは我が領土での祭りに欠かせない屋台のおやつになるのですが、今はミールの新しい恋を応援しましょう。
ポテチ、食べたいですね。
お読みいただきましてありがとうございます。