68、ユーリースト共和国
おはようございます。うっかり寝落ちしてタイミング逃しました。
公爵家取り潰しのニュースはまたたく間に世界に伝えられました。
フェリスとはまたお互いに忙しすぎてきちんと話をできておりません。すでに3ヶ月が過ぎました。毒矢を受けてから生死の境を彷徨い、リハビリに耐え、やっと日常生活を無理なく過ごせるようになりました。
暫く公爵家と親しくしていた、正確に言うと甘い汁を吸う方々が逆恨みで私へ来るかもしれないということで○○ホイホイならぬリーリアホイホイで捕まえることに協力しようと私から持ちかけました。この3ヶ月間苦しんだ落とし前をつけさせてもらいましょう。
はじめ、囮や餌巻きになることをフェリスは良しとはしなかったので、こちらから作業効率も考えてやってもらうよう王家へ連絡しました。ちなみに、白装束の方々は王家の暗部だそうで、私を助けた方はユーリースト共和国出身のタロウさんと教えてもらいました。偽名ですよね。それ。
私はクラーク国、ユーリースト共和国への視察が中止になったので王都へ戻ってきました。領地にも戻らずにせっせとリーリアホイホイしてました。
今日は、ルーカン先生が遊びに来てくださる日です。
行けなくなったというお詫びの連絡を入れたら、ユーリースト共和国のお土産を持ってきてくださるとのことでした。
…お願い事はまだできるかしら。というか、ルーカン先生ひとりで行ったのね。ぶれないところはさすがですわ。
☆☆☆☆☆
「リーリア様、お久しゅうございますな。気になっていた“醤油“をもってきましたよ」
“醤油”!
前世の記憶持ちがいるなら可能性があると思っていたわ!!
「嬉しいわ!あとは、これは大豆?お米?ルーカン先生!ありがとうございます!」
大豆があればお味噌も作れるわね。あとは、お米!早く塩むすびを食べたいわ。お米はどこ産のイメージかしら。そうね、米の形状によってはパエリアでもいいわ!楽しみね。
ルーカン先生に頼んでいたのは“醤油“でした。
これがあれば、一番食べたかったアレがつくれるのです。
前世ではもう中毒のように食べていたアレを!
早速厨房へ向かいましょう!
まずは小麦粉をこねて、麺作りからね。前世で無性に食べたくなって麺から作ったことがあるのが、こんなところで役に立つとは思わなかったわ。妹家族には引かれたけれど、人生って不思議なものね。
「リーリア様、鳥をもとにとったスープお持ちしました」
さて、スープを作りましょう。醤油、鶏ガラスープ、隠し味ににんにく、ごま油はなかったから鳥を揚げた油をいれて、オイスターソースも深みをだすために少しだけ。
「んー!いい香り!」
これでダーダー鳥の焼鳥のタレ作りもしましょう。
麺を茹でて、いよいよ仕上げです。
ゆで卵を乗せて、ネギはなかったので匂いの似た香草を選びました。
ハムは今回蒸し鳥にしてもらっていたものを裂いて乗せます。チャーシューまで作りたかったのですが、素ラーメンでもいいから早く食べたいという気持ちがつよかったので、諦めました。
これで、醤油ラーメンの完成です。
レシピは完璧に覚えておりましたが、あと少し、醤油がないとできなかったのです。前世では時々無性に食べたくなって、まとめ買いした冷凍麺で手軽に作っておりました。残業や出張のあと、ネギだけ入れて食べてました。
あとは醤油さえあればできると思っていたので、ついに完成です。
食欲をそそる中華特有の香り、まずは一口スープから。
醤油の香りが懐かしくて涙がでそうになりました。そうです。この味です。すっきりとした後味が次への麺へと誘います。
スープがあっさりで、ごくごく飲めてしまうのです。麺は飲み物のようにズズズとすすり食べます。今はスプーンとフォークですので、お箸とレンゲを作ってもらいましょう。
「この姿を見ると、本当に前世の記憶持ちなんだと思いますなぁ。いやはや」
面白そうだと付いてきていたルーカン先生がつぶやきました。久しぶりに会いましたが、変わらずに知的好奇心に溢れております。
確かに、こんなふうに音を立てて食べるなんて貴族令嬢は絶対にしませんわ。ふふふ。麺と一緒に空気とスープが絡んで絶妙な食感になるのですわ!
「どうぞ、召し上がれ」
「ほう。これはこれは、癖になる味ですなぁ」
フォークとスプーンで器用に食べるルーカン先生の対応力を見ていると、
「で、お出かけは諦めたのですか?」
と、聞かれました。そうですね。命を賭けるほど、逃げ出したいわけではないのです。
毒矢が掠って魘されてから3日間は、朦朧とした意識で、早く婚約解消しておけばよかったとか、そもそも逃げなきゃよかったとか、家族の姿がでてきたりとして、まさに生死の境を彷徨ったようでした。
命が大事、好きな人とか、婚約とかどうでもいいとさえ思ってしまいました。
そして、回復まで3ヶ月以上かかりました。婚約解消へのエネルギーを使った馬鹿な判断が毒矢で苦しむ結果なんだと考えてしまうほど、思うように動かない足、少し動けば動悸と倦怠感、リハビリで良くなるとは言われても、このまま動けなくなるのではないかと思うほどでした。
命を狙われた一連の流れから、私は生きることに執着するには諦めることも必要と思えるほどになっていました。
「…そうですね。ただ美味しいものがあればお出かけしたいですわね」
「…わかりました。では“お願い”はまた今度で?」
あ、
「せっかくですから、ユーリースト共和国の美味しいものを持ってきていただきたいですわ」
「それはそれは。ありがたいお願いですな。次期王妃様直々のお願いとは張り切ってまいりましょう」
「次期王妃」
ついでに王太子殿下が私に執着していることがはっきりと表明されました。不穏分子の炙り出しにも利用しているようです。というか「今更?」といううちの家族の反応がいまひとつ理解出来ないのですが。
…何となくですが、フェリスとの婚約解消はもうあり得ないと感じています。国からも出してもらえない、手詰まりです。死ぬよりはいいのかなぁと起き上がるまでに苦しんだ時間を思い出します。
「流されてしまえば生きられるのに、なんでわざわざ離れようとするの?」とお見舞いにきた聖女ロゼッタ様に聞かれた時にはさすがに堪えました。さらに彼女は「さっさとくっついてもらえない?私はもうクリス以外は考えられないのよ」と悪女のような微笑みで私を脅しました。悪役令嬢キャラはそっちじゃないかしら。まったく。
私の恋は命を賭して叶えたいというほどのものでもないと気づきました。別に恋しなくてもいいかなと、正直疲れたところもあります。別にフェリスは嫌ではないですし。聖女ロゼッタ様はクリス様に夢中のようですから、フェリスは振られてしまうかもしれませんね。フェリスはロゼッタ様にちゃんと振られたのかしら。
考えているともやもやしてきます。人の恋路にはいろんな小説や鑑定表示でいくらでも見いだせるのに、自分の状況はさっぱりです。
ま、とにかく食べましょう。
美味しいものを食べて、とりあえず考え事は放って置きましょう。私が悩んでも仕方ない。
その後、『本屋カフェゆり』で醤油ラーメンを1週間だけお試し提供しました。
お汁が飛ぶのがやはり心配されましたのでお試しです。
ただ、その反響は凄まじく、醤油ラーメン専門店ができました。これでいつでも食べられます。嬉しいですね。
醤油ラーメン食べたいですね。
背徳感のある夜食のラーメン、カロリーと翌日の胃もたれの重さを気にして、結局醤油ラーメンという選択。




