66、あなたばかり
2話連続アップします。
そして。噂されていた北の領地へ来て1日目、すでにピンチです。
一体ここはどこでしょうか?目が覚めたらしらない天井です。
いえ、旅行中ですので知らない天井ではあるのですが、やけに狭く暗い天井です。
「…起きたか?急いで服を脱げ。こっちに着替えろ」
どうやら眠らされて運ばれたようですね。静かな声はタラート。まさか彼が?
鑑定には表示されなかったはずです。確か、冒険者、髪フェチ、あとはなんだったかしら。気にしていなかったから表示されなかったのかしら。
とにかく今、どういう状況か、すぐに殺されるのか、どこかへ飛ばされるのか考えないといけません。えっと周りの音は?侍女のミエは?
目が慣れてくると薄暗い牢屋であることに気づきました。
バサッ
キョロキョロしていると“時間ねえよ”と言うが如く上から服が降ってきました。何ということでしょう。彼が持ってきた服はスリットが腰まで入った妖艶な服です。男性を悩殺させるようなセクシーな胸元を強調した服です。
これを?私が着ると?
「早くしろ。俺が買い取った娼婦の振りして抜け出すぞ」
…抜け出すために着るしかないようです。しかも私がもそもそと着替えている間、ピンで鍵を開ける作業をしております。どうやら助ける側のようです。どうなるかわかりませんが、ここから出してくれるみたいです。
…胸が足りずに肩紐を結んで調整して出発です。
「もっと寄れ。よりかかるように、そう。胸を当てろ。ははっ。安心しろ。護衛対象に発情することはない。仕事だからな。しかもあの依頼人の妹ならありえねぇ」
ありえねぇって。そこまで言われたら魅力がないのがショックではありますが、ありがたく娼婦とお客さんの振りをして脱出です。
「この娼館は前に世話になったことがあるが、まさか地下室に北への奴隷商への商品保管があるとはな。お前の兄さんに伝えたらどうなることやら、ふふっ“楽しみだ“」
唇に近いところぎりぎりで唇が触れました。ぶるっと震えてしまいます。演技しなきゃ。耳元で囁いて”楽しみだ“だけ少し大きめに言うあたり、タラート、うますぎます。初心を見せてはだめです。私は娼婦、私は娼婦。
胸元へ手を添えて、上目遣いで、こんな感じかしら。
出口で娼婦の外への持ち出し料金を払って、いざ、脱出です。
近くの宿へ入り、タラートが状況説明をしたことには、
私とタラートの夕食に遅延性の睡眠薬が入っていたそうです。
「十中八九、侍女の仕業だな。俺はその昼過ぎに目が覚めた。二人ともいないってなった時には正直焦った。お前は奴隷商に売られる牢屋に入っていたんだ。おそらくお前の侍女が仕組んだんだろう」
ミエはやはり私を。やはり情は持つものではないですわね。鑑定に表示されていても、彼女の裏切りを信じたくなかった私の弱さですわね。お世話になった情を持ってこんなピンチになったのですもの。反省です。
「…で、朝になったら旅の服に着替えて、もう昼には定期便に乗る。それでいいな?復讐は依頼に入っていないし、今は明らかにこっちが不利だからな」
「いいわ。このまま定期便に乗るわ」
前世で“逃げるが勝ち!”という言葉を思い出しました。こちらの世界にも同じような言葉があるのでしょうか。
朝、町娘風の衣装で定期便乗り合い場所に向かいます。
「…貴族がいる。見つかると厄介だ。気をつけろ」
タラートに止められた先に、確かにおりました。どピンクでいかにもお貴族さまーというドレスのフルール様です。
慌てて下を向きます。
「いないようね。逃げた報告を聞かされたから確認で来てみたけれど。ミエ、この中にはいないわね?本当に?」
すぐ横を通るときにそう聞こえました。気づかれませんように。
「…おりませ、、、おります!あの、冒険者!!」
見つかりましたね。そういえば、タラートは変装しておりませんでした。茶髪の焦げ茶の瞳で、中肉中背、驚くほどの美形でもなく、本人からも大丈夫だろうということだったので、服装だけ変えてました。失敗です。
「待ちなさい!」
お貴族様達に睨まれたら止まるしかないですよね。しかも“あのフルール様”です。
「見つけたわ!リーリア!止まりなさい!」
いや、止まってますし。わざと言いましたよね。
振り返り挨拶しようとすると、キラッと何かが光りました。その後、弓矢が頬をかすりました。タラートが払いそこねてしまった一本です。え、今何本飛んできましたか?下に転がる弓矢が恐ろしい事後を語ります。そして、毒矢でしょうか。じんじんと痛みが強くなってきます。空から狙われていたようです。
しかしながら、この量の弓矢を外す予定はなかったのか、フルール様は豹変して私へ向かってきました。手にはナイフです。
「ふっざけんじゃないわよ」
叫んで向かった先はもちろん私です。白刃が向かってきます、避けきれない!
キン!
刃のぶつかり合う音がしてナイフが飛んでいきました。
…誰でしょうか?見たこともないひとです。ひげ?白頭巾?白装束?…?
「ふっざけんじゃないわ!あんた、解消してしまえばいいのにいつまでもダラダラダラダラダラ。解消してぇっ♡て甘えてんの?ふざけんじゃないわよ。調子乗ってんじゃありませんのよ!挙げ句の果てに外遊ですって?名目は研修、視察?どっちにしろ公務ほったらかして急に国外とかなめてるんでしょうね?」
調子には乗ってないはずです。たしかに公務ほったらかしては耳が痛いところではありますが。
「私は王妃になるためにたくさん我慢してきたっていうのに、父が罪を犯しただけで、相応しくないと言われるなんて、ほんとに腹が立つわ!加護が人より多いだけで、何の努力もせずに王太子妃になるなんて、何それ?最低よ!あんた、死んでちょうだい?」
目が血走っております。
確かに、生まれは変えられないんです。理不尽ですよね。
親が犯罪者になったからって、彼女自身は何もしていなかったのに周りが急に変化したのです。戸惑い、苛立ちはもちろんでしょう。さらに兄であるクリス殿下は後継者として王族に残るし、不公平感もあったでしょうし。まあ、彼も毒見役として辛い青春時代を送ったようだけれど。
環境が人を育てるとは言うけれど、不公平や不満がある結果や状況を受けとめて自分との折り合いをつけるか、彼女は気持ちの整理をつけて前向きにさせてくれる信頼できる大人が近くにいなかったのかもしれません。
「それで?あなたは、元王族として、現公爵家の令嬢として振る舞っていらっしゃるの?」
ただ、今の状況は間違いなく犯罪ですわね。フルール様がやったこと、殺意のある行動はあなたの親と同じです。あぁ、頬が痛みます。
「うるさいうるさいうるさいうるさい!」
興奮した彼女は駆けつけた騎士団に捕らえられ、押さえつけられています。もう何を言っても無駄のようです。彼女には今は何を言っても響かないようです。
掠った矢は毒入りなのでしょうか、痛みと共に呼吸が苦しくなってきました。痛む頬を擦り、傷の状態を知りたく、タラートを探します。掠った割には結構血が出ているようです。
「あの冒険者には別の依頼をお願いしたよ。リリー、みせて」
ん!?この声は紛れもなくあの金髪の王太子殿下、フェリスです。追いかけて来たの?嘘でしょう?
おそるおそる振り返ると、ここにはいないはずの、私が逃げたはずのフェリスが真剣な表情で傷を見ています。
「…当たってたら即死だな。これも刑に加える」
「…どうして、こちらへ?」
息も絶え絶え聞きます。なぜいらっしゃるのでしょうか。
「国内視察だよ。監視していたところがきな臭い空気があったから、ちょうど近くまで来ていたんだ。すぐ医者を呼ぶね」
近くって。きな臭い話とか、野次馬感でもっと知りたいけれど、そうね。それが良さそうだわ。
「…そう」
苦しくて呼吸が浅く短くなってきて、しゃべるのはもう無理そうです。
「現行犯逮捕!!」
増えた警備の声の中で、叫び続けるフルール様の声が時々聞こえてきます。もはや、公爵令嬢としての威厳は欠片も残っていないでしょう。
「ごめん」
小さな声でフェリスが謝りました。何を謝ったのでしょうか。今は苦しいから聞くことはできないわね。
私はそれから3日間、王家の北にある別邸で動悸と発熱を繰り返し、毒矢と死の戦いに勝利しました。




