65、逃亡中
ユーリースト共和国、ルーカン先生が教えてくれた旅行ガイドブックには、私の前世の故郷に似た食べ物と建物が載っていました。
もしかしたら、旅行で運命的な出会いもあるかもしれないですし。住みやすければ終の住処にしてもいいかもしれないわね。
「お兄様、ありがとうございます」
「見聞を広げておいで。護衛は私の知り合いを1人つけてもいい?」
協力者は兄とルーカン先生です。先生のお願いごと1つを叶えてもらおうと思います。ちなみにお母様は傍観を決めたようです。
護衛は高等部に入る時に必要ないってついていないですし。仕方ないですわね。ルマとサンレーは昨年やっと結婚して、ちょうど双子の育児に忙しそうですし。
「お嬢様?私は不要ですか?」
エネミルは結局辞職して、高等部から入った新しい侍女のミエが上目遣いで聞いてきます。
「…ついてきてもらうわ」
ミエ、私にフルール様からのスパイという表示が見えていないと思っているのでしょうか。だからといって、視察に同行するのを断るわけにもいかないのですが。休学届を出した以上、公式には彼女以外を連れて行くには棘があります。何かされるより近くで見てたほうがいいという判断をするしかありません。
あちらの生活に慣れたらお給金多めで辞めてもらってもいいわよね。
「殿下には話したのかな?」
愚問ですわ。一緒に来ると言いそうだもの。
静かに首を振ります。
「別に許可をもらう必要はないですもの。話したら行くなって言われそうで」
「…そうか」
お兄様はくしゃりと私の頭を撫でました。昔のように。
「気をつけて行っておいで」
「ありがとうございます!」
私は侍女のミエとお兄様の知り合いという冒険者と一緒に出発しました。
アレックス様の国は東にあり、そこから船で移動して共和国へ行きます。ルーカン先生は共和国へ向かう港で待ちあわせです。お願いしたら、逃げるならそこだ!と言われました。ルーカン先生が行きたいという理由がある気もしますが。
「ミエは隣国クラークへ行ったことあるの?」
「いえ、私も初めてです!」
彼女、侍女として仕事は完璧なのよね。たぶん、フルール様の手駒としても使える人物なのよね。鑑定表示がなかったらたぶんほだされていたわ。
「クラーク国へ向けて出発のお客様はこちらです」
急いで準備したから、貴族席でも下のランクを取りました。乗り合いでの定期便です。案内のお兄さんがチケットを確認していきます。
「お、タラート!護衛任務?お前、あっちいくの久しぶりじゃね?」
同僚でしょうか。どうやら一緒に行くことになりそうです。
「ああ、こちらのお嬢さんの護衛でね」
「えらいべっぴんさんやなぁ。護衛はお前だけ?」
「ああ。途中で追加で雇う予定だ」
「え、それなら俺、クラークの首都までだからそっから雇ってよ。こんなべっぴんさんの護衛とか何かありそうで楽しそう」
“何かありそうで“って。この人はきっと嵐の前にドキドキが止まらず盛り上がっていくタイプね。
「後でな。リーリア様、彼、腕は確かですよ。安心してください」
アレックス様の隣国とは交易が盛んで、定期便が月に一度出ています。夏休みの前にチケットがとれましたから、準備は最低限で出発です。
―フェリスに手紙、書いていたほうがいいかしら。いえ、公表するって言ってたくらいだし、ちょっとは焦ればいいのよ。
ユーリースト共和国に着いてから手紙を書きましょう。
「リーリア様、こちらはいったん北の首都ミスミを通るルートです。お召し物を」
上着を暖かいものへ変え、出発します。下位貴族席ですが、私を見たことがある人も多く、何故か
「フルール様からの呼び出しじゃね?」
「いや、あの公爵家令嬢様へ一言物申しにいくんじゃね?」
「それだったらこれに乗らねえだろ?」
「いや、だって早いしな」
「首都ミスミは滞在3日間だったよな。何かあんじゃね?」
フルール様と私を絡めて話す方が多いと感じております。
「フルール様は相変わらずですの?」
ミエに聞いてみました。
「そうみたいです。私、北の出身なので、噂は聞いています。高貴な身分で生まれ育ったのですから仕方ないのかもしれませんが」
何事もなくユーリースト共和国へ向かいたいですが、そんな悠長なことも言えないでしょうね。だって、あの追っかけをし続けたフルール様ですもの。
年齢的には成婚してもいいはずですけれど、未だ本人が拒否しているのか、話がないのか。私への嫌がらせは公になっていないので、他国の婚約話がきてもおかしくないと思うのですが、噂のひとつも聞きません。
今でもフェリスが好きなのかしら。
北のフラグが立ちまくりです。




