55、夏の接待
「ほう。これがしょっぱいお菓子か。癖になるな。どんどん食べてしまう」
毎年恒例の夏祭りですが、今年はポテイトチップスをより際立たせたものとなりました。
「簡単な調理法なのになぜ思い付かなかったのか不思議ですわね。色んな味があって止まらないわ」
王妃様が手づかみでパクパクしている姿がシュールです。
「昨晩のマヨネーズとやらも絶品でしたわ。ぜひ教えてほしいですわね」
というのは側妃様。
「レシピは門外不出ですので、売らせていただきます」
さすがお父様、マヨネーズはたくさんの料理に使えるでしょうからぜひ発展させてほしいです。
「リリー、ポテイトの新作は?」
隣で手を繋ぎ離れないのはフェリス、もといフィルリス殿下です。
お出迎えの時から
「リリー!会いたかったよ!」
と抱きついてきました。お姉様達が駆け寄り抱き合った恋人達のよう、いえ、どちらかというと久しぶりの友達に合った感じのガシッという感じでしょうか。
「フィルリス殿下!ようこそオーキッド伯爵家へ」
手でフィルリス殿下の胸を押して落ち着かせます。
その後はスカーレット様も私に抱きついてきました。
というわけで、反対側にはスカーレットが手を繋いで仲良く夏祭り散策です。
「リリーお姉様、あれは?」
スカーレット王女殿下が指差すのは的当ての屋台です。
お祭りといえばくじ引きとか的当てとかないの?と何気なく聞いたら的当てが作られました。前世のダーツのような感じです。
「あの丸い的に当てられたら商品がもらえるゲームです」
「商品って?選べるの?」
「そうですね、当てた場所によって点数化されてます。賞品一覧はあの棚です」
棚の横に表示されたのは
『1点 ポテイトチップス一袋
3点 下段の賞品から1つ
5点 中段の賞品から1つ
10点 上段目の賞品から1つ
100点 賞品の中から2つ』
賞品並べているけれど、意外と盗難とか心配そうね。っと見張りが立っているのであれば問題ないわね。人件費含めても、かなり儲かるかもしれないわね。と、計算していると、気づけば殿下は的へ投げるスタート地点に立っていました。
「子供はここからだよ。思いっきり投げてね」
なるほど。子供用の線で楽しめるようにしているんですか。投げた先は、
「10点!!いい腕してますね。1段目のところから選んでくださいませーどれにします?」
「リリーが好きなのは?」
「え?っと」
ぱっとみるとぬいぐるみが可愛かったので、
「あのくまのぬいぐるみかしらね」
とうっかり言ってしまいました。いや、この流れならもらうことになるのはなんとなく感じました。恥ずかしい。
「はい、どうぞ!」
殿下から満開の笑顔で渡されて、誰が断れるでしょうか。
「…ありがとう」
照れて周りが見えないでいると、
「スカーレット王女様にはこのマイクスが当てて見せましょう!」
「任せるわ!私はあのピンクの髪飾りよ!」
「お任せください!」
と、マイク兄様は大人用の線に向かいます。スカーレット王女様が羨ましそうに見ていたのでしょう。マイクスお兄様、頑張ってくださいませ。
「っと!よっしゃ!」
「はい!10点です!さすがマイクス様!」
「すごーい!ありがとうございます!」
「面白そうだな」
盛り上がっているとザワッと空気が変わりました。他の所を回っていた陛下が来られたようです。説明をうけ、
「よし!100点を狙おう!我が妻たちにちょうど2つプレゼントだな」
100点。正直小指の爪サイズレベルなので、かなり難しそうです。
当たるのでしょうか。陛下は慣れた手付きでスナップを効かせて投げました。
「カッ」
「・・・10点です」
言いにくいですよね。でも商売ですものね。この場合は嘘でも100点と言うべきなのかしら、いや、的当てですものね。それでお怒りになる国王陛下ではないはずです。
「はははっさすがにあの的は難しそうだなぁ」
微妙な空気になりそうなところを救ったのはなんとフェリスの護衛のバロンです。
「僭越ながら、不肖バロン、昔この遊びをしたことがございますので、ぜひ挑戦させていただきたいです」
緊張の中、投げられた結果は
「わぁ!」
「お見事!100点です!いやぁ、当てられる人を初めて見ました!」
「すごいですね!」
「さすがだな」
周りの声の中で本音が漏れる商売人。穏やかな空気になると、時間はあっという間に過ぎました。
準備に追われた夜会は無難に進み、婚約披露も兼ねての出席の私達は早上がりです。
この夜会が終わったら明日はお見送りして、ちょっとだけ領地でのんびり過ごしたいわね。ふぅ。ここまできて気が張っていたのが少し抜けたようで、ホッとしたため息を聞かれておりました。
「ふっふふふ。おもてなし、おつかれさま」
今日も隣には手を繋いだフェリスです。いけない、まだ気を抜いては。
「フィルリス殿下もおつかれさまでございました」
「フェリス。公の場以外はそう呼んで」
「…まだ、見られてますもの」
そうです。まだ早上がりの屋敷へ、帰る途中ですので、同じ様に何らかの理由で早めに帰ろうとする招待客が見ています。
「いいじゃないか。見せつけても。あと、おやすみのぎゅうもしたい」
「…部屋まで送ります」
「じゃ、部屋の前でおやすみの挨拶ね。リリーからぎゅーっとしてほしいな」
疲れていたのでしょう。いつもなら嫌だとか、恥ずかしいとか言ったかもしれません。なんだか面倒で、ぎゅっとすればいいのよねと。気づけば
「うん」
と答えていました。
「ふふ。嬉しいな。大好き」
微笑んだフェリスがとても綺麗で、胸がドキドキしました。
―いや、まだ好きじゃない。恋じゃない。美少年の微笑みが画になるだけよ。言い聞かせてもドキドキは止まりません。
たどり着いたお部屋の前での、約束したおやすみのぎゅうは、緊張してこわごわとなります。
「ふふ。おやすみ。リリー」
「…おやすみなさい。フェリス」
ふんわり香る服の香り、頬にかかる細い髪、ぎゅっとしたら少し感じる体温。緊張した分、はっきりと感じます。好きになっちゃうかもしれません。聖女様も好きな殿下を。好きと気づいたら、私を見てほしい気持ちで嫉妬してしまいそうです。これは漫画の強制力でしょうか。たしか嫉妬から悪行三昧って言っていたわね。気をつけなきゃ。
引き締めなきゃという気持ちと、好きになってしまっているかもという気持ちで眠れない夜を過ごしました。




