47、急報
「…お久しぶりです」
「急な訪問になったけど、手紙は届いた?」
「ええ」
紅茶とロシアンクッキーが机に用意されました。殿下は人払いの指示を出しました。私も頷いたため、ドアを少し開けた状態で全員退室しました。
「あの手紙の返事、同じく手紙で返事しようとしていたんだけど、聖女ロゼッタが直接会いにいきなさい。女神様の思し召しとか言うもんだから慌てて来たんだ」
困ったように笑うフィルリス殿下です。何で笑っているんでしょうか。聖女様に言われたから来たんですね。聖女様はロゼッタ様とおっしゃるんですね。はい。ムカムカしてきました。こうなるのが嫌だったから手紙で婚約解消したいって書いたのに。
「…聖女様はどのような方かしら?」
「…可愛くて、賢い人だよ」
何故、私はわざわざ聞いたのでしょうか。ここで何と答えてほしかったのでしょうか。私、婚約解消と伝えましたけど、まだ貴方の婚約者なんです。まだ。
…何て愛おしそうに微笑むんでしょう。私は握りしめていた手に更に力を入れて、泣きそうになる自分を抑えます。
「…それで、手紙の件ですが、婚約は白紙にしてほしいですわ」
少し声が震えてしまいましたが、なんとか言えました。惹かれ合う2人の邪魔をするわけにはいきません。
「…やっぱり君自身は婚約を了承してくれてなかったんだね。直接伝えれば良かったと反省してたんだ。でも、直接会うと勇気が出なかった。父にも言われていたのに」
了承?婚約には了承していたわ。先に心変わりしたのはそっちでしょう?
「…婚約は解消しない。君が了承するまで待つ」
「…」
了承するもしないも、私は邪魔者なのよね。
王妃教育の基本になる学習は小さいころから受けています。私は「側室」扱いにして、王妃業務のフォローをするのでしょう。体裁上聖女が上でしょうしね。愛しそうに聖女様へ向けて微笑む姿を見ろというのでしょうか。
「側室?」
口にだしてしまっていたようです。
「側室?側室がいいの?王妃としての資質はリーリアが一番なんだ。あー違う。こんなんじゃない」
いいえ、違います。ふるふる首を振る私はもう涙が出てきてしまいました。拳にピトッと自分の涙が落ちるのを感じると、今までギュッと握りしめていた手の力が抜けてしまいました。
「泣かないで。リーリア。大好きなんだ。婚約解消してほしくない」
「うそよ。フェリスは聖女ロゼッタ様が好きなんでしょう?婚約したいのは本当は私じゃなくて聖女様なのよ。だから解消して。そばにいたら辛い。フェリス、お願い」
「…確かに聖女ロゼッタは好きだよ。でもそれはリリーとは違う」
何でしょうか。これは堂々と浮気?二股宣言されているのではないでしょうか。冷静な私が囁きます。そして、それは怒りへのエネルギーとなっていきました。
「私はフェリスが大っきらいよ。ごめんなさい。だから、婚約を解消してください」
「嫌だ」
わからず屋です。堂々と聖女様が好きと言っておきながら私と婚約解消しないとは。私のことはどうでもいいのでしょう。話し合いは決裂ですし、これ以上は無理です。さっさと退室しましょう。
「申し訳ございません。失礼しま「待って」す」
席を立ち、礼を正したら、そのまま隙間のあるドアまで優雅に素早く移動しようと踵を返す時には手を引っ張られていました。
「嫌よ。離して。好きな人がいるのに、聖女様のところに行けばいいじゃない!私は邪魔者なんでしょ?なんで解消させてくれないの!」
振り払おうとしても離してくれません。離すどころかぎゅっとされてしまいました。
「嫌だ。離さない。わからず屋のリリーを連れていく。私が好きな人はリリーだ。リリーと聖女様に会いにいく」
「わからず屋はどっちよ!嫌よ!行かない!」
「リリー、ちゃんとリリーのこと、好きだよ」
ぐっと手を引っ張られて唇が近づくほどの距離で言われ、呆けている間に、握りしめていた手が離れました。
「「ごめん」なさい」
どちらが先かわかりませんが。何に対してのごめんかわからないまま、声が出ました。この席を立つこと?一緒に聖女様に会いに行きたくないから?大っきらいなんて言ったから?
―逃げてるから?
「明日、一緒にいこう」
「…お母様に聞くわ」
せめてもの抵抗です。どちらにしろ相談は必須ですから。
「では、一緒に「結構です」」
行きなさいって言われるのがなんとなくわかります。
「夕食のご用意ができました」
うちの優秀な執事が呼びにきて、話は終了となりました。
夕飯後の話し合いは結局行くことになって、準備している自分が想像できます。珍しく夕飯までの道のりが遠く感じました。




