39、帰宅
「おかえりなさい。早かったのね」
お母様が早く帰ってきた私を見かけて声をかけます。
「ただいま戻りました。お母様、お昼も食べられなかったわ。パンを届けてもらうのよ」
お母様には報告しておいたほうが良いわよね。
傘の芯の話で向かった先の職人のお店、雑貨屋、ランチの前にフルール様に会ったこと。
「フルール様が」
話しているうちにイライラしてきましたわね。お昼食べ損なうし、めちゃくちゃ走り回ったのも彼女のせいじゃないですか。傘も折ったのにお詫びの連絡もないですし。すでに自分のもの扱いだったのでしょうか。「壊れたからいらない」彼女なら言いそうです。
「お話し中失礼します。パンが届いたようです。あの」
侍女のジーナが報告をしにくそうにしています。何かあったのでしょうか。
「お嬢様が頼んだものに加えて、フィルリス殿下からも届きました」
いや、私が食いしん坊だからって、ここまでは食べないわ。パン屋の品物買い占めたんじゃないのかしら。
「…護衛や使用人にも配りなさい」
そうよね。私が全部食べるなんて思ってませんわ。ほほほほ。
お母様の指示で私が頼んだもの以外がスッキリと片付けられました。それはそれで少なくなって寂しい気がしますわね。
「肉パンに合うスープを用意してもらってますから先に少し召し上がりくださいませ」
パンが少なくなって、不満そうな顔が出てたのかしら。せっかくなら焼き立てが食べたかったわね。
殿下は私の家にパンを届けて、フルール様に私のことを話したのかしら。まさかね。でも、彼女なら調べてすぐにわかるはずよね。あれだけの追いかけですもの。
肉パンはこの店の名物で、骨付きの皮なしウインナーをパンでくるんだ大人の手のひらサイズのパンです。骨の部分を持ってさっそく食べてみます。ずっしりと重いので食べごたえがありそうです。
両手で持ち、思い切りかぶりつきます。パンの先にプリッとした食感のお肉があり、お肉からのスパイシーな香りが鼻に抜け、そのあともっちりとしたパンの味、肉の旨味を残して、最後まで楽しめます。全粒粉でしょうか、茶色の生地のハードなもっちりパンです。ランチにぴったりですわね。スポーツをする学生や、騎士の方、肉体労働の方々にぴったりのパンです。今日はたくさん動き回ったので、とても美味しく感じます。スープは野菜のクリームスープ。ぴったりですね。甘いお菓子パンは入りそうにないので、お茶のおやつの時間にしましょう。
「…殿下は無事に帰れたかしら」
満腹になったところで、今日のお出かけを思い出します。
竹、樫、チーク、エゴノキね。職人に伝えて全種類作ってもらいましょう。持ち手のデザインもそれぞれ考えて、工夫してみましょう。
「お母様、商会へ連絡していただけますか?あと、傘の発注リストを見て優先的にお渡しする方を確認させてくださいませ」
「まずは王妃殿下と側室アニー様よ」
「わかりましたわ」
王妃殿下と側室様には傘のデザインをすこし変えて他の方は持ち手の部分を変更しましょう。
「色を変えての発注は来ておりませんか?」
「今のところ来ていないわね。今後を見据えて動きましょう」
お母様が算段する姿をみて、やる気が出てきました。商会との打ち合わせと参りましょう。
「フルール様からも昨日申込みが届いたわ。正直厚かましくて、破り捨てそうになったわ」
「来たんですの?まさか」
「自分が上ということを見せつけたいのでしょうね。王妃殿下たちの次というオーダーよ。今日のデートのお相手がリーリアとわかったらどうするのかしら。確実に目をつけられているはずですもの」
「今度は故意に傘を壊してって難癖つけられたり?はぁ。お母様、発注お断りってできないのかしら?」
「そうねぇ。お子様分は強度を保つのに時間がかかるので研究中です、かしらねぇ。その後、婚約発表されるまで待機してうやむやにして、、発表されたら、プライドの高い方のようですから、向こうからキャンセルくるのを待ちましょうか。どうしても欲しかったら、また連絡くるでしょうし。でもそうすると、リーリアが傘を持てないわね」
私の婚約お披露目まであと2ヶ月ですか。ドレスには他にも色々なオプションがありますから問題ございません。
「大丈夫ですわ。お母様、ちなみに婚約者はかなり幼い状況で決まったと感じておりますが、婚約は断ることはできますの?」
「そうねぇ。断ることはできるけれど、まだ先でもいいんじゃないかしら?あなた、楽しそうよ。もちろん、王妃になってほしい気持ちもあるわ。実際に幼い時期に婚約した王子もいたけれど、そのあと婚約破棄した王子もいたし、そのまま結婚した人もいたわね。それより怖いのは予想されていた婚約候補者の動きです。リーリアの身に何かあれば彼女たちは疑われるかもしれないけれど、あなたに瑕疵があればすぐに落とされてしまうから、バレずに陥れようといろいろあるはずよねえ。とりあえず、フルール様に気をつけなければなりません」
楽しそうですか。確かに楽しかったですわ。今度は一緒にランチしたいです。
お母様は王妃になってほしいとはっきりお話しされました。私がそれを求められているとわかっているからでしょう。




