38、お出かけ4
「本当はもっと気軽に食べられるところが良かったんだけど、見つかりたくないから、私のとっておきのところに行くことにする」
そういうと、裏に用意してあった乗り合い風の馬車で、王下街の中でも商会の大通りへ向かいました。いつ準備したのでしょうか。いずれにしろお出かけに慣れすぎだとは感じます。
「この馬車、王族のお忍び用ですか?だったらフルール様にバレるんじゃないの?」
「いや、フルールは使ったことないから大丈夫。兄の方もお忍びはしていなかったはず」
「そう」
ほっとしながら外を眺めます。
「フィルリス殿下は小さいころから色んな意味で抜きん出ていますから」
「ですね」
馬車の中にはルマと今日の殿下の護衛の2人が同室しています。殿下の護衛は前回の方とは違いますが、ルマとは知り合いのようです。共感して二人は頷いてます。
「これからいく場所だけど、融通が利くお店が安心だと思ったんだ。お客様の希望に合わせて他の人を絶対に通さないし、貴族ってわかってる対応してくれるからね。裏から入る」
なるほど、さっき私にお昼は自分が出すってそういうところに行くからなのね。確かに私の手持ちでは難しそうです。
大通りから外れた道に従業員入口があるようです。すっと横付けして先にフェリスが降ります。振り向いて私へ手を差し伸べます。紳士ですわね。嬉しいですが少し恥ずかしいですわね。お父様やお兄様以外にはやって頂いたことがないですもの。
手を差し出そうとした、その時です。
「あら?偶然ね。ごきげんよう」
出、出ましたー!!偶然って!!こんな裏道にド派手な貴族のフル衣装を纏って偶然を装って!!
「…フルール」
「あら、私もここのお店にはよく来るのよ。せっかくだからご一緒しましょう?お連れ様がいらっしゃいまして?」
「…ああ。だから今日は一緒に」
「お連れ様も一緒で構いませんわよ」
被せました。ええ、わざとでしょうね。殿下とわかっていてのこの被せ。驚きです。このあたりは社交界での経験なのでしょうか。
「私、もうすぐ領地に戻りますの。思い出に殿下と食事をさせていただきたいですわ。私のことがお嫌いですの?もう、公爵家の娘で王族ではないから?殿下は私を避けていらっしゃいますわ!」
泣きそうな声で叫びます。いや、この人わざとでしょう。ほら、人が集まってきました。自分が公爵家の娘、つまり王弟の娘、かつて王女であることも、明々白々とした事実として伝わり、そして、目の前にいる男の子も、格好は違えど殿下と認識せざるを得ない状況です。
「「はぁ」」
私のため息と同じタイミングで馬車の外で聞こえました。静かに次の挙動を見る野次馬たちなので、おそらく殿下本人か殿下の護衛のため息でしょう。
「馬車を出して、気分が優れないのよ。帰るわ」
あの状況になった以上、殿下は断ることもできないわ。王族同士が仲が悪いような情報は断ち切るべきと教えられているはずだし、だからといって、あの方と一緒に食事をするなんて、面倒極まりないですわ。この馬車から降りなくて良かったと思いましょう。
近づきたくないので、逃げるが勝ちですわね。
「リリー、ごめん」
「殿下が謝ることはございませんわ。って、何故に乗ってきたの!?」
「出して」
静かに命じました。いや、これはまずいのではないでしょうか。
「フルール様、連れが具合が悪いので、送ってきます!また後で」
すでに走り出した馬車から殿下が叫んでおります。
「ムキー!急いで追いかけるのよ!」
と言う声が聞こえてきました。そのドレスでは動くにもワサワサと手間取り、すぐには乗れないでしょう。ただ、馬車はもうバレているので間違いなく見つかりますね。
走り出した馬車ですが、殿下もすぐに思い立ったのか、
「…馬車を乗換なきゃね。そのあと、送り届けるよ」
「…ありがとうございます?」
疑問形になるのも仕方ないと思います。連れを優先って。目をつけられるのは間違いないです。
「大丈夫。連れがいることも分かるだろうし、そこまで悪い噂はたたない」
ええ、そうでしょうね。ただ、
「私には?元王族をないがしろにしたという噂を立てられますわね。気分が悪くてって言い訳も、元王族であるフルール様とご一緒したくないって言っているようなものですから」
実際に会いたくないんですが、弱者の振りをするのは得意そうですから、私にないがしろにされたと言いまわるのでしょうね。
「はぁ。とにかく、馬車を乗り換えて、それからどこかの広場でそのまま解散しましょう。家まで送る必要はないわ」
「…わかった」
お腹が空きました。帰りはパン屋に寄り食べてからにしましょう。馬車の音で聞こえませんが、もう、さっきからお腹の音が止まりません。殿下もお腹は空いているのでしょうね。
「その後、フルール様とランチしてくださいませ」
「え?」
「また後でって言ったじゃない」
「…はぁ。確かに。でも大変なんだよ」
確かに。ただ、今は想いを告げることもできていないのではないかしら。鑑定では王妃を目指して努力と出ております。どこの王妃とは記載ありませんでしたが、フィルリス殿下への想い、執着が強いと感じますわ。
「一度でもきちんと話してことはおありですの?」
「ああ。そうだ。だが、婚約に関してまだ公にはなってないから、正直はっきりと断れないんだ。」
「…婚約」
「そう。手紙に書いた通り、リリーがいい」
私の頭の中は手紙の内容がリフレインされています。思い出して赤くなってしまっていないでしょうか。
「えっと」
だからといって、返事?何ていうのでしょうか?もう、決められたことでしょうし。婚約は内定ですし。私が了承する必要はないと思っているんですが。しばらく言えないでまごまごしていると
「婚約のお披露目はリリーの誕生日だから。プレゼントは考えておいて。あ、乗換できるって、こっち」
殿下の護衛はかなり優秀なんですね。今回は乗り合い風の馬車ではなく、貴族の馬車が用意されてました。
「これで送ることもできるけど、乗ったあとまた降りるから」
その後、以前話してもらったパン屋の前で降りました。
「もう、行った?」
「いいえ」
「じゃ、行こう」
ドアを開けてエスコートしようとしましたが、途中で背中を押されて閉められました。
「見つけましたわ!殿下、お見送りはパン屋ですか?平民の小娘ですの?」
大きな声でしたので、扉越しにも聞こえました。
「いや、パンを買おうかなと」
「私も買いますわ!先程ご一緒されていた方へのお見舞いですの?もう、馬車がちがうようですから、お見送りされたんですの?」
どうごまかすのでしょうか。っと、ドアがガチャっと開きそうです。このままでは鉢合わせしそうです。
焦った私は店内をキョロキョロします。
「リリー、こっちへ」
サンレーが店の従業員入口付近で呼んでいました。いつ入ったのでしょうか。素晴らしい機転ですわ!
「裏口を通らせてもらえます。いきましょう」
狭い廊下は厨房からの焼き立てのパンの香りが充満しています。絶対に食べにくるわ!この香り、砂糖の溶けた甘い香りもします。美味しいのは間違いないわね。
「パン、買ってきてほしいわ。有名な肉パンとあと甘いのを」
「かしこまりました」
お店の人に丁寧にお礼を伝えて、帰宅しました。
はぁ。お腹ペコペコですわ。




