37、お出かけ3
「やっぱり来てたか。お忍びって言っていなかったから、あの人、めちゃくちゃ目立つ」
「ええ、ですからこちらの職人の通りには出向かないと思われます」
「わかった」
小さな声で護衛とやりとりしています。フルール様と一緒にお出かけになるのは私も避けたいところです。
「んじゃ、裏通りの掘り出し物がありそうな雑貨屋へ連れていくよ!」
「うん!ありがとうフェリス!」
あまり高貴な身分とわからないようにしなくちゃね。見つかりたくないわ。
「さ、行こうか」
また手を繋いで向かいます。でも今度は少し進んだだけで、止まりました。
「ここ?」
「うん」
職人が住んでいる家の近くなのでしょうか、店っぽくないです。もちろん看板もありません。ただ、ステンドガラスが手のひらサイズですが組み込まれているドアがとても素敵です。
ドアを開くとカランカランと明るい音が響きました。
店内の真ん中にはガラスの工芸品が並んでいました。思わず近づき、じっと見ます。可愛らしいハートのカットや、色付けされた天使たちの置物は見応えがありました。
「わぁ。きれいね」
金額がないので、購入はできないものなのかもしれませんね。じっと眺めていると
「いらっしゃい。かわいい2人は今日はデート?」
店員さんらしき人が声をかけてきました。
「うん。この子にぴったりの髪飾りをプレゼントしたいんだけど」
デートって。これはやっぱりデートですか。婚約者として、眼の色くらいは知っておきたいですわね。青って思っていたけど、よく見ると光で緑に近い青になるわね。青に薄い緑が入ったドレスアップで婚約者お披露目になるのかしら。金色の刺繍もつけたらすごいわね。彼色に染まるなんて、キャッチフレーズがあった、あのブランドは何だったかしら。
「リリー?どうしたの?」
はっ!うっかり見つめすぎたわ。
「えぇっと、フェリスに似合うのは何かなーって」
「私に?うれしいな」
とっさに誤魔化したけれど、本当に嬉しそうなフェリスを見るとなにかプレゼントしたくなりました。
慌てて男性物もありそうな落ち着いた雰囲気のコーナーへ視線をずらします。そこにはインクやペン、手紙などで必要な筆記用具が並んでいました。私とフェリスは手紙でのやりとりをしていくはずです。
ペーパーナイフ。
私はすぐに1つを手に取りました。女性用なのか、小さめに作ってあります。これをプレゼントにしましょう。
「私はこれにするわ!刻印はできる?」
「おそろいにしよう!同じもので、それぞれの名前を入れてもらおうよ」
「ええ、とても良いアイデアです!」
乗ってきたのは店員さんです。支払いはまたフェリスにサクッと払われそうでしたので、
「私が支払うわ!」
と主張しました。
「いいよ」
あっさり譲ってくれました。拍子抜けしましたが、その後、
「ランチは私が払うね!」
と笑顔で言われました。そうきたか。でも、ランチはどこで食べるのがいいのかしら。フルール様に見つからないようなところって。大変そうです。
「それで、髪飾りはこれだね!」
赤いリボンを渡されました。
「え、っと」
こんなにスマートにプレゼントを渡されたことはかつてあったでしょうか。前世を含めてもありません。
「似合うと思って。もらってくれる?」
うるうるとお願いの上目遣いに、頷くしかありませんでした。
「ありがとう」
いや、こちらがありがとうなんですけどね。ビロードの張る生地に金の糸の刺繍が端にさり気なく入っています。
「つけてみますか?」
店員さんに促され、2つのおさげの結び目をくっつけて、リボンを結んでみます。
「貸して」
バランスが悪かったのでしょうか。フェリスに結んでもらいました。
「うん、よく似合ってる」
もちろん支払い済みでしょうね。金の刺繍、フェリスの髪色ですわ。少し恥ずかしいけれど、フェリスの喜んだ顔を見ると嬉しくなりました。
「ありがとう」
私も自然にお礼を言いました。ほのぼのとした空気が流れるなかで、
「グゥーキュー」
私のお腹が鳴りました。恥ずかしいですわ。でも、すでにお昼の時間になりつつあるようです。フルール様と遭遇しないために時間をずらすのでしょうが、朝から走り回った私のお腹はもう限界のようです。
「ふふ。食いしん坊のリリーにおすすめのところを案内するね!」
「もちろんよ!楽しみにしてますわ!あ、ペーパーナイフの納品はこちらへ」
私がオーキッド伯爵家の名前を書いてメモを渡しました。少し驚いた表情のあと、私を見て、「加護と祝福」と呟かれました。オーキッド伯爵家の末娘、噂は十分に届いていました。
「…お忍びですわ。内緒にしてくださいませ」
「ということは金髪青目はもしかして、高貴なあの方?」
「ふふ、秘密です」
と言ったのはフェリスで、さっと手を取り店を飛び出しました。
「さ、もうすこし移動しよう」
もう、お腹、ペコペコです。




