30、王太子の誕生会
「本日はお誕生日誠におめでとうございます。健やかに成長されました王太子殿下を拝顔できまして、恐悦至極でございます。王太子殿下の護衛をしたいと、剣術に励んでおります、息子のアリオネートもともにお招きいただきまして、紹介します」
「ナラー子爵家が嫡男、アリオネートと申します。よろしくお願いいたします」
「今日は来てくれてありがとう。楽しんでいっておくれ」
王太子フィルリス殿下は鷹揚に頷き、名前以上を喋らせまいと次、次に、と挨拶に答えます。
側近や側室の候補者として一目置かれたくアピールしようとする下位貴族の方々。少しでもアピールしようと見目麗しくなるよう、本日は気合が違うでしょう。
私も傘デビューにむけて準備させていただきました。
本日は薄い水色、いわゆるロリータファッションではサックスと言われる人気色です。シルク生地でツヤを全面に出した箇所と胸元はシンプルにピンタックに首元にリボン、外が暑くなってきたので袖はパフスリーブ、傘を意識して、今回はヘッドドレスは小さめのはしごレースに生花を散らします。
私達は先に挨拶が終わり、歓談中です。
もちろん話題はこの小さい傘です。結局私には重いままでしたので、こどもサイズを展開し、大人サイズも成人女性が難なく持てるくらいまでには軽量化できました。
何より今まで、使用人が持っていたパラソルの実用性あふれるデザインとは異なりますので、賛否両論あるようです。
「素敵な可愛らしい傘ですわね。奥様がデザインされましたの?」
「いいえ、私の末の娘、リーリアよ。創造神の加護と女神の祝福を持つからか、人とは異なる発想力があるみたいなのよ」
「さようで。美の女神様の祝福かしらね、リーリア様、ひときわ美しく見えますわ」
おべっか、ありがとうございます。
私は会話に入らずに軽くお礼のカーテシーもどきでお辞儀します。
すでに私が加護と祝福をもつ少女というのは知られているはずです。敢えて話題に出すのは次期王妃候補としてのアピールでしょうか。
「さ、子供はあちらのようよ」
子供達と大人のグループに別れたようです。というのも、子供向けのお菓子コーナーに人が集まって自然に流されたようです。
「やっぱりここにいた。うん。聞いてた通り、やさしい色の青だね」
フィルリス殿下、私への第一声はそれですか。確かにお菓子コーナーにいる私ですが、別にお菓子が気になったわけではないのてすのよ。自然と子供が集まるところに吸寄せられただけですの。
で、どうやら私を探していたようです。お忍び仲間として認識してくれているのでしょう。ただ、とても目立ちます。
「ありがとうございます」
本当は「でしょ?この生地とこのフリルの場所もこだわったのよ!中のパニエも暑くなってきた仕様を研究中なの」と、言いたいですが、ここは大人しくお返事です。
どうやら一通り挨拶が終わり、歓談の中へ入ったようですね。声をかけようと人だかりができています。あ、護衛はバロンさんですね。先日はお世話になりました。ペコリとお辞儀すると向こうも目があったのがわかって、うなずいてくれました。
「うん」
殿下は無邪気な笑顔でお返事いただきました。金髪の美少年が爽やかに褒めてくれると恥ずかしいですわね。バックヤードに花が見えますわ。着飾った私達ですが、もちろん主役の殿下も今日は着飾っていつもより美少年感が割増されています。
私はこの影響を知りませんでした。王太子殿下がこのドレスと色を話題に出すことによって、このあと空前のサックス色ブームがやってくることを。そして、親しい関係であるのを知らしめることになった故の貴族のパワーバランスの変化を。
「これが傘だね、触ってもいい?」
「もちろんですわ!」
フィルリス殿下からパン屋の詳細の手紙をもらった時に、次の課題の話題があり、そのままお返事を書いていたらいつの間にかほぼ毎日手紙をやり取りする仲になっていました。私の製作している傘についても話しております。
手紙のやり取りを始めた私達に、お母様はニマニマしてますが、そんなんじゃないです。課題の手伝いをしているんです。バレたら私も課題が増やされそうですわ。単純に知識、情報の交換が楽しくて続いておりますのよ。
「フィルリス様、その傘、私も気になるわ」
殿下を名前で呼ぶ女の子がやってきました。基本下の者が声をかけてはならないルールですが、親しい場合は別なのでしょうね。王弟殿下、現在公爵様の長女、フルール様です。彼女も王妃候補に入っております。
「そうだね。よくここまで軽量化できた」
王太子はそう言いながら傘を開きます。
―――なぜでしょうか。とてもお似合いです。これが美青年ならまた違うのかもしれません。中性的な年頃だからボーイッシュにまとまっております。傘の骨部分も丸みを帯びてないストレートタイプだからでしょうか。私よりも似合っているかもしれません。くやしいです。
「うん。薄いけど、ちゃんと日陰をつくっているね」
殿下は目を細めて、傘を見上げて、満足そうに微笑みました。今、よくわからないキラキラがでてましたよね?周りの方々が息を飲むのを感じました。絵になりますね。まるで絵画のようです。いわゆるご褒美ショットでしょうか。
「量産の予定は?」
一気に現実的な問い合わせとなりました。私、本日売り子ですからとてもありがたい質問です。
「一旦作ってみてからでしたから、生産ラインはまだ整ってはおりません。しばらくは発注いただいてから作る事になりますね。お母様に許可を頂いてからですけれど」
その言葉を聞いた方々が急ぎお母様のところへ。人だかりも少しは減ったようです。後でお母様からお小言がくるでしょうが、発注ですもの。喜んでくださるでしょう。
「フィルリス様、私にもお見せくださいます?」
フルール様は気になっていたとおっしゃっていましたものね。フィルリス殿下へ近づいて、傘に二人で入るようです。
こども2人ですが、もともとこども1人用で作成しましたのではみ出てますわね。お母様の大人用なら2人入っても大丈夫かもしれませんわ。フルール様が背が高いので、お姉さんと弟のようです。
そういえば、フルール様は王妃候補ですものね。鑑定しておきましょう。お母様にあとから聞かれるかもしれません。フルール様はクリス殿下の妹君ですわね。同じ銀髪で目元が似ておりますわ。フィルリス殿下とはクーデター前は仲良くしていたらしいですけれど。知っているのかしら。
【フルール・ザイデルバルト(女)8歳、現一代限りの公爵の娘、両親からの王妃推し、傍若無人な態度に王城では人気急降下中、髪フェチ、王妃になるために公爵になったと信じ、努力している】
「可愛らしい傘ね。お作りになったのはオーキッド伯爵家かしら?」
「そう。オーキッド伯爵家のリーリア嬢が発案したんだ」
自慢げに私を紹介する殿下です。嬉しいですが恥ずかしいですわ。
「リーリア嬢?あなた、これ、私にちょうだい」
え、確かに奉呈することもあるけれど、王族の場合よね。今はあくまで公爵家の娘ですから。ちょうだいって。えっと、困りました。ただ、身分は私よりは上なのよね。取られちゃうのは嫌ですけど、トラブルになるのはもっと嫌です。鑑定通り、遠慮のない方です。
私が困った表情でいるのがわかったのでしょう。
「公爵であなたより身分は上よ。いいじゃない。私が広めてさしあげますわ」
いえ、頼んでませんし。
「ちょっとまって。リーリアが考えて、リーリアが作ったんだ」
そうです。一生懸命デザインから考えた、何度も試行錯誤した初めての傘です。なぜ、奪われてしまうのでしょうか。
「えー、私じゃ広告にならないっていうの?女の子の中で1番身分が高いのよ。私がこれをさして歩いているだけで目立つと思うわ」
不満そうに殿下に伝えてから殿下が持つ傘を取り上げ、颯爽と歩き出しました。殿下は少しだけ、抵抗してくれたように感じました。ここで問題を起こすわけにはいかないとぐっと堪らえてくれているようです。
そして、それは私も同じです。あんなに頑張って作った、ロリータファッションには欠かせない傘を手放すことになりました。初めての日傘です。骨組みから細かく指示してやっとできた、やっとお披露目となった傘です。広告?ただほしいだけじゃないでしょうか。言い返せない身分、取り返せない年の差に涙が出てきそうです。泣いちゃだめよね。
「リリー、ごめん」
フィルリス殿下も一緒にしょんぼりです。私は今返事をしたら泣き出す嗚咽が漏れそうなので、強く首を振るだけです。
「殿下、取り返すならあなた様しかできませんぞ。身分には身分ですな」
殿下は護衛のバロンと何かやり取りをしています。
でも、殿下の誕生会にわざわざ問題を起こすためにこの日傘をデビューさせたわけではないから、諦めるのがふさわしいのでしょう。また作るでしょうし。ただ、初めての私の日傘はあれ1点なのです。やはり、悲しいですわ。前世を含めたら大人の中の大人でしょうが、悔しいし悲しいことには変わりません。鼻がツンとしてもう涙がこぼれそうです。泣いちゃだめです。リーリア、しっかりしなさい。笑って大丈夫って言えたらいいのに。殿下のせっかくのお誕生会にこんな泣き虫イベントはいらないはずよ。殿下がお誕生会に向けて貴族の名前を総復習していたのも知っているじゃない。だめよ。
我慢できずに鼻をすすると、スッとハンカチが差し出されました。白のレースで小さな花柄が刺繍された可愛らしいデザインです。




