エネルギー修行(基礎編)
「よし、着いたぞ。ここが達人の住む世界だ」
現在俺たちは、ビクトリーの拠点からワープゲートで別の世界へと移動している。どこを見渡しても大量の木しか見えない。俺たちの世界とは全く違う光景だ。
「俺たちの世界は棒世界って呼ばれてたよな。この世界はどんな名前なんだ?」
「森世界という名前だ。世界全体が木で埋め尽くされているのが特徴だな」
あっという間に移動したせいか、まだ微妙に実感が湧かない。
「木のせいで視界が取りにくくて探し辛いな」
「大丈夫だ、俺に任せてくれ」
ビクトリーはそう言うと目を閉じてじっとする。
「いきなり目を瞑ってどうしたんだ?」
「達人のいる場所を探している」
「目を瞑るだけでできるのか!?」
「正確に言うと、達人が持つエネルギーを感じ取ろうとしているんだ」
「感じ取る?」
「ああ。エネルギー術を学べば、すぐに分かるし、出来るようになるはずだ」
「そうなのか……」
「……よし、こっちだな。ついて来てくれ」
ビクトリーが目を開け、歩き出す。それに習い、俺たちもその後ろを追いかけて行く。
しばらくしてーー
「お、見えてきたぞ、あれが達人の住む家だ」
「おお……!」
和風で木造の小さな家。まさしく達人が住んでいそうな雰囲気だ。
ビクトリーが家に近付き、襖をノックする。
「む、誰じゃ?」
襖が開く。そこから出てきたのはーー
「おお、ビクトリーか。久しぶりじゃの」
ーーちょ、まっ、これは。
上半身裸で筋肉ムキムキのお爺さん。
「ひぇえええああああ筋肉お化けぇええええっ!!」
「ぉおい逃げるでない!?」
うん黒棒、気持ちは分かる。分かるけどそんな高速で後ずさらなくてもいいんじゃないか?
グッと堪えて我慢するのが優しさじゃないのか?
「いくらワシの筋肉がデカいからといって、そこまで驚かなくてもいいじゃろう……それに比べ、お主は肝が据わっておるようじゃな」
「あっ、はい、うん」
違うんですお爺さん。足が震えて動けないだけなんです。ノーリアクションのフリ。
「それで、何の用じゃビクトリー」
「この二人にエネルギー術を習得させてもらいたいんです」
「ほう」
「お願いします」
ビクトリーが頭を下げる。
「お願いします!」
俺と黒棒もそれに続いて頭を下げ、頼み込む。黒棒は少し距離が離れてるせいか声が遠い。
「よし分かった、ワシがみっちり鍛えてやろう」
「ありがとうございます!」
「助かります、師匠」
「お主もやるか?基礎を復習するのもいい経験になるぞ」
「いえ、遠慮しておきます」
「そうか」
「俺は近くで待機しておく。修行が終わったら声を掛けてくれ」
「分かった」
「おう!」
「場所を変えるぞ。この家を壊してしまってはいかんからのう。こっちじゃ」
「はい!」
家を出て、マスターについて行き森の中に入る。
少し時間が経ち、木のない開けた場所にたどり着いた。
「では、エネルギーの修行を始める訳じゃが……まずは雰囲気作りじゃ。ワシを師匠と呼んでみよ」
師匠と弟子の関係か。なんとなくワクワクする。
「師匠!」
「うむ、ちょっと嬉しい」
ちょっとニヤけてる。正直な人だ。
「おっと、名前を聞き忘れておった。何という名前なんじゃ?」
「白棒です」
「黒棒だ!じゃなかった。黒棒です」
「白棒と黒棒か、なるほど……」
名前を聞いた師匠が手を顎に当てて考え込む。この名前に何か思い当たりがあるのだろうか。
「では、修行に入る訳じゃが……しばらくは基礎から叩き込んでいく。まずはエネルギーを感じ取る修行じゃ」
「よろしくお願いします!」
「うむ。早速一つ尋ねるが、エネルギーは分かるか?」
「はい!青い光で、色んな用途に使える便利なものです!」
「その通りじゃ。色んな用途とは言っても、主に戦闘に使われるのじゃがな。例えば……」
師匠が手からエネルギーを生み出し、球の形に変化させ、発射する。
「飛び道具にして遠くの敵を狙ったり」
再び手からエネルギーを生み出し、剣の形に変化させて振るう。
「武器にして近くの敵を叩いたり」
剣を丸く平べったい障壁の形に変化させて構える。
「壁にして攻撃を防いだりと様々じゃ。まあ大抵の事はできる」
「おお……!」
「更に言うなら、威力も普通の拳や武器とは段違いじゃ。ふんっ!」
師匠が拳を構え、地面に叩き込む。衝撃音と共に、ヒビが広がる。
「拳ならこの程度の威力じゃが」
いやいや充分高い。流石の筋肉パワー。
「エネルギーならこうじゃ」
再び師匠の手からエネルギーの球が生み出され、近くの地面に放たれる。それが地面に触れーー
「うおっ!?」
「どわあっ!?」
大爆発。巻き添えは食らわずに済んだ。爆発地点を見てみると、そこにはクレーターが出来上がっていた。
「これがエネルギーの力じゃ、驚いたじゃろう」
「おお……!」
「すっげえ……!」
まさしく万能。多彩な用途、抜群の威力。絶対に習得したい。
「やる気満々じゃな」
「はい!早くエネルギーを生み出して使えるようになりたくなりました!」
「む、生み出す必要はないぞ。ワシやお主らの体内、空気中……あらゆる所にエネルギーは存在する」
「えっ!?」
知らなかった。そんな身近に最初からエネルギーが存在しているなんて。てっきり修行を行う事で作り出せるようになるものかと思っていた。
「でも、さっきみたいな障壁や刃といった形でしか見た事がないんです。それはどういう……」
「普段は見えない。エネルギーを消費して技を発動する際に、誰にでも見えるような状態に変化するのじゃ。こんな風にな」
師匠が右手を広げ、そこから青い光が出現する。
「これが誰にでも見える状態になったエネルギーじゃ。よく見て、感じ、覚えておくといい」
「はい!」
言われるがままに、エネルギーを直視する。そして、脳に感覚を刻み込む。
「さあ、実物を見たところで修行開始じゃ。目を閉じ、集中せい」
「はい」
目を閉じて、集中……
何も感じない。しばらく、このままの状態が続く。
「ムググ…….」
「こればっかりはセンスじゃ。すぐにできなくても、焦るでないぞ」
数分ぐらいは経っただろうか。
未だに変化はない。
もう少し強く念じた方がいいのかもしれないな。ふぬぬぬ……
「っ!?」
突然、肩に何かが触れたみたいだ。ビックリした……
「肩が上がっておるぞ白棒、リラックスじゃ」
「は、はい……」
師匠が力を抜いてくれていたのか。
落ち着いて集中しなければーー
「これ、は……」
この修行を始めてから、かなりの時間が経ったような気がする。
ようやく、僅かに青い光を感じるようになった。
まだほんの数ミリ程度ではあるが。
「何だこの、小さな光……?」
どうやら黒棒も感じ取れるようになってきているみたいだ。
「良い調子じゃ。二人とも充分に素質はあるようじゃな。次はもっと広く感じ取れるように集中してみるんじゃ」
そうだ、これはまだほんの一部。エネルギーは空気中にある。もっと多く広く感じ取れるようにならなければ。
更に時間が経過する。
「おお……」
さっきよりもよりエネルギーを感じ取れるようになってきた。というか、どこを見渡してもエネルギーだらけ。正直眩しくて困る。
「意識のしすぎじゃな。少し抑えてみい」
「は、はい」
言われた通り、意識を抑えてみる。
……ん、少し、光が収まったような気がする。
「うむ、上手く調整できたようじゃな。ではそろそろ次の段階に移ろう」
「お待ちしておりました」
「丁寧すぎて逆に変になってるぞ黒棒」
次の段階か。空気のを感じ取ったなら次は体内か。
「自らの体内にあるエネルギーを感じ取ってみるのじゃ」
「はい!」
予想当たり。
集中集中……あれ?もう感じ取れて来たぞ。
てっきりこれも時間がかかると思ってた。
腹の辺りにあるのか。
「お、今度はすぐに光が来たぞ!」
「まあ、感じ取る所を変えただけじゃからな。やり方は同じじゃ。後はこれを無意識に行えるようになればマスターしたも同然じゃな」
無意識に、か。今の自分にはまだ難しいな。これからの練習次第か。
……ん、白?てっきり青色かと思った。というか赤色でもないのか。
「あれ?黒いな俺のエネルギー」
「黒?あ、本当だ」
黒棒の体内のエネルギーを感じ取ってみたら本当に黒色だった。感じ取る感覚さえ覚えてしまえば自身の体内でも他人の体内でも一瞬だな。
「だろ?白棒は……白か。まさしく、俺たちに合った色だな」
「確かにそうだな」
そういえば、さっきのビクトリーの話でレイジエネルギーという赤いエネルギーの話があったな。白に黒、赤。エネルギーにも色々な種類があるという事なのだろうか。
「黒と白か。少し、肩に触れるぞ」
「うおっ!」
「おっと」
師匠が俺と黒棒の肩を握る。筋肉ムキムキのせいか、握り潰されそうでちょっと怖い。
「む、これは……なるほど」
肩から手が離れる。何か分かったのだろうか。
「エネルギーにも色々種類があるんじゃ。種類によって色も違う。お主らが持つエネルギーを教えておこう。まず白棒からいくぞ」
どんなエネルギーなのか気になる。
「ライフエネルギーじゃ」
「ライフ?」
「そうじゃ。体力や命の代わりとなるのが特徴じゃな」
命の代わり……という事は。
「もしかしてそのエネルギーを使えば死んだ仲間を生き返らせる事ができますか!?」
「近い近い顔が近い!!一旦落ち着くんじゃ!」
「あっ、ごめんなさい」
「ふぅ……残念じゃが、死人を蘇らせる事はできない。せいぜい瀕死の状態から助けられる程度じゃ」
「そう、ですか……」
もし可能なら、今すぐにでも棒世界に戻って灰棒にエネルギーを与えていたのだが。ビクトリーが言っていた通り、死人を蘇らせる方法は無い、という訳か。
「ごほん、話を戻そう。お主、身体がタフだと感じた事はないか?」
「はい、あります」
そう、俺は生まれつき頑丈な身体をしている。
棒世界で他の棒人間と戦っている時に『タフだな』なんて事をよく言われていた。灰棒との手合わせの時も、先にリタイアするのはいつも黒棒だった。
「それはこのエネルギーがダメージを肩代わりしてくれているからじゃ」
「ええっ!?」
そうだったのか……エネルギーのおかげなだけで身体は頑丈でもなんでもなかったんだな。衝撃の真実。
「仮に、今までゴリ押しで戦ってきた場合の話じゃが、最初から耐久目的として割り切るか、癖を直すかはお主次第じゃな」
「うーん……」
実際、今までゴリ押しで戦う事が多かった。エネルギーを活用するつもりなら、耐久力を捨てる事になる。よく考えなければならない問題だ。
……ここはひとまず、エネルギーの習得に集中しよう。
「それと、もう一つ良いか?」
「はい」
「そのエネルギーは所持者が異常に少なく珍しい。故にそれを求めて狙う輩が出てくる。気を付けるんじゃ」
「……分かりました、気を付けます」
狙われるのか……以前みたいな平和な毎日は二度と過ごせなさそうだ。
「さあ、次は黒棒のエネルギーじゃが……正確にはエネルギーに似てる物質じゃな」
「物質、ですか?」
「うむ。暗黒物質じゃ」
「おお、カッコいい響きだ!」
黒棒が目を輝かせている。敬語忘れてるな。
「エネルギーではないが、エネルギーと同じように使えるのが特徴じゃな。それと……」
「言葉に詰まって、どうしたんですか師匠?」
「おっとすまない、話そう。黒棒、お主にとっては非常に気の毒じゃが…..この物質、世界中で危険視されてるんじゃ」
「えっ!?」
「嘘だろ!?」
こっちもこっちで衝撃の真実。俺のエネルギーの時よりも衝撃。
「だからお主も狙われるな。白棒とは別の理由で」
「なんてこったい……」
頭を抱える黒棒。平和どころじゃない。無事に生き残れるのかさえ不安になってきた。
「二人のエネルギーに関する説明はここまでじゃな」
「ありがとうございます!」
「因みに、基本的に一人につき一種類のエネルギーが体内から自然に生み出されておるんじゃ。これも覚えておくといい」
一人につき一種類……あれ?
「師匠、俺はライフエネルギーの他にレイジエネルギーも生み出した事があるんです。これはどういう事なのでしょうか?」
「レイジエネルギーは怒りによって生み出されるエネルギー。他のエネルギーとは違い、条件を満たさないといけない代わりに、誰にでも生み出せる特殊なタイプなんじゃ」
そういう事だったのか。どんどん知識が蓄えられていく。
「……くれぐれも、使い方には気を付けるんじゃぞ。そのエネルギーはかなり危険じゃからの」
「は、はい、分かりました」
恐らく、暴走の事だろう。ビクトリーからも言われていた事だ。気を付けなければ。
この後も、俺たちは様々な修行をこなしていった。
時にはエネルギーを一部分に集中させて放ったり。
「体内のエネルギーを手に集中させて放出してみよ。後々行う『技』の修行で重要になるぞ」
「はい!」
「……って、あれ?手に穴なんてないのにエネルギーを出せるのですか?」
「大丈夫じゃ。エネルギーは皮膚を貫通するから出すのも入れるのも問題なくできる」
空気中から取り込んだり。
「エネルギーが不足してきたら、空気中から取り込むんじゃ。身体を広げて、受け入れる感じじゃな」
「ふぬぬぬぬぬ……!」
「力む感じではないのう」
飯を食ったり。
「確か、お主ら棒人間は棒が好物だったはずじゃ。ここに用意してあるから、たんまり食え」
「うっひょおおーっ!!」
「いっただっきまーす!!」
「よく食べて、次の修行に備えるんじゃぞ」
エネルギーを消費して身体を強化したり。
「身体強化を伝授しよう」
「お願いします!」
「体内のエネルギーを消費する事で、一時的に身体能力を強化する事ができるんじゃ。攻撃力、防御力、速度の全てが爆発的に上がるぞ。限界はあるがの」
「おお、すげぇなそりゃ!」
「黒棒、敬語忘れてる」
「おっと悪い、興奮してついな」
「では早速方法を教えよう。力む、それだけじゃ」
「はい!ふぬぬぬぬ……おっ、力がみなぎってきたぜ!」
「それだけですか!?というか早いな黒棒!?」
「単純じゃからな。やり方さえ教えれば数秒で習得できるのがお手軽でいい。さあ、白棒もやってみるんじゃ」
「はっ、はい!」
休憩を挟んだり。
「この世界は自然が豊かじゃ。休むには最適じゃろう」
「木か空か地面しか見えないのがちょっと気になりますけれどね」
「木だけに、か。……ごほん、失礼」
知識を学んだり。
「体内のエネルギーは消費しても時間が経つと自動的に作り出されるんじゃ」
「体内でエネルギーが作り出されるのなら、空気中から取り込む必要は無さそうですが……」
「そうとは一概に言えない。熟練度にもよるが、空気中から取り込む方が早く補給できるんじゃ」
「なるほど、参考になります」
「更に言うなら、空気中にある青いエネルギーは特徴のないノーマルエネルギーじゃ。取り込んでもお主のライフエネルギーみたいに耐久でゴリ押す戦法が出来る訳ではないから注意するのじゃぞ」
「はい!」
「それともう一つ。身体に保有できるエネルギーの量には限りがあるんじゃ。覚えておくといい」
「ありがとうございます!」
身体を鍛えたり。
「身体を鍛えれば良い事ばかりじゃ。体内でのエネルギーの保有量、回復速度が上がり、身体強化の限界値も上がり、オマケに殴り合いにも強くなる。さあ、まずは腕立て伏せからじゃ!」
「はい!1、2、3……」
こうして、時が過ぎていったーー
「二人ともよく頑張った。これで基礎は全て叩き込んだぞ」
「ありがとうございます!」
師匠のおかげで、エネルギーの基礎を習得する事ができた。
「次の修行……の前に、休憩にしよう。ぶっ通しで続けて疲れで集中できなくなってはいけないからの」
「はい!」
休憩タイムだ。黒棒と話がしたい事もあって、一緒にどこか別の場所に移動する事にした、
「なあ白棒、まだ修行は途中だけどさ、俺たち始める前よりも格段に強くなったんじゃねえか?」
「そうだな、そんな気がする」
「だよな!」
確かに。まだエネルギーの動かし方や知識を学んだぐらいで、今のところ実戦で使えそうなのは身体強化のみだ。なのにその時点で以前の自分とはまるで別人に変わってしまったかのような感覚がする。嬉しいような恐ろしいような。
「黒棒、この修行が終わったら一対一で戦ってみないか?エネルギーを学んだ上で戦うとどうなるのか試してみたい」
「おっ、いい考えじゃねえか!約束だぜ白棒!」
「ああ!」
エネルギーの威力は恐ろしく強力。どれだけ加減できても、もしくは全く加減できずに、楽しい戦いがどうしても殺し合いになってしまうようなら、封印する事も考えなければいけない。灰棒が言っていた『殺伐とした戦い』から生き残る為には遠慮なく活用するつもりではあるが。
……とりあえず今は、修行を終える所からだな。