何も無い世界
「まったくお主は……ワシが二人を庇わなければどうなっていたことやら」
赤棒が放った爆砲による大爆発。危うく巻き込まれて真っ黒焦げになるところだったが、師匠がとっさに俺と黒棒の前に立ち塞がってくれたおかげで、なんとか無傷で済んだ。ちなみに師匠も無傷……エネルギーを使わず。筋肉って凄い。
「……まあ、気絶しておったら聞こえるはずもないか」
赤棒は爆発の中心地にいた事で当然ながら巻き込まれ、真っ黒焦げになってぶっ倒れていた。
「命に別状はなさそうじゃから、回復薬を飲ませてワシの家で安静にさせておくとしようか」
と言うわけで、赤棒離脱。
「ハプニングが起きた中で尋ねるのもあれじゃが、赤棒がエネルギーを圧縮する瞬間はちゃんと見れたか?」
あっ、そうだった。例の爆発ですっかり頭から飛んでしまっていたが、今はエネルギーの圧縮の修行中だ。先程赤棒が爆砲を放っていた時の光景を思い出していく。全身のエネルギーが両手に集まり、自然と圧縮され密度が高まってーー
「はい、バッチリと」
「うむ、それなら何よりじゃ」
それにしても、一切はみ出さずスムーズに、しかも全身から一点に集中させるという独特な方法でかつ無意識にできるというのは、まさしく赤棒の才能だろう。
「ん、なんだ?」
ふと、爆発らしき音がどこかから聞こえた。周りを見回してみると、遠くで煙が立ち上っているのが見えた。
「む、あの方向……まずいのう」
師匠が煙を見てそう呟く。
「少しだけ様子を見に行く。お主らはそこで待ってておくれ」
いつになく真剣な表情で師匠が煙のある方向に走り出して行った。それにしても、俺と黒棒をここで待機させておくって事は、何か相当な危険な事態が起こっているのではーー
「うっ!?」
突然の殺気。すぐ後ろに何かがいる。この感じは……奴だ。
「茶棒っ!」
「あちゃー、気付かれちゃった」
振り返ると、今にもこっちを斬らんとする構えの茶棒が目の前に立っていた。すぐに下がり、距離を取った。
「これで三度目……そこまで間が空いているわけじゃないのに遭遇しすぎだよな。常に監視でもしてるんじゃないのか?」
「監視なんてしてないよ。まあ、運と知識の差ってところかな」
運って……知識はとにかく、運だけで探し当てられていたとしたらとんだ理不尽だ。
「っとまずいね、不穏な気配と足音がしてきた」
気配と足音……師匠だ。こいつの存在を感知して急いで戻って来ているのだろう。
「さっさと済ませちゃおっと」
茶棒が刀を前方少し下に突き出した。一体何を仕掛けてくるつもりーー
「ん?」
なんだ?茶棒が上に、地面が見えて、穴?
「うおぁあっ!?」
「白棒、下だっ!」
そうか、俺が落ちてるんだ!あいつ、ワープゲートを真下に仕掛けやがった!
「くっ!」
とっさに片手でワープゲートの外側にある地面を掴もうとするも届かず。ならばこれだ。
「エネルギービーム!」
短く溜めてエネルギービームを下に発射。その反動で上に飛び上がる。
「目には目を、上には上を、なんてね」
茶棒が今度は刀を前方少し上に突き出した。という事は……案の定、俺の真上に二つ目のワープゲートが出現した。ならビームの方向を横向きに変えれば良い話だ。
「そう簡単に捕まってたまるかよ!」
「サンドイッチ」
「えっ?」
今度は何を仕掛けてくるつもり……ってあれ?ゲートの位置ってこんなに近ーー
「白棒ーっ!!」
違う、元々こんなに近くなかった!二つのワープゲートで挟み込もうとしてるのか!黒棒もその状況に気付いたのか俺の元に駆け寄り手を伸ばしている。ビームの反動だけじゃ間に合わない。あの手を掴んで引っ張ってもらわなれば。届け、届け、届け!
「残念、時間切れ」
届かなかった。俺の身体はワープゲートに飲み込まれ、別の世界へ。
「くそおっ!!」
ビームを解除し、地面に着地する。まずはここがどんな世界か知らないと……ん?
「この残骸って、もしかして、ビクトリーの拠点のものか?」
見る影もない程にボロボロになっているが、確かにそうだ。
「という事は、俺はこの世界に来た事があるのか」
とは言っても、拠点から外の景色を見るのは初めてなのだが。
「何も無い……」
そう、何も無い。灰色の地面と灰色の空、それ以外の要素は本当に何も存在しない。あまりにも殺風景。
「エネルギーも……」
まさかとは思ったが、空気中にエネルギーが存在していない。戦闘を行う上では厄介だな。恐らくすぐに茶棒がこっちに来るだろうし、厳しいな……
「無事か白棒!?」
っと、この声は……!
「黒棒、お前も来たんだな!」
「ああ!ゲート閉じられる前にあいつに一発ぶちかましてこっちに来たんだよ!」
サラッと凄い事言ったな。超スピードのあいつに攻撃を当てられたのか。何はともあれ、黒棒と合流できたのは本当にありがたい。
「あーあ、上手くいったと思ったのに」
黒棒の後ろにあるワープゲートから声。
「っと、話をしてたら本人が来たか」
茶棒だ。出てきた瞬間にワープゲートが消滅した。
「まあ、あの筋肉からこの二人を引き剥がせただけでも良しとしよっか」
「その発言からして、森世界の爆発はお前の仕業なんだな」
「そうそう。あんなに刺さるとは思わなかったけど」
「俺たちを殺したいのならわざわざこんな小細工しなくても良かったんじゃないのか?」
「あーそこね。僕って格上に立ち向かうほど勇敢なタイプじゃないから」
そういう事か。何故分断なんて手間をかけたのかと思っていたが、今の答えで納得した。
「何はともあれ、この上なく良い舞台が整ったよ。この前みたく落下物で中断なんて展開は勘弁してほしいけれど」
「俺としてはそれを願うばかりだ」
「その前に切り刻んであげるよ」
「くっ……」
状況はあまり良くない。今ここにいるのは俺と黒棒、茶棒の三人だけ。腕輪は師匠が持っているので通信不可能。この世界から逃げる術もない。他の仲間が気付いて駆け付けてくれれば大分マシにはなるが……現にこうして黒棒が駆け付けてくれたんだ、高望みするのはよそう。
「黒棒、いけるか?」
「ああもちろんさ。お前と一緒なら絶対に大丈夫だ!」
この状況を生き残るには、あいつに勝つしかない。正直厳しいが、黒棒と一緒ならきっと乗り越えられるはずだ……!
「そういや落下物で思い出したけど、星ってまだ師匠の家で熟睡してるのか?」
「みたいだな」
「……もう数日経ってるよな。そういう体質なのか?」
「かもしれないな」
……別に今思い出さなくてもいい事だなこれ。戦闘前に少し気が緩みそうになってしまった。