9.幼女の手錠
少し離れた場所からハロとソフィアを見つける。ハロは申し訳なさそうにしていて、ソフィアは優しく微笑んでいた。
アテレコするなら恐らくこうだろう。
「ソフィア嬢、先程は申し訳ありませんでした」
「いえいえ、殿下が謝るような事は、それよりも姫様は大丈夫ですか?」
「えぇ、まぁ、今は侍女がついてますし」
「そうですか。ですが、心配でしょう? 本日はもう……」
「いや、そんな訳には」
「いいえ、殿下。私の事はどうぞ、お気になさらず」
なぁんて、良い子なセリフを言ってるに決まっている。だがしかし、それは罠だ。良い子をアピールしながら、ハロの申し訳ない気持ちを利用し、次回のデートへと繋げる罠だ!!
そう簡単に、次回へのデート展開になどさせん。
私は手を後ろに組みながらそっと二人に近づき、声をかける。
「あの、ソフィア嬢、さっきはごめんね?」
上目遣いはバッチリだ。
「姫様?」
「エメ!? 足の怪我は?」
「んーとね、ローレルが治してくれたの。神のちからで」
「神の力?」
「うん! でも、それよりも、あのね? はい!」
私は少しモジモジとし、照れながら、後ろ手に隠していた花をソフィアに差し出す。
「さっきは、ごめんね?」
ソフィアは口元に手を当てながら「まぁっ!」と目を見開いていた。
ふふふふ。幼女の、健気な姿は可愛く見えるだろう? 感動しているのが手にとるように分かるぞ。
お前が、さっき気にしていた花を差し出しているんだ。さぁ受け取るがいい。
「姫様が、これを私に?」
「うんっ! さっき、このお花見てたでしょう? このお花貰ってくれる?」
完璧なセリフだ。これで受け取らざるえまい。案の定ソフィアは嬉しそうに笑って、「ありがとう」と花を受け取った。
ふははははは!! 受け取ったな!?
コレは罠だと気付かずに!! 馬鹿めっ!
「これで、私達お友達だね!!」
「え?」
「このお花、友達の印のお花なんだって! お店の人が言ってたの」
そうなのだ。たまたまの偶然だが、この花の花言葉は友情らしい。そんな事はどうでも良いけれど、これを使わない手はないだろう。
「エメラルド様が、私とお友達になって下さるのですか?」
「うん! お友達になろう。だから、はいっ」
私はソフィアに向かって手を差し伸べる。
「私と、手を繋いでくれる? 一緒に行こう?」
お前には手枷をつけてやろう。
ハロには近づけさせん。
「エメラルド様とお友達になれるなんて光栄です」
ソフィアはそう言って、優しく笑いながら私の手を握り返した。
私の脳内で、ガシャンと錠の音がする。
手錠完了。
可愛らしい幼女の手を振り解く事はそうできまい。
それから、城下町を見て回ったが、私とソフィアがずっと手を繋いでる事で、ハロとの接近を防ぐ事は余裕だった。
だが、何故か私がソフィアと仲良くする羽目になっている。
おかしい。この女の化けの皮を何度か剥がそうと試みたが失敗に終わるし。
そして、ソフィアと話しているうちに、私は、ほんのりとした違和感を覚え始めた。
この女が、ハロと結ばれれば間違いなく殺される。実際に殺されたし、国も滅んだのだ。それは間違いない。
だけど、ソフィアはこんな顔だったか……?
何か一つ忘れているような気がしてならない。
成長した彼女の顔は……。
「本日はとても楽しかったです」
ソフィアの笑顔が、夕日に染まる。
たくさんの、お土産を抱える侍女達は重そうに、それらを屋敷に運んでいた。勿論、その殆どがハロに選ばせないように、私の我儘で押し付けるように買ったものだ。
ハロとの思い出をやるまいと、恋心など抱かせない為に。
「私もとても楽しかったよ!」
おかげで足の痛みは倍増したがな。
でも、まぁ、ハロとの進展は阻止できたし、今日はもう解放してやろう。
私は繋いでいた手を離し、ソフィアに手を振った。
願わくば、もう会いたくはないが、公爵令嬢であればそうもいかないだろう。
次こそソフィアの化けの皮を剥がしてやる! そう心に誓っていた。
そして、王宮へと帰った私は、必死で隠してた腫れている足を、ローレルに見つかってしまい、長時間のお説教とディアス教への入信を勧められるハメになった。
ローレルのディアス教馬鹿!!