7.公爵令嬢現る
城下町へと出かける事が決まり、すぐに支度を済ませる。護衛の兵を二人、後方に付けると、馬車は公爵家へと出発した。
だが、私はこの状況に、一人首を傾げる。
何故お前がいるんだ……この女。
「ねぇ、ところでハロ? なんで、ここにローレルがいるの?」
「あぁ、ローレルはね、エメが心配で心配でたまらないって。エメに何かあったら困るから付き添うことになったんだよ」
馬車の中で、私の正面に座るローレルはニコニコと笑い頷いているが、完全に目が笑っていない。
「ハロの護衛だけで良かったのに。だってローレルは、ディアスのことばっかり私に言うの。せっかく遊びに行くのに……」
「まぁ、姫様ったら! 呼び捨てはなりません。ディアス様です。様ですよ? 姫様が入信なさらないから私は心配なのです。邪教に取り付かれ、皆様に迷惑をかけないか……それもこれも全て姫様がディアス様の信仰信がないからです」
「あー、もういい。分かった。ディアス様ばんざーい。さいこー」
「エメ、ディアス教をおちょくるのは良くないよ。僕もディアス教の教徒だし、この国のほとんどが、入信しているのに。何故エメに信仰心が生まれないのか不思議なくらいなんだよ?」
「さすがは殿下、その通りです。是非、もっと言ってやって下さい。このままでは、姫様はきっと邪教に……」
それからローレルはガミガミと耳をふさぎたくなるような熱弁をふるい続けた。私はそれを耐え、馬車はようやく公爵家へとたどり着く。
馬車の窓から見える公爵家の屋敷は、白を基調とした落ち着き感のある、綺麗な外観をしていた。馬車が屋敷の庭に止まり、しばらくすると、純白のドレスを身にまとった少女が、侍女を連れて屋敷から出てきた。
純白ドレス少女の侍女が馬車の扉をノックすると、ローレルが返事をする。馬車の扉はゆっくりと開かれた。
「ごきげんよう、ハロルド殿下」
少女は真っ白なスカートを両手で持ち上げながら頭をそっと下げて可愛らしく挨拶をした。顔を上げた少女はまだあどけなく、私より少しお姉さんくらいだ。金髪ブロンドのくるりとした瞳が印象的な可愛らしい子だった。
「ごきげんよう、ソフィア嬢、お待たせ致しましたね」
ハロはそう言って、キランキランの微笑みで純白少女に手を差し伸べた。少女は顔を赤らめて、少しだけ恥ずかしそうに笑い、ハロの手を握り返そうと、手を伸ばした。
が、そうはさせない!
私はとっさに、ハロの手を追い越し、素早く少女の手をガシッと強引に掴んだ。
「ソフィア嬢! さぁどうぞ!」
「エ、エメ?」
私はハロから身を乗り出してソフィアの手を掴んだ為に、ハロは驚いた顔をして私を覗き込んでいる。
ハロだけではなく、その場にいた皆が一同ギョッとしていた。
「さぁ、どうぞ」
私はそんな視線を全部無視して強引にソフィアを引き上げる。
「ど、どうも……」
戸惑いながら、やっと声を出したソフィア。その瞬間私の手に電流が走った。
やはり、そうかと、私の予感は的中していたことを悟る。いくつかの映像が、瞬時に私の脳をよぎっていった。
この女、まだ可愛らしい少女だが、成長後、しっかりとこの国を……私達をどん底に落としているぞ。
この娘、ゆるざん!
私はニッコリと笑いながら彼女の手を離すと、ソフィアも戸惑いながらニッコリ笑い返してくれた。
今、良い子に見えても油断はするまい。
ソフィアはハロの向かいの席へと座る。
「あの……」
ハロに説明を求めるように、私をチラリと見ながら声をかけた。
「ああ、ソフィア嬢、ごめんね。妹のエメラルドも、どうしても一緒に城下町に行きたいと言ってね。ダメだったかな?」
「いえ、そんな……」
そんな、と言いつつも、完全に残念そうな顔をしているが。まぁそれはそうだろう。
だが、同情はすまい。私は心を鬼にして、ハロを守ると決めたのだ。
しかし、ソフィアはすぐに気を取り直したように、優しく微笑みながら私を見つめた。
「エメラルド姫様、お目にかかれて光栄です。ソフィア・マイ・アートミーと申します。本日はよろしくお願い致します」
さすがは公爵令嬢。私より気品も礼儀もあり、大変よろしい。って違う。その美しいメッキを剥がさなくては!!
「ソフィア嬢。よろしくね? 私と仲良くしてね」
私はニッコリとソフィアに笑って見せたが、きっといつかのローレルのように、私の目は笑っていないだろう。
だって今日はこれから、全力でハロとの仲を邪魔をしてやるんだから。
覚悟しといてね、ソフィアさん。てへぺろ。
こうして私達を乗せた馬車は城下町へと向かった。