6.恥も武器とすべし
うっすらと目を開けると、ロウソクの灯りが私の意識を刺激する。
「う……」
起き上がろうとしてみたら、思うように足が動かない。それに頭もくらくらする。
「姫様? お気づきですか」
「ローレル?」
「まだ、起き上がってはいけませんよ? 全く、急に走り出したと思ったら、ハロルド様のお部屋で大量の鼻血を出して倒れたと聞いて、私、本当に肝が冷えました。医師からは気持ちの昂りから来たものだろうと言われましたが、いったい何に興奮してたのです?」
何って……恐らく、あの光景、あの膨大な数の情報のせいだろう。ハロの女どものせいで、私の心は完全に荒んだ。しかし、さすがにそのせいだとは言えない。
よし、ここは必殺、ごまかすのが一番である。
私は可愛く見えるようにローレルに向かって小首を傾げて見せた。
「こうふん? なにそれ、美味しいの?」
我ながら完璧な回答だ。
だが、ローレルは一瞬だけニヤリと笑い、惚けたように首を傾げる。
「まぁ、状況によって美味しいのではないですか? 男性にとって姫様は大好物でしょうし、本来なら、男性の方が興奮しそうですが、さすが姫様ですね。私の想像を遥かに超えていかれます」
おいおい、この侍女は、いったい何言ってるんだ? 絶対変なこと考えている。そもそも私は幼女だぞ。
この女、危ない。私がもう少し大きくなったら、侍女から外そう。それがいい。そうしよう。
「ねぇ、ローレル、私、お水が飲みたいの。飲ませて?」
「やれやれ、お次は赤ちゃんですか? 姫様はいっそ赤子の方が良いかもしれませんね?」
いっそ、ハロへの怒りをこの女にぶつけてやるのもいい。私に手こずり、もっと困ってしまえ。
「ばぶばぶ」
ローレルは私に向けてわざとらしい、生暖かい微笑みを作りながら、お水をゆっくりと飲ませてくれた。
「何かお食べになられますか?」
私は子供らしくニッコリと笑って頷く。
結局その日は丸一日、ローレルに甘えまくってベッドの上で過ごした。
そのおかげか、体はすこぶる元気になり、ローレルへの感謝が少しと、己の若い体は絶対的な正義なのだと改めて感じた。
「ねぇ、ローレル。そう言えば、あれからどうなったの?」
「何がです?」
「私、倒れた日は、ハロの日だったでしょう?」
「あぁ、あの日は、あれから大変……でもないですよ? 姫様が殿下の誕生際に出席出来ず残念とのお声はありましたが、おかげで式典自体は滞りなく行われました。次回興奮される時も、大事な行事の日にされると良いでしょう」
見事な嫌味だ。しかし、子供の私に向かって言うセリフじゃないぞ? 泣くぞ? 泣いてやるぞ?
私は瞬きを我慢し、必死で涙を溜めていたが、ローレルはそんな事には構わず続けた。
「今度ハロルド様にお会いした際には、しっかり謝罪を。とても心配なさっていましたからね」
「分かった。なら今からハロのところに行くわ」
「今からですか? あぁ、でも今日は確か……」
「何かあるの?」
「えぇ、本日は公爵家のお嬢様とのお約束で、城下町をお散歩するのだとか」
「な!」
私は驚きのあまり、振り返りローレルの顔を見上げる。
「姫様! 急に動かないでください。せっかく整えた髪がボサボサになってしまいます」
「ローレル! ハロもう出発したの!? ハロは何処!?」
「まだ自室にいらっしゃるのでは? それよりも、その時の御令嬢がお美しくて、誕生際の時にハロルド様と一緒にダンスをされたんですよ。是非姫様にも見習って」
「そんなのどうでもいーーーーーー!!」
私はガタリと音を立て、勢いよく立ち上がると、ハロの部屋へと駆け出した。
ーーーーバタン!!
「ハロ! ハロ! いる!?」
「エメ!?」
ハロは驚いたように振り返り、私の元へ駆け寄った。
「体はもう大丈夫?」
「大丈夫。もう元気になった。それよりもハロが、これから城下町に行くって聞いたの! 本当?」
「あぁ、うん。そうだけど」
「私も行きたい! 城下町のお散歩」
「エメ、それはダメだよ。エメの体調だってまだ分からないだろう? それに今日は公爵家のソフィア嬢と城下町を一緒に歩こうって、約束しちゃったんだ」
ソフィア嬢? それが、私の敵か! 知らない女だが、多分会えば私達王家を破滅させる女に決まってる。だって今の少年ハロと親交を深めようとするなんて……。
コレは間違いなく、今から仲良くしといて、そのまま婚約へと突き進む、よくあるフラグだ!!
あれ? フラグって何だっけ? なんでフラグ。いや、そんな事今はどうでもいい。
「私元気になったもん。絶対大丈夫。だから一緒に行く!」
ハロは困ったように笑うと、膝を折って私に視線を合わせた。
「エメ、今度一緒に行こう? 約束するから。二日前に倒れたばかりだし、あの時は本当にびっくりしたんだ。エメの事が心配なんだよ。お願いだから、大人しくここでお留守番してて」
「ダメ、いやだっ! 私も城下行くの! 一緒に行くのっ!」
ちょっと恥ずかしい気もするけど子供の特権は使わない手はない。
「エメのお土産買ってくるから、いい子だから、ね?」
「いやぁ、ハロと一緒に行きたいっ! 邪魔しないから一緒に連れてって!」
嘘です。全力で邪魔する為に行きます。
困り果てた顔のハロルドの顔を見て、もう一押しだと確信した私は涙を零した。不思議な事に感情を昂らせれば涙が出るようだ。これも子供だからだろう。恥ずかしくてたまらない気持ちはあるが、このセリフでどうだっ!
「兄うえぇぇぇ、エメを置いて行かないでぇぇぇ」
幼女の奥義、泣き落とし!
ボタボタと涙を零し、ハロにしがみつけば、ガックリと肩を落としたハロは一言「仕方ないなぁ」と諦めたように呟いた。
完全に私の勝利である。
恥も武器になれば結果問題はない。
ハロに女を寄せ付けない。隙なんぞ作るものか。
「ハロだぁい好き! さっ、そうと決まれば、早く一緒に行こう?」
私は密かにガッツポーズを取りながら涙を拭い、ニッコリと笑った。