3.ゲスな兄とアワビ
その声の主はハロの第一王太子妃のサブリナ妃。このサブリナ、あらゆる女の武器で武装しまくった女である。そして、その脳内はその武装についてと己の欲のみで構造されている。
それでも歳には敵わず、美貌については以前よりも、メッキが剥がれてしまってきているように見えた。だが、やはり美人は美人。努力は認めないでもないが、厚化粧と派手なドレスはいただけない。
サブリナはハロに近づき、滑らせるように肩に手を置いた。
「おはよう。あ・な・た、今日はちゃんと起きられたのですね。昨夜はなかなか寝かせてくれないから、私が遅くなってしまったわ」
「僕のハニーちゃん。無理して起きなくても良かったんだよ?」
「あら、そんなこと言わないで、ダーリン。私はいつもあなたと一緒にいたいのよ?」
サブリナはそう言いながらハロの鼻先に噛み付くようなジェスチャーをする。
鼻の下を伸ばしながらデレデレとしたハロは嬉しそうに笑った。
見るに耐えかねる絵面だ。私はわざとらしく大きな咳払いを一つしてやった。
「あら、エメラルドちゃんいたの? おはよう」
何を言う、最初から分かっていたくせに……。
わざとらしいサブリナの声に私は苛立ちながらも「おはようございます」とだけ返事をした。
「もぅっ、エメラルドちゃん。今日は陛下が戻られるのですよ? そんな無愛想な顔しないで、ほらもっと笑って?」
あんたらがいるから不機嫌なんです。とは言えず……。
私は作り笑をサブリナに返した。
「あら? あなた、お口に」
サブリナは私の笑顔なんて見ることもなく、すぐにハロの汚れた口元を拭き始め、またイチャイチャし始めた。
朝からてんこ盛りの脂身を見ているような、最悪の気分だ。こんな状況で食事なんて出来るわけがない。
私は小さくため息を吐いて、静かに席を立った。
「おい、エメ、どこへ行く?」
ハロが肉に埋もれて無い首を傾げる。
「申し訳ありませんが、私、朝食は控えさせて頂きます」
「そうか。だが、凱旋にはちゃんと顔を出すんだぞ」
私は短く返事をして、すぐにダイニングを後にした。
あの女……サブリナはいったい何なんだ。いちいち腹の立つ。それにあの馬鹿兄も!! 気づいた時には汚い豚になり下がっていた。
本来なら、戦も父ではなくハロが行くべきなのに、出陣の数日前に病気だと言いだしたのだ。
あれは絶対に仮病だ。結果王太子の変わりに王が自ら出陣する異例の事態。
父が出立してから、けろりと病気が治ったハロはのうのうと居城生活。でもきっとそれもサブリナの入れ知恵だろう。何故ならあの馬鹿兄が王に逆らうことを率先してやる根性はないからだ。
いったいこの国はどうなってしまうのか。私は情けなさから、深いため息を吐く事しか出来なかった。
凱旋の準備で周りが慌しくなっている中、私は、侍女ローレルに赤いドレスを着せられ、城壁近くの貴賓席へと向う。
貴賓席には貴族達が既に席に着いていて、私は彼らに挨拶を交わしながら、指定された席へと座った。
ハロの姿はまだない。私は凱旋を待つ貴族と民達の熱気を冷めた目で見ながら、使用人がそっと置いた軽食を口にした。
「ん、これ美味しい」
粉物に挟まれた食べ応えのある触感。私は思わずその使用人に聞く。
「これは何が入っているの? とても美味しいわ」
「これは、ペザーで包んだアワビです」
ーーーえ? 今何て言った? アワビ?
これアワビなのっ!?
使用人のそのセリフに驚いた私は、思わず口に入れていたアワビを丸ごと飲みこんでしまった。
!!!!?
ウソでしょ。
やばっ! アワビが喉に!!
ええ、待ってぇ!! 喉に詰まった!!
私が胸を押さえ青ざめると、ほとんど同時に周りがざわざわと騒ぎ始める。
ちょっと! 皆の前でアワビ喉に詰まらせながら悶える姿なんて見られたく無い!!
そう思って立ち上がったが、どうやら皆は私を見てはいないようだった。何故か、城門の方へと視線が向けられている。
そして次の瞬間、悲鳴が響いた。
何? どういうこと?
私は必死で胸を押さえながら城門を見ると、今まさにハロが見知らぬ騎士姿の男に剣で刺される瞬間だった。そのまま倒れたハロの周囲はすぐに真っ赤に染まっていく。
いったい何が!? 何で?
ハロを刺した騎士の隣にはサブリナが微笑みながら立っている。
サブリナは貴賓席に聞こえるように大きな声で叫んだ。
「みなさまぁ。本日でこのラーバリウル国はおしまいです。私、こんな貧乏国家に嫁ぐより、隣国カサブリカ国に嫁ぎ、この国を滅ぼす事に致しましたぁ。それでは、長い間お世話になりました。さようならぁ」
ひらひらと手を振るサブリナと目が合うと、ニンマリと笑った彼女は隣にいた騎士に合図を送る。すると、城門から見知らぬ兵達が次々と入ってきた。
どういうこと? サブリナがカサブリカ国に嫁ぐ?
目の前で起きる信じられない光景にパニックになりながら、自分が息が出来ない苦しさに跪く。
周囲の声は悲鳴に満ちていた。
見知らぬ兵によって人々が殺されていく。
あぁ、苦しい。私も、もう意識が……
って私は襲撃で死ぬんじゃなくて、1人だけアワビを喉に詰まらせて死ぬの!?
なんでアワビ!!?
あぁっ!! 許すまじサブリナ! 許すまじアワビィィィ!!
私の脳内の叫びは誰に届くわけでもなく、結局、静かにその生を終わらせた。
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