17.ディアス様のお告げ
ぶっは!!
私は体をぶるりと震わせながら目を覚ました。
「姫様? 大丈夫ですか? まさか邪教がこんなにも酷く姫様を苦しめるとは……」
ローレルは心配そうに見下ろしながら、私の頬を撫でると、額につめたい布を乗せてくれた。気持ちがいい。
でも邪教って……あの女、マーキシアが本当に神に選ばれた聖女ならば、ディアス教そのものが、邪教だ。
あの女は間違いなくヤバい。
「ローレル、ありがとう。ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど、マーキシア…聖女様って、いつからあの神殿にいるの?」
「聖女様ですか? マーキシア様が聖女様になられたのはつい最近ですね。教皇がマーキシア様を推薦されまして」
やっぱり、神が決めてないじゃない。
でも、なるほど。教皇がマーキシアを推薦しているならば、教皇はもうマーキシアの手中にあるということか。
そして、マーキシアが聖女となったのもつい最近。恐らくハロにはまだ手をだしていないはず。
私は起き上がると、ローレルがそれを制した。
「姫様? まだ寝ていた方が良いです。何か欲しければ、このローレルが」
「違うのローレル。ちょっとハロのところに行かなきゃ」
「何を仰るのですか。まだ体がふらふらしています。暫くは寝ていないと」
確かに、足がもたつく。
「ローレル、私何かした?」
「記憶にございませんか? 姫様は鼻血を出されて貧血なんです。 あんなに血を噴いて」
「鼻血……確かにそうだった。でも、私ハロに会いたいの。歩いちゃダメならローレルがおんぶして連れて行って」
「冗談はやめて下さい。安静にしないといけないのです。大人しく寝てください」
「だから、私安静にするから、おんぶして? それともハロをここに呼ぶ? そっちの方が大変でしょう? おんぶしてくれなきゃ、私、泣く」
「はぁー」っと深いため息を吐いたローレルは諦めたように、私に背を向けしゃがんだ。
「私は姫様の下僕じゃないんですよ? ほんとにもう、仕方ありませんね」
お前は私の下僕だよ。とその言葉を呑みこんで私はニッコリと笑った。
「ありがと、ローレル大好き」
私は思いっきりローレルの首に腕を巻きつけて、日ごろの恨みを少しだけ込めて、ちょっと絞めた。
「姫様……?」
「ローレル、さっ、行きましょ?」
ローレルは返事をすることなく立ち上がると、私の部屋を出た。
「姫様、何故、殿下にお会いになりたいのです?」
「下僕は知らなくていいの」
「あまり、口が悪いと、うっかり落としますよ」
「落とせるわけ……」
待て、うっかり……こいつ本当に落としかねないな。やめよう。
「ローレル、ごめんね? 貧血で頭がまわらないの。間違えたの」
間違えてないけどな。
「姫様、分かれば良いです。姫様の人生、もうお先真っ暗ですからね。味方など私くらいでしょう。言葉は選んだほうが賢明です」
お先真っ暗って…お前が言葉選びなさいよと言いたくもなったが、面倒くささが勝った。
私も大人になったもんだ。
ローレルがハロの部屋の扉をノックし、私が来たことを告げると、すぐにドアが開いた。
「エメ!? 大丈夫かい?」
私はローレルにおんぶされたまま、ひょこっと顔を出した。
「ええ、兄様、心配かけてごめんなさい。私は大丈夫。それよりも、急ぎ兄様にお知らせしたくて……。今、神殿は危険です。兄様、もうあそこに行くのはやめて」
私の言葉に、ローレルが振り返った。
「まぁ、姫様ったら!! ディアス教を危険だと仰るのですか!?」
「いいえ、ローレル。私、ディアス様からのお告げを受けたの。あの神殿は危ないって。特に今、兄様が危ないと」
ハロが顔色を変えた。
「エメ、本当に!? ディアス様からのお告げ……」
「殿下、すぐに信じてしまうのは危険です。姫様は邪教に取り付かれているのですよ? 神殿が危ないなどと、そんなわけ……」
「ローレル、私には見えたの。ディアス様のお告げが……」
あ、見えちゃダメか? 聞いた、の方が正しいか? まぁでもいいや。このまま押し通そう。
「ローレル聞いて。もし聖なる神殿であれば、私達を守ってくれるわよね? でも私が倒れたのは、守ってくれるはずの神殿よ? ディアス様は怒っているの。あの神殿を……そしてあそこは危ないと私に告げたわ。もし、本当にローレルがディアス様を振興しているのであれば、私の言葉も信じれるはずよ。だってディアス様のお告げですから」
どうだ、下僕のローレルよ。信仰心が強い故に、全てを否定することが出来ないだろう?
私の見た目は子供だが、中身はずる賢い大人だからな。
ローレルは物言いたげにしながらも、黙り込んでしまった。それを見ていたハロが小さく頷く。
「うん。確かにエメの言う事も一理あると思うよ。神殿であんなことになるのはおかしい」
「兄様、信じてくれてありがとう。ずっと神殿に行かないで欲しいという訳じゃないの。神殿での脅威が無くなれば、今まで通りお祈りをして。その時はローレル、私を神殿に連れて行ってね」
「姫様……?」
「だって私はもう入信したも同然なの。ディアス様のお告げを受けたのですから」
「そうですか……そうなのですね。本当にディアス様のお告げなのですね」
ローレルは感動したのか、目を真っ赤にしている。
ちょろいぜローレル。ディアス教……今後もこの手は使えるな。
「それと兄様、聖女であるマーキシアさんに何かされたことはありませんか?」
「いいや、特に思い当たらないけど。エメ、それもお告げなのかい?」
「まだ、分かりません。ですが、お気をつけください」
「うん、分かった」
今のハロの様子では、まだ何もされていないようだ。確かに王子であるハロを急に襲うような馬鹿ではないだろう。じわじわゆっくりと、そう考えているのかもしれないが、すぐに何かしらしてくるに違いない。だって、あの聖女は性欲の化身なのだから。
私はローレルの首にまわしている腕を絞めながら、今後について思考した。




