15.いわゆる聖女様、現る
ローレルはいつになく真剣な顔で私を見つめている。
「姫様、言いにくいのですが、やはり姫様には神のご加護がありません。それに姫様ご自身も邪教に取り付かれていると仰っていましたよね? 最初は冗談かと思っていましたが、今回の姫様のお怪我……やはり姫様は神に見放され、邪教により呪われていると思います。所詮は戯言、姫様のお言葉をそう思い、容認して来ましたが、このローレル、もう我慢の限界です」
おいおい、真顔で何言ってんだ。我慢の限界とか、どの口が言ってる。そもそも、こいつは我慢なんかできない女だ。思った事はずばずば言うし、人をすぐに貶める。恐ろしい奴だということは私がよく知っている。
「姫様! これを機にディアス教に入信しましょう!」
「はぁ? なんでそうなるの? いやよ!」
「嫌、ではありません。これは国益に関わります!」
ぐぬぬ、なぜこんな展開になっている。こんな話は聞いてないぞ。姫にとって、私にとって国益を問われるのが何より痛い。だってそれが、私の価値なのだと教育を受けているからだ。
確かにこのまま変な噂が流れることになれば、皆んなに迷惑がかかる。いや、下手すればこのディアス信者のローレルが先だって変な噂を流しかねない。
この女はディアスの為ならそこまでしでかす女だ。
まさか、この私がこのローレルの妄信しているディアス教の信者になる? そんな過去のルーブはあっただろうか……いや、ダメだ。思い出せないし、記憶があやふやすぎて分からない。
「さぁ、姫様! ここで、姫様がディアス教に入信し、ディアス様の万能の力によって、姫様のそのお顔を治してもらいましょう。もうそれしか姫様を治すことは出来ません」
こいつ、どれだけディアス教が万能だと思っているんだ。奇跡なんて起こらない。もし奇跡が起きていたら、こんな最悪なループは起こらないんだよ。これは間違いなく地獄だ。
そもそも、仮に神がいても、きっとこの国はすでに見離されている。
ただ、まぁローレルがこんなに強く言うことも珍しい。恐らく神頼みでもしたら、この顔がなんとかなるとでも思っているのだろう。良く言えばそれだけ心配してくれているということだ。
まぁ、それでも私はこの女の悪態は許さないが。
散々、嫌だと駄々をこねたが、結局ローレルに引きずられるように、ディアス教の神殿へと向った。
ディアス教の神殿、リーブル神殿はいつでも祈りを捧げられるように王宮のすぐ隣にある。
世界的に広まっているディアス教は、このラーバリウル国となかなかに密接だ。
本来、そのラーバリウル国の姫がディアス教の信者でない事は、おかしい事なのだが、実際はこの国の本質として、あまり女性を重視していない。そもそもこのディアス教の教えが、男性をたたえる神であり戦神でもある。ラーバリウルでは、男として生まれたその日からディアス教の信者になる。しかし、女性の場合は割と自由で、信仰についても、あまり強要されることもない。要するに女性に対しては無関心なのだ。
だから、私は今まで何度も繰り返してきたループの中で、無宗教を突き通せたし、それを許されてきた。
そもそも、信仰心が欠落している私が、何故男性の為の神であるディアス教に入信しなければならないのか。疑問しかない。
ただ、そんなディアス教にも面白いと思った特徴がある。聖女の存在だ。何故かディアス教の教え、真言は聖女が教徒に伝えるという役割になっていた。男性の為にある神の言葉は女によって伝わるのだ。そしてその聖女は神によって決められるらしい。神が決めるとか言いつつ、実際には誰かが決めているのだろうけど、興味がない私にはそれ以上は分からない。
ディアス教の聖女は一国につき一人の決まりだ。その地位たるものは凄まじい。私はディアス教に興味がなかったので、この国にいる唯一の聖女には会ったことがない。どうせ、太ったおばさんとか、おばぁちゃんなんだろう。
話が長くなりそうで嫌だなぁ、などと考えながら、私は神殿の中に入った。扉をくぐった瞬間に、目をむく。そこには立派な石像が左右に並べられているのだが、全てが筋肉、ゴリマッチョの男性の石像だ。神殿奥の祭壇には、神であるディアスの石像が翼を大きく広げている。そして、その手も全てを包み込もうとしているかのように、広げられ、顔は天を見ていた。その神ディアスの筋肉の造形は芸術的で神々しく、美しい。そのラインに思わず見惚れてしまった。
「すごっ……」
無意識に声が出てしまったことが恥ずかしく、ディアスの石像から目を離すと、私を見ていたローレルがニヤリと微笑んでいた。
まずい、聞かれてた。こいつ、また変なこと考えそうだ。
私とローレルが祭壇へと進むと、ディアスの石像の翼の辺りに、白いローブを被った小柄な人が現れた。
その人の顔はローブで見えないが、体格的に男ではない。恐らく聖女。
「姫様、あちらにいらっしゃるのが聖女様です」
やはりか。
私は可愛らしく見えるように小首を傾げた。
第一印象は大事だ。
「せいじょさま?」
私が聖女様を見上げていると、その聖女は私の方へと歩み寄り、目線を合わせるようにゆっくりとしゃがんだ。
「姫様、お初にお目にかかります。聖女のマーキシヤでございます」
って、おいおいおい!!
私は挨拶も忘れ絶句していた。
うわぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ! 誰だよ、太ったおばさんとか、おばぁちゃんとか言った奴! あ、誰も言ってない。
いや、嘘でしょ! 聖女めっちゃ美人じゃん! コバルトブルーな瞳に髪金、真っ白なお肌。妖精か? 妖精なのか? この世のものとは思えないほど美人じゃないか!! なんて容姿をしているんだ聖女様は! けしからん、けしからんぞ、聖女さま!
その美貌に見惚れながら、ふと不安が頭に過ぎった。ちょうど祭壇の影から、聞きなれた声が聞こえる。
「聖女様、頼まれた物、用意できました」
視線をやると、そこには、上半身裸のハロの姿。
ハロぉぉぉぉぉぉ!? 何してんだ貴様!!




