12.違和感
キャロルの赤髪は、太陽の日を浴びて、より一層赤さを増して見せる。
「キャロル嬢ですね」
ハロはそう言って、無邪気に微笑んだ。
「出来れば、キャロルとお呼び下さい。その、堅苦しいのが苦手で」
「うん? 分かった。キャロルだね」
赤毛のキャロルはニッコリと笑い「ありがとうございます」と言いながらハロに一歩近づいた。
私は慌ててハロに声をかける。
「ねぇハロ! あそこにある美味しそうなお菓子! 一緒に食べよ?」
「エメ? ちょっと待って。失礼でしょ、キャロルとお話ししてから食べに行こう」
馬鹿たれ、その話をさせない為に言ってるんだっつーの。
「嫌だ! 待てない! 一緒に行こう?」
私の我儘姫が発動したその時、キャロルが膝を折って私に視線を合わせた。
「エメラルド姫様、初めまして。私、キャロルと申します。もしよろしければ私も一緒にお菓子を食べてもよろしいですか?」
ダメに決まっているだろ。いや……でも、ここで断るのも今後の私の素行にも関わりそうだ。だってローレルめっちゃ見てるし、怖い怖い。ここは良い子ちゃん幼女になってやるか。仕方ない、キャロルからの申し出を受けよう。
だが、タダでは済まさない。ついでに、お前の悪女っぷりを視てやる!!
ふははははは!
「うん! いいよ。一緒にお菓子食べよ」
私は無邪気な笑顔を装いキャロルに手を差し伸べた。私の手を取ったキャロルは、ゆっくり立ち上がる。
ん? あれ? おかしい。ビビビが来ない。
私は思わず、首を傾げながらキャロルを見上げた。
この女、今までのループにいなかった新キャラか? それともまさかの無害?
手を繋いだまま、歩くと、私とキャロル、そしてハロは、お菓子が沢山置かれたテーブルへと辿り着いた。キャロルはそのまま、お菓子のおすすめ順に取り分け皿へと乗せてくれる。
「はい、姫様、どうぞ」
「ありがとう」
私はお菓子を頬張りながら様子を伺っていた。
「キャロルはソフィア嬢とは友達なの?」
「ええ、私もソフィア様もターキリンを学んでいて、そこでお会いするようになったのがきっかけです。ソフィア様はとってもお上手なんですよ。殿下はターキリンは?」
「僕は音楽全般が苦手で」
「意外ですね。でしたら今度、聞きに来て下さい。ソフィア様も喜びます」
「そうだね。是非」
チッ、ケーキを頬張りすぎて、割り込めなかった。確か、ターキリンって弦楽器だよね。ハロは大人になっても楽器は弾けなかったなぁ。
それに私も楽器は苦手だったような……。
「あの、殿下、差し出がましいようですが、殿下にはソフィア様はどう見えますか?」
「どうって?」
「私、殿下の誕生際の時、驚いたのです。殿下とソフィア様がダンスをされている姿は、とても美しく感動致しました。ただ、それ以上にソフィア様は本来人前であんな風に笑ったりしないお方で。社交の場で微笑む事は沢山あられますが、そんな笑顔ではなく……なんというか、心を許されたような」
ココロ許してない! 断じて許すな!
これ以上の会話はっ! んんっ! 早く飲み物!
「そうなの? ソフィアは楽しそうに笑っている方が多いから意外だ」
「え? いつも……ですか?」
「あぁ、うん。この前も城下町に一緒に行ったけど、エメと一緒に良く笑ってたよ」
「そう……ですか。ではきっと殿下に心を許していらっしゃるのですね。差し出がましいとは思いますが、私、殿下とソフィア様はお似合いかと思います」
「ゴホッ!」
おい、キャロル、何がお似合いだ! そんなことハロに吹き込むな! 思わずむせてしまったじゃないか! くそっ、まさか、こやつソフィアの手先か!? そうなんだな!? ゆるざん!
私が慌てて飲み物を受け取ろうとした瞬間、その反動で隣のコップが倒れ「あっ!」と声を上げた時にはパシャリと中身がこぼれていた。
「姫様大丈夫ですか!?」すぐに声が聞こえたけれど、別に私は問題ない。
それよりも……。
「あの、ごめんなさい」
私は思わず呟いていた。キャロルのドレスを濡らしてしまっていたのだ。慌てているハロにキャロルは微笑む。
「殿下、大丈夫ですよ。姫様も気にしないで下さい。でも、申し訳ありませんが、少々席を離れますね。失礼します」
そう言って去っていくキャロルの後ろ姿を見て、私は頭を抱えた。失敗した。が、とりあえず、あの会話を断つことは出来た。後はこのことで、ハロとキャロルが接近しないようにしなくては、ハロのことだ、私の失敗を自分の責任だと思うかもしれない。キャロルに贈り物とかされたらマズい。ここは阻止せねば!
私はすぐにローレルに上質な布をキャロルに贈るようにお願いをした。ドレスの仕立てまで必ず案内するようにと。そしてそれは勿論ハロからではなく、私からにして欲しいとも。
そこは強く強調しておかねばならない。
ローレルは小言をグチグチと言いながら畏まりましたと頷いた。恐らくこれで問題はないだろう。
ここは敵地、これ以上お菓子を頬張るのはやめておこう。いや、気をつけよう。
それから、パーティーは続いたが、女達はチラチラとハロに視線を送るだけで近づいては来なかった。やはり王子という立場もあって、声は掛けずらいのかもしれない。だが油断は出来ない。
「ハロルド殿下、エメラルド姫、楽しんで頂けてるでしょうか?」
ついにでたな、ソフィア!
「ありがとう。とても楽しんでいるよ。エメもお菓子をとっても気に入ったみたいだ」
ソフィアは何故か嬉しそうに私に向かって「良かった」そう言って微笑んだ。
キャロルが言っていた話がふとひっかかった。確かにソフィアのこんな優しい笑顔は私のループの記憶の中では見なかった。
どちらかと言えば、目だってもっと冷ややかな、暗い目をしていたんだ。
いや、ちょっと待て。何か違う気がしてならない。
この娘、本当にソフィアか?
でも、あの時、私がソフィアに触れたことで蘇った記憶は本物だった。この娘がソフィアであることは間違いないはずなのに、何かがおかしい。何か忘れているような……。
私は引っかかるその"何か"を思い出そうと、ソフィアの笑顔を見続けていた。




