歯車が廻りだした日② 焔炎side
俺は力なく座り込んでしまった。
こんなにも自分が無力だと思ったことはこれまでなかった。
本当にもう諦めなければならないのか。
兄上は、いつも忙しく政務を行い、誰よりも民のために働いていると思う。どんなときでも、民のたちや弱者のためと寝る間も惜しんで政務を執られることも少なくない。
なのに、どうしてそんな兄上がこんな目に合わなくてはならないのか・・・。
俺は無力な自身と、どうしようもない怒りで、押しつぶされそうになる。
「・・・殿下。少しついてきてくれませんか?」
老師はそう言い、控えていた助手から何かを受け取り俺を促していた。
「どこへ向かうというのだ?こうしているうちにも兄上は死ぬかもしれないのだぞ!」
「だから行かなければならないのです。どうなるかは分かりません。しかし、もはやこれが最後の手段なのです。・・・あの方がいてくださればよいのですが・・・」
「・・・・え?」
物心着いたときには、もう俺の近くでいつも優しく見守ってくれていた老師。その老師の初めて見せた、焦燥に駆られている様子に戸惑いが深くなっていく。
老師が最後に言った言葉は、無意識に呟いたのかとても小さな声で、恐らく俺しか聞こえなかっただろう。老師からの返答はなかった・・・。
「こんな道があったのか。」
「こちらにはめったに人は通りません。何もないと、なぜか思われております。しかし、賢仁殿下のために行かなくてはなりません。決して私から離れませぬように。」
「???」
老師が誰のもとへ向かおうとしているのかは分からないが、老師の普段とは違った様子に、俺は緊張で喉が乾いていた。俺はただ後ろを歩いて行くのが精一杯だった。
城から東の方角へ歩いていたと思う。
『思う』とは、何か不気味な森に入りまったく方角がわからなくなったからだ。
これでも武官として、森での演習などで鍛えていると自負していたのだが、自信を無くしてしまう。
覚えているのは、まず城のすぐ東側は杉や檜を中心とし、姫小松、赤松などの針葉樹やカシやブナなどの広葉樹の混合林である原始林が形成されていた。低木では、ソヨゴやツミシキミなどで、下草などは日光があまり入らないためか見えず、足下はコケ類で覆っていて、暗く鬱蒼とした森であった。
どこへ行こうとしてるか分からないが、夜とはいえ、こんな不気味な森など1度迷ったらおしまいではないか。
俺はあまりの不気味さに正直、兄上のためではなかったら、最速で帰ってたと思う。
いや、マジで。
実はその通りであった。
この森はこの国だけでなく各国の城の裏側に必ずある、といわれている森であった。
道が分からぬ者は、1度入ると死んでも出ることはできないと言われている。なぜ、死んでも、というのかというと、死体も出ないのが理由の不気味な森だったからだ。
焔炎は、不気味な森を賢仁を助けるため、ただそれだけの思いで、重い足を懸命に動かしていた。
次回、焔炎と美玲が初めて出会ったときの内容になります!