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03 始まり③

 目を覚ました浅尾ミチカの目の前には、白い髪が特徴的な男がいた。体は女のように細いが、金属質的さえ思う鍛えられ方をしていることが素人目からでも判った。


「おはよう。調子どう?」

「……はい、最悪です。頭がガンガン痛いです」

「突然の変化に心が追いついていない証拠だね。無理もない、君は丸二日寝ていた。それ程の疲労が蓄積していたんだ。だから、もう少し休むといいよ」

「では、この縄を解いてください」


 古い病院見たいな部屋で、浅尾ミチカは自分が縄でぐるぐる巻きであることに苦情を立てた。


「いいよ。今、解いてあげる」

「……え、いいんですか? 軽くないですか? もしかして、軽いノリで少女を簀巻きにした危ない人ですか?」

「うん、今の女子中学生としては防御力が高いことが高評価だけど、あらぬ性癖の疑いをかけられるには教師として致命的だ」


 自分の教師と名乗る男は、改めてと名前を名乗りながら縄を解いていく。


「私の名前は、竹奈花人(たけなはなと)。東京の異能持ちを教育する学校の教師をしています」

「異能持ち」


 噛み占めるように復唱する。

 浅尾ミチカの脳裏には自分を気絶させた九条ゲンジという男が映った。


「私やあいつの他にも、異能持はどれぐらいいるんですか?」

「あいつ、ゲンジのことだね。結構いるよ。といっても、日本人口と比較しても1%ぐらいだけどね」


 縄を解いた花人が折り畳みの椅子を開き、話を続ける。


「君の今の状況を説明しよう。さっきも言ったけど、君は危険人物だ。異能の力を公で使っちゃたからね。縄で拘束されたのも、それが理由」

「…………」

「今は私が見てるから、その拘束を解いてもOKになったわけ。下手なことはしないでくれよ、君を殺さないといけなくなるから」


 ニヤニヤと続ける花人の言葉を、ミチカはどういう意味がじっくりと考え、やがて俯いてしまう。


「……私は、どうなるの?」

「私の監視の元に置かれるね。君がぶっ刺した宮部英二君だけど、流血のショックで軽い記憶障害を起こしていたから、そこを利用して上手く誤魔化したよ。それでも、現場からは君の痕跡が残っていたのと、その後に行方を晦ましたせいで、地元では君が犯人だと確定している」

「……本当なの?」

「マジ」


 納得のいかない顔をするミチカ。彼女が宮部英二を傷つけたのは間違いない。それはミチカ自身も認めなければならないと思っている。


 だが、それが状況証拠で判断され、ミチカ自身の証言を無視して決めつけられているという現状そのものが、彼女にとっては歯痒さを感じるものだった。


「君、中学生だね。まだ知らないだろうけど、この世界には理不尽というものがたくさんあって、不平等というものが平等にある。地元の想像で君が犯人と決めつけられるのも、不平等の一つだよ」

「間違っていないですよ。私は宮部を殺そうとしました」

「でも、その後で救急車呼んだじゃん。あれのおかげで、君を擁護する声も上がっている。浅尾ミチカは犯人じゃないってね」


 花人の言葉にミチカは、言い得ない感情を抱いていた。苦しみに似た感情だった。


(誰が言ったんだろう)


 ミチカの脳裏に浮かんだのはクラスメートの友達だった。母親ではない。母は自分のことを心配はしてくれるが、自分のために他の人と戦おうとはしない優しい人だ。人を責めることはせず、傷を治そうと――何もなかったことにしようとする人だ。


 だから、ミチカのために言葉にしてくれたのは、クラスメートの友達だ。


「……歩佳」


 彼女しかいない。


「……ゴメンね、歩佳」


 自分を守ろうしてくれている友達への温かみと、その罪悪感でミチカは届かない謝罪をするしか出来なかった。


「君の友達は、君の理解者なんだろうね」

「……私には勿体ない友達です」

「そんなことはないよ。君を慰めるわけじゃないけど、聞いて欲しい。異能が目覚めるきっかけには、強烈なストレス・怒りなどが挙げられる。私が思うに、君は宮部という男を殺そうとしたと言ったけど、それ相応の理由が君にあったからじゃない?」


 それ相応の理由という言葉に、ミチカは顔を上げる。


「……理由があったら、殺してもいんですか?」

「勿論ダメだ。でも、君の場合は怒りを発露しようとしたんだけど、間違えて異能が出てしまった。不可抗力という言い方は出来ないけど、君が悪いと私は責めることは出来ない」


 花人は真っ直ぐとミチカの目を向いていった。感情論、主観的な言葉にミチカは信じられないものを見る目をしていた。


「それで、いいんですか?」

「納得しない? じゃあ、事実だけを言おう。君は宮部英二を傷つけた。だけど、その場で救急車を呼び、宮部英二に止血作業を行った。浅尾ミチカが宮部英二を助けようとしたのは事実だ」


 花人の目は次第に優しさを帯びていたことにミチカは気付いた。事情を知っていて、なお味方になってくれている人だと知った。


「間違えてしまったけれど、取返しのない間違いをしたわけじゃない。君は地元では犯人呼ばわりだけど、私にとっては最近珍しい勇気のある若者の一人だ。これでも私は、君の行動に少しは憧れてるんだぜ」

「憧れている? 私にですか?」

「ああ。だって、私じゃ出来なかったことだからね」


 ミチカに指を刺す竹奈花。その顔に嘘はなかった。


(……この人は、本当にそう思っているのかもしれない)


 花人という人物が真っ直ぐな性格をしていることを、ミチカは確信した。宮部英二の件で少し男性恐怖症になっていたミチカだったが、ここまで真っ直ぐに言葉に出来る人なら、信じてもいいかもしれないと思った。


「私はそんな君を助けたいと思っている」

「助けたい? 私を」

「助けたい。私は人を助けようとした君を助けたい。……いや、その言い方は汚いか。君が君を助けるための、君自身を許すための功績を与えたい」


 ここで花人は、初めて苦い顔をする。


「君は地元じゃ犯人呼ばわりだ。母親の元に戻っても、待っているのは過疎地域から生まれる村八分――要するに、地獄だ。だから、君が母親と地元で今までの日常を送るためには、そのイメージをどうにかしないといけない。払拭させるほどの、何かだ」

「そんなこと、出来るの?」

「難しいね。だけど、可能性はある。君の異能で人を救うことだ。人を傷つけてしまった異能だけど、それを人を助けるために使うんだ。そして、君が助けた人たちの声が、君を救うんだ。

 ――浅尾ミチカはそんな人じゃないって」


 ミチカは驚いた顔をした。何を言っているのか判らないからだ。花人はそんなミチカの反応に気付きながらも、無視して話を続ける。


「犯人としての君は一生消えないかもしれない。でも、君が地元のことが好きで、もう一度戻りたいと思うんだったら、その努力を怠ってはいけない」

「どうして、そう思うんですか?」

「君、あの白い船が好きなんだろう?」

「……うん。好きです。海怪丸(カイカイマル)だけじゃなく、水族館や山から見える町の景色も、大好きです」

「だったら、やろうぜ。努力」


 花人の伸ばした手をミチカはしっかりと掴む。

 口には出さないが、ミチカはこういう大人になりたいと本気で思った。


「……やろうぜ、努力。っふふ、恥ずかしい言葉ですね」

「おいおい、そんなこと言うなんて、意地悪な生徒だな」

「生徒?」

「そう。今から君は私の生徒で、君にとって私は教師だ。ようこそ、異能の世界へ。異能の常識っていうものを、しっかり教師たる私が教えてやるから、ついて来なよ」

「うん!」


 その翌日。ミチカは花人がこっそりと手配していたヒガシ人造人間科学研究所――簡略してヒガシ異能学校の制服を着た。

 犯罪者という不名誉から逃げることは出来ない。だけど、いつか地元に戻りたい。


 笑顔で帰郷するため――その努力をする道をミチカは選んだ。 

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