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02 始まり②

 異能――常人ならざる力を身に着けた者には、これまでになかった特融の感触を覚える場合がある。自分の体の中から何かが体外へと放出している感覚。


 そして、同じ異能であろう人間特融の雰囲気。武人同士が対峙した際に、相手の力量を計るように、浅尾ミチカも自分へと近づいてくる男が異能持ちであることに気付いた。


 自分と同じ――人間じゃない人間。


「こんなところで、何をやっているんだお前」


 この辺りでは、まず見ない学生服を着た男が不機嫌そうに聞いてきた。


「風邪引くぞ」


 男の言葉にミチカはため息をつく。海怪丸(カイカイマル)と呼ばれる白い船の甲板にいる二人。どこかの国と友好の証として作られた姉妹船の片割れは、今は観光地として地域に愛されている。


 浅尾ミチカは小さいとき、この船が大好きであった。小学生のときは夏休みの宿題で海怪丸を毎年描いて、いつも隣に母が居た。


 その思い出に浸りたい。それ程までに、ミチカの心は弱っていた。


「……本当なら、もう寝ているんだけど、変な気配がしたか。って、変な気配ってなんだよ。どこのファンタジー世界のあるある言葉?」

「ファンタジーかどうか知らないが、お前に訊きたいことがある」


 自嘲しながら顔を俯かせるミチカに、男は配慮をしない。淡々と事実を確認していった。


「三日前、宮部英二という男が襲われた。腹部に円錐形上のものを刺された後がある。普通なら、こんな面倒なものを凶器にしないし。

「何より、被害者の宮部英二の証言が滅茶苦茶だ。

「――――何でも、同級生が化け物を飼っていて、それに襲われたらしい

「犯人、お前だろう」


 一方的な言葉に――浅尾ミチカは否定しなかった。


「……ねえ。あんた、名前は」

「九条ゲンジだ。お前と同じ、異能持ちの人間だ」

「じゃあ、私の勘は間違いじゃなかったわけね」


 ゆらり、と立ち上がるミチカは、男――九条ゲンジに不敵に笑う。


「それで? 私が犯人だったら、なに? 捕まえに来たの? 警察には見えないけど」

「警察じゃないが、お前を捕まえに来たって意味じゃあ、同じだな」

「おー、正直者だ」


 他人事のように感心するミチカの体から気泡がぷくぷくと漏れていた。微かに聞こえてくる謎の音にゲンジは、ミチカの体が水色の半透明の膜に覆われていることに気付いた。


「それが“イルカ”か」

「うん。私の異能だね」

「それを出して来たってことは、大人しく捕まるのは御免ってことでいいんだよね?」

「嫌に決まっているでしょ。特別なことが出来るようになっても、私は何も変わっていない。だから、変なことに巻き込まれるのは嫌なのよ」

「そうか」


 同情するかのような目でゲンジは好戦的に振る舞おうとするミチカを見る。


「それが、法律のように否応なしなのもでもか」

「うん。抵抗するから」


 攻撃の前兆なのか。ミチカの“イルカ”の気泡が激しくなっていく。


「貴方の異能を見せてよ」


 甲高い音が響いた。


 甲板の板が弾け飛ぶ様を、避けるために高く飛びあがたゲンジは空中からその様子を見た。


(衝撃波――いや、超音波なのか)


 ゲンジは動物には詳しいとはいえないまでも、人並みには知っていた。イルカが超音波で求愛、仲間との伝達を行えること。


(イルカに似た能力を使える。もしくは、そう思わせることがブラフのどちらか。水系統の異能による派生かどうか不明。遠距離というよりも近・中距離攻撃みたいだな)


 ボロボロになった甲板に着したゲンジはミチカに最短距離の直線で迫る。


 走るのではなく、飛ぶように足を動かし、ミチカに横から凪るように蹴りを入れる。


 蹴りを入れられたミチカは不敵な笑みをゲンジへ浮かべている。蹴りの直撃は“イルカ”が緩衝体の役割を働き、ミチカには届かなかった。


 だが、それに構うことなくゲンジは追撃を入れていく。“イルカ”の表面を削るように蹴りを入れ直し、ターンからの後ろ蹴りを入れる。


 蹴りを入れて、少し後ろへステップし、ゲンジは右手と左手の拳でラッシュを入れていく。


(固いゼリーを殴っているみたいだ。ダメージが入る感じがしないな)


 ゲンジのラッシュは、ミチカは指を構えた瞬間に止まった。何かが来ると察したゲンジの読み通り、超音波が響いた。横へと飛んだゲンジの後に、威力に重きを置いた短距離超音波は甲板の板を完全に破壊した。


(……失敗した)


 陰陽師がするのではないかという、謎の指に構えはミチカが攻撃するという気持ちを入れるための予備動作だった。


 異能を持っての戦闘どころか、殴り合いの喧嘩をミチカは知らない。猛攻に殴りにくるゲンジは“イルカ”を挟んでとはいえ、ミチカに十分以上の恐怖を与えた。


 その不安から心を落ち着かせるための指の構えであり自己暗示だったのだが――それは悪手と出た。


 そして、ゲンジの猛攻から目を背けてしまっていたミチカは、その失敗の大きさに気付く。彼女の“イルカ”の膜が削られていた。


(どうして?――あれは、スライム?)


 ミチカが見つけたのは“イルカ”と同じように半透明の水色の軟体。それが生物のように微動している。そして、ミチカへと走るゲンジの手には――正確には、ゲンジの拳に水色の欠片が付着していたのを見た


(まさか、むしり取ったの!?)


 “イルカ”の膜にダメージが通らないことに気が付いたゲンジは、膜そのものを削りに来たのだ。


 ミチカがゲンジの狙いに気付いたときには、既に遅かった。ゲンジの拳はミチカの“イルカ”を突き破り、顔面へ強烈な一撃を与えた。


 振りぬいたゲンジは失神したミチカを確認した後、携帯電話を取り出す。


「俺です。対象を気絶させました。直ぐに回収に来て下さい」


 回収されたミチカが目を覚ましたのは、二日後だった。

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