お出掛け
アイリス=リラです。
「ディリク様…、これは。」アイリスは驚き、目を輝かせて言った。
「うん、『自転車』と言う乗り物だ。」ディリク様は当然のことの様に言った。
昨夜夕食後、突然ディリク様から《明日は動きやすい服装で来て欲しい》と、いつもの生真面目さを思わせるような筆跡で書かれたメッセージカードが送られてきた。
さて、どうしましょう?私の中では《動きやすい服装=騎士服》なのだが…。
アイリスの母の実家は国内最強の騎士家計である、因みに母、ライラ・スペリアは当家伯爵夫人であり、第一王女の女近衛の隊長務める誇り高い女騎士でもあるのだ。
その影響でアイリスも剣術をかなり嗜んでいるため騎士服は沢山ある、だが…。
「仮にも婚約者とのお出掛けに…、それはあり得ないわ。」一瞬でも考えた、己の乙女度の無なにため息をつく。
だがアイリスは、元々じっとしていられない活発タイプな令嬢だ、お洒落をし、着飾ることももちろん好きだが、華美で装飾品がたっぷりとついたドレスより、シンプルで動きやすいドレスを好むため持つドレスはほとんどそのタイプのものだ。
専属侍女とも相談し、ドレスの中で一番軽い、装飾品ゼロでいつもよりほんの少し短い裾丈の品質の良い、青葉色のドレスと編み上げショートブーツに決まった。
いつも下ろしている、腰までの栗色のウェーブの髪はハーフアップに纏めた。
ディリク様は時間通りにやって来た。
アイリスは、目の前に立つディリクを見た、いつもの公子としての服装ではない。
彼の蒼い瞳と同じ色の、仕立ての良いスタンドカラーのシャツ、幅細い黒の遊びタイに、
紺色ズボン。
凄く…、新鮮だわ。こんな軽装姿見たこともない…思わずジッと見てしまう。
「その…、変だろうか?」アイリスの視線に耐え兼ねディリクは言う。
「いいえ、素敵ですわ。とても良くお似合いです。」アイリスは当然のように言う。
「そうか…。」一言そう言って、直ぐに顔を逸らす、…心なしか顔が赤いような??
「君も…その…とても良く…。」
「はい?」
「いいんだ、なんでも…、とにかく行こう!」焦ったようにディリク様は手を差し出した。
「はい。」アイリスは差し出された手に手を重ね、そのままディリクと共に馬車へ向かった。
それから二人は、一時間位馬車に揺られ王都で一番広い公園に着いた。
懐かしいわ、幼い頃良くここであそんだのよね。あの頃と変わってない。
賑やかで、騒がしい王都にあるとは思えない緑豊さと、心地のいい風、温かな大地と穏やかな時間、この公園はアイリスの大好きな場所の一つだ。王都で管理されているため、芝生はしっかりと刈り上げられ整備されている、温室や薔薇の庭園などもあるのだ。
今日は溢れんばかりの晴天だ、ピクニックを楽しんでいる親子連れやデートを楽しむ恋人達の姿もある。
背後で、ディリク様が指示をしている声に気付き振り返える、よく見てみると馬車の荷台に何かのせてあるようだ。
「ディリク様…これは。」アイリスは目を輝かせる。
「うん、『自転車』と言う乗り物だ。」ディリクは当然ののようにいった。
「リラは...好きだろう?今日はこれで遊ぼうと思って用意したんだ。」
この国に、まだ『自転車』は然程知れ渡ってすらない、海を越えた国で開発され、流行り出した異国の乗り物だ、アイリスが知っていたのは父親が貿易商をもしてるため、一年の半分を船の上で過ごす父親が教えてくれる異国話は、好奇心刺激するものばかりだ。
でも、なぜディリク様が『自転車』の存在を知っているのだろう?素朴な疑問が頭に浮かぶ。
「ディリク様は、乗った事があるのですか?」
「数えるほどだが、乗ることは出来る。コツさえつかめば、リラなら大丈夫だ。」
ディリク様から簡単に乗り方を説明され、公園の広場に出て早速実践してみる。
何度かふらつき、倒れそうにもなったが、アイリスはあっという間に乗りこなして見せた。
「ディリク様、このまま公園を周りましょう!」想像以上の自転車の乗り心地の良さに、アイリスは
子供様にはしゃいでいた。
「ああ。」アイリスが楽しんでいるのを見て、嬉しいそうに、何処か照れたような顔をして、
ディリクもペタルを漕ぎだしアイリスの隣に並ぶ。
想像以上の爽快感だ、風になったように、どこにでも行けそうな感覚、草木々と陽の香りを感じ、スピードに身をゆだねる、この心の高揚感は乗馬とよくにている。
アイリスは、行きたくなかったディリクとのお出掛けを心から楽しんでいた。
――・――・――・――・――・――・――・――・――
「そうか、行って良かったじゃないか。」
その夜、伯爵家当主の執務室でアイリスはローラントに今日のことを話していた。
アイリスが学校に入学したのと同時に、伯爵家当主である父アーサー・スペリアは本格的に貿易商
の仕事を始めた。以来、忙しい父親に代わり、ローラントが伯爵家当主の執務をこなしている。
「ええ、どんなに気まずいお出掛けになるかと思ってたけど…、私結構楽しかったわ。」
「そうか。」
「ねえ、兄様も時間が取れるなら一緒に行きましょう!ディリク様にも、今度は兄様と三人で行きましょうって言ったの。」
「………アリス、それはないんじゃない?」ローラントは呆れたように、半目になった。
「なぜ?昔みたいにみんなで遊んだ方が楽しいじゃない?」
そう言えばディリク様、そう言った途端、額に手を当てて首を垂れてしまっわね、傍にいた従者も何処か哀れむような目をしていたような?
「アリスがこうも幼いのは僕の責任でもあるのかな…。」ローラントは、思いっきりため息をつく。
「な、失礼ね!」
「それより…、次回のお約束は?したんでしょう?」
「ええ、まあ。」気持ちが高揚してた事もあり、次回の約束をあっさりと交わしてしまったのだ。
「行っておいで、行きもしないのに嫌がっては駄目だよ。もう遅い、今日はもうお休み。」
「分かってるわ。お休みなさい兄様。」アイリスは、欠伸を堪えながら執務室をあとにした。
音もなドアが締められ、アイリスの足音が聞こえなくなってから、ローラントは独り言ちる。
「アリスは幼すぎるから…ディリク殿は、あの通りだし、どうなることやら。」