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94. 涙の雨

 雨は大きな音を立てて降り注ぐ。


 人々の悲しみの声を掻き消し、コナミが流す涙を拭い去るかのように。その中でコナミはあの時の戦闘を思い返していた。


 「イヴを救った。べリアも倒した。みんな、みんな無事で終わったはずだった。何が足りなかった?俺に何が、足りなかったんだ?なんで、何があった?」


 「コナミ……」


 教会内から出てきたメアリーとクルサーノは濡れながら膝を付くコナミに傘を差した。しかしそれを払い除けてコナミはメアリーの肩を掴んだ。


 「俺は……俺は、何がいけなかったんだ。誰も死なない未来を作りたくてここまで必死に戦ってきたのに。レイテが死んじまうなんて。あの後何があったんだ!レイテを殺した奴を俺がぶっ殺してやる!!」


 「おい、落ち着けコナミ。お前は何も悪くない。いいか私の話を落ち着いてよく聞け。あの時起こった事実を全て話す」




―――――――――――――――――――――



 イヴの攻撃により崩れ落ちたべリアはそのまま息絶えた。全員息が上がった状態でマナ切れにより苦しんでいたが、その中でも最も重症だったのがコナミだった。


 「……ヒュー………ヒュー……」


 イヴはすぐさま駆け寄って意識を確認するも視点がどこを見るわけでも無く目が泳いでいる。更には動悸が激しく身体から噴き出る血が止まらない。近くにいたメアリーが必死にコナミにマナを供給しているもメアリー自身限界なのか至る所から汗が噴き出ている。


 「死なせない……死なせないから!コナミと一緒に生きるって約束した!」


 しかし回復の見込みが余りにも薄くこのままではメアリーも死んでしまいかねない。


 「レイ!!……テ……」


 イヴはレイテに治療を頼もうと思ったがレイテ自身も限界が訪れていた。無理やり立とうとしているがマナ切れが激しいのか意識が混濁している。


 「レイテ、大丈夫か。すまない、私が不甲斐ないばかりに……本当に……!」


 「……僕は構いません。イヴさんが無事で何よりです。だがそれ以上にコナミくんの所へ連れて行ってください。彼を、彼を死なせるわけにはいかない!!」


 レイテはイヴの肩を貸りながらコナミの近くまで近寄った。その間にイヴからレイテにマナの供給を行い、ある程度は意識は回復していた。息切れを始めたイヴ自身もマナが枯渇気味なのか限界は近い。


 「ありがとうございます、イヴさん。フルエウロン!!」


 光り輝く手から放たれる超回復魔法によりコナミの傷は全て完治した。魂の擦り減りの影響から身体の傷ではなく魂の崩壊だとは誰も思いもよらず、身体は急速に死へと向かって行った。


 「コナミ……コナミ!コナミ!!嫌ああああああああ!!!」


 心とは生きる意志や人間としての感情。魂とはそれを身体と繋ぎ止める為もの。それを強靭な物にする事で心の意思を強く保ち、強くなる事以上に強くあろうという意思に作用する。


 「コナミくん!なぜ、身体は治っているのに、なぜだ!!」


 魂が擦り減るという事は生きる意志を失う。心臓は動く事を忘れて止まり、脳は考える事を止め、消えていく光をゆっくりと見つめる。それはある種心地よく死の瞬間が最も生を感じるとも言われる。まるで深い海に沈む様にゆっくりゆっくりと消えていく。


 「私のマナを使え!もう一度回復魔法を!!」

 「わ……吾輩のも使うがよい。なんとしてもコナミを救え!」


 クルサーノとアルマからマナを供給されもう一度フルエウロンを唱えるが結果はまるで変わらずコナミの目から生は消えて行った。



 コナミは死んでしまった。



 「私が全ての原因だ。私が人類の変革を求めた挙句、結果魔英神とやらに恐れを成してこのザマだ。殺してくれ、イヴ。お前の手で。頼む」


 霊剣をクルサーノの喉元に突き付けたイヴは冷酷な眼差しを向ける。怒りなのか悲しみなのかそれをどう表現していいのかもイヴには分からなかった。静かに目を瞑ったクルサーノは死という形で償いを選んだ。


 「やめて!コナミはこんな事望んでない!もう嫌。もう嫌なの……」


 メアリーが声を荒げて泣きながらイヴに抱き着いて霊剣を収めさせた。イヴも自分自身が誤った情報に流されてここに辿り着いた結果が招いた事実にどう決着を付けていいのかすら分かり兼ねていた。


 「コナミくんは、【英雄】なんですよ」


 レイテはコナミの遺体の傍で座りながら話し始めた。


 「いつだって誰かの役に立つ事を考えて、誰かを守る為に必死で戦って、本当に見ず知らずの街をひとつ救ってみせる。僕たちがあれ程恐れていた闇の使者と対峙してもですよ。これを【英雄】と呼ばずして何と呼べばいい」


 レイテは祈る様に手を重ねその中に小さな光を出し始める。イヴは何かに勘付いたのかレイテの肩を掴みかかる。


 「レイテ、お前。馬鹿な真似はよせ!!」


 「貴方も一緒に戦って感じませんでしたか。僕には彼からあの時のシガレットの姿を見ました。きっとコナミくんも世界を救ってくれる英雄なんです。そして闇に堕ちたシガレットを救ってくれる英雄なんです……」


 イヴは感極まってしまったのかボロボロと涙を流し始めた。そしてレイテを抱き締めてその温もりを感じた。


 「わだ、私……フィルスもシガレットも居なくなって、ずっと寂しかった。嫌だよ、レイテ。離れたくないよ。もう誰かが欠けるなんて嫌だよ」


 誰にも見せた事も無い弱気な顔にクスクスと笑いながらレイテはイヴを抱き締めた。それは男女関係の恋愛とか、友情だとか、そういう言葉では言い表せられない。愛としての本質の形だとここにいる全ての人が理解していた。


 「僕だってみんなとお別れするのは寂しいです。あの厄災が起きた日、僕は何も出来ず無力を味わい尽くした。あれ程世界中から【大司祭】と称えられた結果がこれです。そのまま何年も暗闇へ落ちていた僕に光をくれたのがコナミくんなんです。僕はその恩返しがしたい」


 「………すまない。レイテの意思を無為にする所だった」


 イヴは長年の付き合いの経験から一度決めたレイテの意思を止める事は出来ないと判断して立ち上がった。


 「それにしてもレイテの作ったその魔法、ネーミングセンスが絶望的だ」


 「ハハ、思い出なんですよこれでも。みんなの頭文字から付けた僕の最高の魔法なんですから」


 二人は大きく笑って大きく深呼吸して落ち着かせた。


 「元気でな、レイテ。今までありがとう」


 「こちらこそ。長い間お世話になりました」


 イヴはその姿を見る事無くこの場所を離れた。せめて別れ際くらいは笑って終わりたいという気持ちの表れだとレイテも理解していた。


 「コナミくん。僕はシガレットを本当に尊敬していたのです。彼が英雄として語り継がれたその生き様を君も歩んでくれる事を空より見ていますよ」


 光を纏った手をコナミの胸元に置いたレイテはメアリーに笑って「あとはお願い致します」とだけ伝えた。心残りとすればメサイアに別れの挨拶を言えなかった事くらいだった。メサイアの顔を思い出しながらレイテは小さく笑って心の中でサヨナラを告げた。



 「フィレメイシ」



――――――――――――――――――――――――――



 「俺が、死んだ……?それを肩代わりしたってのか……?」


 メアリーとクルサーノは何も言えず小さく頷いた。その事にコナミは階段を駆け下りて飛び出していた。そして階段を既に降りきっていたイヴの肩を掴みかかった。


 「イヴ!どうして止めなかったんだ!俺なんかの命よりレイテの方が大切に決まってるだろ!お前なら止めれたはずだ!なんで、なんでだ!!」


 「……私の不手際が起こした事実だ。殴りたければ好きなだけ殴れ。お前にはその資格がある」


 コナミはどう感情の落としどころを着けたらいいのか分からなくなっていた。イヴが生きていて良かった、けどレイテが死んでしまった。だがレイテは全てをコナミに託していった。けどレイテは死んでしまった。


 コナミは膝から崩れ落ちて雨に濡れた地面を何度も殴った。


 「っっあああああああああああ!!!レイテ、レイテ!!俺がもっと強ければ、俺がもっとしっかりしていれば、俺が、俺があああ!!」


 それを見たイヴはコナミを抱き締めた。


 「すまなかった、コナミ。本当にすまなかった。私は一人では無力だ。私はフィルスやシガレットみたいには成れない」


 顔を上げるとイヴはコナミの顔に付いた泥を拭った。涙を流しているのか雨なのかすら分からなかったがそれでもコナミを見つめるイヴの目は優しく愛に溢れていた。


 「私は、かつて旅をしたメンバーしか信じられなかった。基より貴族である立場故対等な家族や友人なんてものを得る機会がなかったのだ。それなのにアイツらときたら……本当に楽しい旅だったよ。家族みたいなもんだったんだ。だからそいつがくれた意思を―――」


 「レイテ………俺は……どうすれば」


 「コナミ、聞け……」

 「俺が……死んだ方が……」


 バシーン!!!


 イヴはコナミを全力ではたくと同時と唇が重なり合った。その瞬間どこかに置いてきた意識がハッキリとしてその後には柔らかな唇の感触だけが残った。時が一瞬だけ止まった感覚にも近いそんな刹那、イヴの悲しみと言いたい事が伝わってきた。


 「悪い、イヴ。俺はこんな所で立ち止まってるわけにはいかないよな。レイテがくれた想い、意思、期待、全てに応えてやらないと」


 「それでこそ【英雄】だ」


 コナミは静かに頷くとイヴはもう一度抱き締めた。二人の中で聞こえるコナミの鼓動はレイテの想いを乗せている。それを二人は感じながら大声で、


 泣いた。


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