9. 七度尋ねて人を疑え
イヴはギルドにいる冒険者たちを横目に真っ直ぐコナミへと向かってきた。
「イ……イヴさんじゃないですかぁ。お久しぶりですぅ~、げ、元気にしてましたか」
フェイは喜んで挨拶に行ったが顔が強張りを隠す事が出来ず緊張していた。恐らくギルドには全く以て顔を出してないのだろう。
「久方ぶりだなフェイ。相変わらずの天真爛漫な姿に安心したよ」
フェイはゴクリと喉を鳴らした後に緊張しながら笑った。イヴはこちらに視線をやるが前ほどに敵視するような危険な目つきではなかった。それでもあの時の殺意に満ちた目が脳裏にちらつく。
イヴはそのまま真っ直ぐコナミの方へ向かってきた。
「よ、よぉ……イヴ。どうしたんだよ」
「コナミに少し話があるんだ。外で話さないか。アイリはそこで待っていてくれ」
ブロンドの長い髪の毛とマントが翻り、着いてこいと言わんばかりにギルドを後にした。
普段から賑わっているはずのギルド内はしんと静まり返り、その場にいる全ての冒険者が固唾を飲んでコナミがギルドを出ていくのを見守った。
「気をつけるデスよ……」
心配そうなアイリはコナミの服のすそを摘まんでいた。
コナミはアイリの頭を撫でるとそのまま走ってギルドを後にした。強がっているだけかもしれないが、アイリに声をかけてもらって気持ちが落ち着いた。
何もない静寂。
流れる時間さえゆっくりに感じる。
ただイヴの後ろを歩いて付いて行っているだけなのにこの緊張感は一体何なのだろうか。少し前までみんなで仲良く話しながら歩いていたというのに、今ではそれもなぜか遠く感じてしまう。
二人はそのまま近くの路地裏へと入っていった。イヴは路地裏に腰を掛け腕を組んで話をした。
「悪いなこんな所で話なんて」
「そういえばここってイヴと出会った時の場所」
「そうだ。ここは君と出会った場所……。ふう…私は遠回しに話をするのは苦手だから単刀直入に聞かせてもらうが、君はなぜあの時ここでシガレットを名乗った?」
ドクンと心臓が大きく鼓動を鳴らす。
遠回しに話をするのは苦手だと言ったイヴは、何かの答えを聞き出す為に遠回しに質問しているに違いない。
疑惑、疑念、疑問、全ての疑いを孕んだその目はコナミの身体をいとも簡単に硬直させた。
「ど、どうしてって……それは……そう、たまたま耳にしたからだ。来たのはあの時がすぐだったから……その、えと、つい名前をそれにしてしまったんだ……そう、それだけ」
イヴの表情はピクリとも動いていない。その疑いから何も変化していないのだろう。コナミ自身聞きたい事は山ほどあるが、それも下手な発言1つで何が起きてもおかしくない状況だった。
「嘘だな」
ポツリと言葉を零す。
その瞬間風が吹いた。そしてまた静寂。
霊剣はコナミの顔の数センチ横の耳を掠めて路地裏の壁を貫通している。いつ抜刀したのかも速過ぎて全く見えなかった。イヴはあの時の凄まじい殺気をこちらに向けていた。
「あ……え……なんで」
「質問にだけ答えろ。問おう。お前はなぜ自らを英雄と名乗った。そしてなぜあの攻撃を全て避けれた。剣技から見て君が素人なのはわかる。だが、あの攻撃は前動作を熟知している者にしか理解できない。なぜだ!」
マエストロとの試合で確かに英雄と名乗った。前動作からの動きで攻撃を全て予測した。
恐らくイヴはあの戦いをどこかで見ていたのだろう。お気に入りのバーももしかしたらコナミが来る事を予知していたのかもしれない。コナミがシガレットを語ったあの時からずっと疑っていたのだ。ずっと。
コナミは自然と涙がボロボロと零れ落ちた。
現実世界に友達がいないコナミにとって、ディバインズオーダーでの仲間は本当の意味での友達だった。その数少ない友達に剰え(あまつさえ)その仲間に剣を向けられている。
「俺は……俺が……何したっていうんだよ!」
コナミはその場に崩れ落ちて泣いた。ただ泣きじゃくる子供のように泣いた。
過去に一緒に冒険した記憶が目まぐるしく思い出す。何度だってイヴに助けられた。何度だってイヴを助けた。この旅が終わってもずっと友達だと、信じれる仲間だと思っていた。
「俺はあの村を救った英雄だ!!みんな感謝していた!困ってる人たちを助けたんだ!俺は英雄だろうが!!」
誤魔化す為でもあった。それでもフーマリン村を救ったのは確かに本当の事だ。あれは間違いなく村の中では英雄なんだとコナミは確信している。何も間違った事は言ってない。
「嘘だな」
また小さく言葉を吐いた。
「お前は確かにあの村を救った英雄だ。だが、私の言う英雄とは違う。もう一度だけ問う。お前はなぜ自らを【英雄】と名乗った」
イヴはその手に力を込める。きっと自分がシガレットだと証言しても裏切者と称したイヴには効果がない上に、むしろその関係者ではないかと疑っているのだろう。だけどコナミにはこれ以上切れる手札がなかった。
「やめるデス」
緊迫した空気の中、路地裏の入り口に見えたのはアイリの姿だった。見計らったかのようなジャストタイミングにコナミはアイリこそ本物のヒーローのように感じた。
「すまないな、アイリ。だが私はやめるわけにはいかない。聞かなければならない事があるんだ、何としてでも。それはこの街どころか世界を守る為にも必要な事だ。邪魔をするな」
イヴは姿勢も視線も全く変わらずコナミの目を見続けている。壁に刺さったままの霊剣は何時何時でも首を斬り落とせる。それでもアイリはこちらへゆっくり歩いて近付いてきた。
「そんなに泣いてるコナミさんに聞いても何も得るものはないデスよ。それに技を知っていたのは私が事前に教えて避けるタイミングも裏で指示してたデス。英雄だ~とかなんとか言ってたのはあまりにも上手くいってに喜び倒して調子にでも乗ってたんデスよ」
イヴは少し肩の力を抜いて初めて視線をアイリへと向ける。アイリもまた真っ直ぐな視線でイヴを見ていた。その目を見て小さく笑うと剣を引き抜いた。
「そう、か……わかった。この場はアイリに預けよう。私はただ、来たる闇の使者との戦いに備えて万全を尽くしたいのだ」
「前にも言ってたけど闇の使者ってなんなんだよ」
「さぁな、私も知らん。知らないからこそ怖いんだ。あの悲劇は繰り返すわけにはいかないから……」
イヴはそう言うと路地裏の中へ消えて行った。悲劇とは何なのか、シガレットとどう関係があるのか、闇の使者とは。いくつもの疑問はあったがアイリの顔をもう一度見る事が出来て生きている事に感謝した。