7. 元英雄の実力
ライオンと羊と同じ檻に入れたら一体何が起こるのか分かるだろうか。
答えは圧倒的な力による制裁だ。羊はたまらず肉塊へと変わるだろう。
その状況が今、目の前に作り出されている気分だった。
マエストロは金色の剣を振り回す。あの剣は中級冒険者が扱う両手剣【ゴールデンブレイド】。対してコナミが使用している剣は片手剣【旅立ちの剣】。武器だけでもここまで差のある戦いはないだろう。一撃でもまともに斬られれば身体は真っ二つに切り裂かれてしまう。
「ぐふふぁ!!試合開始ィ!!」
ビストロの笑みが零れるような声と共に戦いのゴングは鳴る。
鳴ったと同時にマエストロは両手剣を頭上で振り回して突っ込んできた。コナミは蛙がジャンプするかの如く逃げ足で飛び退く。振り下ろされた両手剣は地面へと当たるが衝撃は地面を抉り取り数十センチの掘りが出来ていた。
その後、両手剣はすかさず横に薙ぎ払ったがギリギリの所でコナミは全力疾走で逃げ切った。避けたはずなのに服が切れている気付きこのままでは身体も真っ二つになる運命を悟る。
「ハァハァ……無理だ無理だ無理だ……!!絶対死んでしまう……!!」
「フハハハ!逃げてばかりではこの俺は倒せないぞ!!」
マエストロは再び両手剣を頭上で振り回しながら突っ込んでくる。昔子供の頃には喧嘩くらいしたが、人に殺すというハッキリとした意志で攻撃される。その威圧は今まで味わった事がない。
「その動き、また縦切りからの横切りってか。くっそ……」
予想通りまた縦切りを飛び退いて避ける。次の横切りに賭けてコナミは剣を身体の前に構えた。
コナミにはこの攻撃の動作を見た事があった。
ガキィン!!
なんとか剣で防いではみたものの受けられるはずもなく暴風に巻き込まれて吹き飛ばされた様にコナミの身体は宙を舞う。腕は痺れ、鉄の味が口いっぱいに広がっていくのを感じる。
「コナミ様ァ!!」「コナミさん!!」
想像以上に酷い醜態だったのだろう。ヒストリアとアイリは悲鳴をあげて名前を叫ぶ。
長らく宙を舞ったコナミはそのまま地面へ叩きつけられた。たった一撃しっかり防いだのに既にボロ雑巾のようだ。
「ぐは、おえ……ゲホゲホ……いってぇ…くっそ……いてぇ……」
大きな怪我を一度もしてこなかったコナミは初めて大きな怪我による痛みを覚えた。剣を握る右腕には鈍痛が走り、身体の正面から地面へ叩きつけられたせいか肺が圧迫して息がしにくい。
「ぐふふふ!いいぞマエストロ!そのまま切り刻んでやれ!!」
「コナミさん、また来るデスよ!!」
ビストロの声にマエストロはまた頭上で大きく大剣を振り回した。
コナミはよろよろと立ち上がる。
「また逃げる気か小僧!何度でも地に這いつくばらせてやる」
体力はギリギリだったが目一杯走れば逃げる事はできただろう。
それでもある可能性に気付いていたコナミはマエストロに向き合った。
「その勇気は認めてやる!死ねい!」
目の前には両手剣を振りかぶるマエストロ。村人たちは悲鳴をあげる。
だがそれがまるでコナミにはスローモーションのように感じた。恐らく死や恐怖を感じた時に訪れる 現象だろうか。それでもマエストロの動きも全てゆっくりに見える。
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目の前で肉の焼ける匂いがする。
探索ミッションで得た【ギネスコケッコ】という鶏型モンスターから得た高級食材が焼ける音だ。
最後の一切れを【英雄】シガレットと【剣聖】フィルスは奪い合っていた。
「へっ、ジャンケンって言うならそれも構わねぇ。だったら俺と決闘だフィルス!」
魔王を討伐して勝ち取った最強の大剣をがっしり握ったフィルスはニヤリと笑う。そしてシガレットに向けて構えた。
「シガレットと戦って158勝139負か。今回の肉は高級食材だ。全力で行かせてもらうぜ」
くだらない内容ではあったがそういった理由でよく剣を交わらせていた。プレイヤースキルを上げる目的もあったが正直な所じゃれ合ってるっていうのが正しかっただろう。
その後も何百回戦ったか今では思い出せない。それでも【剣聖】とも呼ばれた世界最強の大剣使いをVR器を通して見続けきた。
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既にマエストロは大剣を振り下ろしている。
今にも命が終わる死の瀬戸際でコナミは妙に落ち着いている事を感じた。身体は軋むように痛み、呼吸もしにくいはずだったが何故かそれも薄くなった気がする。火事場の馬鹿力ってやつなのだろうか。
地面を引き裂く音と共に大剣は地面へ叩きつけられた。マエストロの全力の縦切りはコナミの横を綺麗に避けていったのだ。そしてコナミはしゃがみ姿勢に入ると、地面に叩きつけられた両手剣は横方向に向かって行きコナミの頭上を掠めていった。
「な、なにぃぃぃいい!!!」
当たる前提で全力で振った為か勢い余ってマエストロは転んでしまった。
コナミはそれを見て剣を強く握り、野球の一本足打法の構えをして斬りかかる。剣先はマエストロの金の兜に当たり、除夜の鐘を鳴らしたかのような音が周囲に響く。
「耳がっ……頭がっ……お、お前みたいなド素人がどうやって避けた……!」
「その技、魔法バフを使わずに使える剣技【十文字斬り】だな。俺の仲間に世界最強の大剣使いがいてよく飯を賭けて戦った時にずっと昔によく見たぜ。威力は高い技だがそれは相手に隙を作らせた時に使う技だ。覚えとけ素人剣士」
「な……なんだと……!!俺をバカにしやがったなド素人があああ!!!」
「確かに俺はド素人だ。ド素人だが、これでも【英雄】やってきたんだよこちとらなぁ!うぉらああああああ!!!」
キメ台詞のような言葉を口にしてふらつくマエストロにもう一撃兜に食らわせた。
兜に当たった衝撃が剣から伝わり、腕を締め付けるような痛みを味わった。
「ぐあああ……頭が揺れて……」
「もういっちょおおおお!」
コナミはもう一度斬りかかった。
しかし火事場の馬鹿力とはいえ腕に痛みを纏った所為か剣筋は甘く、マエストロに片腕だけで弾き返されてしまう。その腕力は計り知れずコナミは数メートルも吹き飛んでしまった。
「コナミさん!!」
「ぐあ……ゲホゲホ……大丈夫だ、心配すんなアイリ。ゲホォ……村のみんなの人生背負ってんだ。俺だってやる時はやる男だって見せてやるよ」
よろめきながらも立ち上がり、アイリのグッジョブにコナミも答えた。
村人たちの声も悲鳴から声援へと変わっていき声は少しづつ大きくなっていった。一撃でも食らえば死ぬという蜘蛛の糸のようなか細い奇跡に村中の人がそれに縋っている。
「マエストロぉぉ!!何をしている!!そいつを殺せと言ったんだぞ!!」
ビストロは地団駄を踏みながら激昂した。
「うぼおおおおおおおお!!!」
マエストロ再び大きく声を上げて今度は左足を前に出し剣を構える。この構えから繰り出されるのは【スライスカット】という少し溜め動作があるが突進攻撃の腰付近での横切りの剣スキル。
「うおおおおおお!死ねぇぇぇぇ!」
「見えてるぜお前の技!」
コナミは寝るようにべったりと地面に伏せた。戦闘中というのに酷い格好で床に伏せたからか観客は悲鳴を上げたが、大きく横に振り切られた大剣はコナミの頭上をすり抜けてそのまま勢い余ってまた転んでしまった。
「なぜ、なぜなぜなぜ攻撃が当たらないんだ!!こんな素人に!!」
急いでマエストロは【十文字斬り】の姿勢を取る。コナミはもう迷いはなかった。もう一度縦横の攻撃を避けていく。
「ぜぇ……ぜぇ……なぜなんだ!!貴様は一体何者だ!!」
「俺の名はコナミ。剣術ド素人の英雄だ馬鹿野郎!これでも食らえ!必殺フルスイング!!」
もう一度兜目掛けて一本足打法から後頭部をぶん殴った。金の兜から鳴り響く轟音に周りで見ている全てが耳を塞ぐ。
立ち上がろうとしていたマエストロはふらふらとよろけるが、そこに側面からバッティングを決める。
ゴォォォォォオオオン!!!
マエストロの耳から血を流し、巨体は崩れ落ちるように気絶してしまった。
歓声が響く。称賛する声が地面を揺らす。
ゲーム内では何度も経験があったが、実体験でこんな事が今までなかったコナミはこの気持ちをどうすればいいかわからなかった。
「コナミさんグッジョブデスよ!」
嬉しそうなアイリは柵を乗り越えて駆け足で近寄ってきた。
「はぁ……はぁ……見てたかアイリ!俺だってやれば出来るんだ」
「コナミさんじゃなければ惚れてたとこデス」
「……俺の扱いどうなってんだよ。ぶっ、はははは!」
コナミとアイリはグーの手で互いにぶつけた。
アイリは最後まで勝てる事を信じてくれてたんだと思うと心から嬉しかった。緊張が解けたせいかつい吹き出してしまって、二人は笑いあった。
「コナミ様!!」
走り寄ってきたヒストリアはそのままコナミを抱きついた。その顔は涙でぐちゃぐちゃに濡れている。
「ヒ、ヒストリアさん!?いででででで!!」
その柔らかな身体とふくよかな胸が身体を包んではいたが身体に激痛が走る。
「コナミ様、ありがとうございます。ありがとうございます。何とお礼を申し上げたらよいか、私に出来る事があればなんでも!」
「なんでも!?じゃ、じゃあ……」
男の性なのだろうか、それとも身体中の痛みでおかしくなったのだろうか。コナミの手はわきわきといやらしい動きをしながらヒストリアを触ろうとしていた。
「さささささ、サイテーデス!!!!!」
ゴンッ!
鈍い音と共に杖で頭をぶん殴られた。
どんなギャグ漫画でもこんな雑な展開はないだろう。と思いながら柔らかな身体に抱かれてコナミはそのまま気絶した。