56. 統合都市アリエス
街に入ると足元が蛇で身体が人間の女の魔物が近づいてきた。髪を結い着物に身を包み、それは美しい成りをしている。
「あら~、スイレンにビルもおかえりなさい。そのお嬢様方はお客様ですか?」
「エキドナただいま~。ウチまで一旦送るけど街におる時は仲良ーしといたって」
「初めましてアイリデス」「アーシはナギア!」
「初めまして。私はエキドナと申します」
丁寧な言葉で流暢に話すエキドナと名乗る魔物から溢れ出るマナの量は底知れぬ強さを感じた。
後で聞いた話によると元を辿れば魔王城に住む程の化け物染みた強さを持つモンスターであり、魔王の命令により生き延びてこの街に流れ着いた。今ではこの街を守る守護者ともなっているのだとか。
街を進んでいるとタタッと走ってきた男の子はアイリと背丈もまだ然程変わらない様な同い年くらいの男の子だった。顔はイケメンで黒い髪が目の先まであり長い様に見えるが綺麗に整えられた髪形をしている。見た目は細い様に見えるが腕は意外にもガッシリと筋肉質であり、可愛らしい顔付きとのギャップを感じる。
「スイレンさんがお帰りと聞いて走ってきました!って、あれ?女の子なんて珍しい。僕はメビウス。よろしくね!」
「あ、え、あの、ワタシはアイリ……よろしくデス」
「アイリさんまた後でね!」
緊張して言葉が上手く出ない姿に3人はゲラゲラと笑っている。手を振りながら走ってどこかへ行く元気な少年は下駄を鳴らしながら街へと消えていった。
「いいな~アーシもあの子くらいの弟欲しかったな~」
「あの子はホンマにええ子なんや。アンタみたいな派手な奴にはやらへんで~」
視線で火花を散らす二人を横目にアイリは桜が舞う街の中を進んでいく。大量の魔物を目の前に普通に人が接しながら過ごしているこの光景は新しい時代を見ている様にも感じる。
見た目や種が異なるが言葉を交わし合い、お互いが歩み寄るだけでここまで大きく変わるだなんてと感じていたが、それならば闇の使者だって同じだ。ウロボロスの様な狂人もいれば、ナギアの様に平和を望む者もいる。お互いがお互いを理解しようとする心が大事なのだと気付かされた。
「着いた~ここやで」
そこは街の最奥でありながら最大の土地で、看板には【水蓮温泉】と書いてあり多くの客が往来して賑わっていた。木造建築の神社にも見えるその宿舎からはご利益がありそうな風情すら感じる。
「ウチが経営しとる水蓮温泉や!」
「スイレンちゃんマジ神!最高!アイリちゃん行こ!」
手を引っ張って連れて行くナギアのお風呂への欲はもう限界を超えていた。木造建築の入口は客がいくらでも入れる程とても広く、派手な煌びやかではなく奥ゆかしく風情のある内装スタイルだった。カウンターの後ろには人と魔物とが手を取り合う様な絵が飾られている。
「いらっしゃいませ~!スイレン様のお客様ですね。どうぞこちらに。お召し物は着替え棚に入っておりますのでそちらをご利用ください」
カウンターの女性に案内されるがまま着いて行ったのは更衣室だった。温泉なんて小さい頃に王都ブレイブにいた時代でしか覚えがないくらい久しく入っていなかったアイリは途端に楽しみになってくる。
「あ~マジキモ!やっと脱げる~!よいしょ~!」
衣服を脱いだナギアの身体を初めて見たが意外とむっちりしていて女性らしい体付きをしていた。とてもあの槍術を使う人には見えない。
「じろじろ見ちゃってアイリちゃんのえっちー!」
「ち、違うデス!その、綺麗だなって思って」
「なんや~?二人とも裸の付き合いは初めてかいな。ここでは誰しもが心の内を開ける裸の付き合いが基本や」
そう言って現れたのはタオルも巻かずに産まれてきたままの姿のスイレンだった。その小さい身体は華奢であるが色気が溢れ出ている。
「ここでは髪を湯に付けるのは禁止やで、こうやってこうやって……はい出来た。これなら髪の毛濡らさずにお風呂に入れるってもんや。ほないこか」
長い髪をてっぺんで結ってもらったアイリは更衣室から大浴場へと出た。そこは超巨大な露天風呂になっていて多くの客が寛いで……。
「え……?」
「あれ?アイリさん?」
そこにいたのはメビウスだった。というか、割合的には半々だが魔物も人間も、男も女も全く関係なく湯には大勢入っている。なんとここは混浴温泉だったのだ。
「キャアアアアアア!!」
「なんだなんだ」「どうした」「大丈夫?」
タオルを巻かずに油断しきっていたアイリはメビウスに完全に全裸を見られて叫んでしまった。
頭が熱くなる。目が回る。思考が停止して座り込むことしか出来ない。
「(なんでなんでなんで!?!?)」
しかし周囲の様子を見るに混浴が当たり前過ぎるせいなのか、みんな心配になってどよめいている。
「ギギャギャ!そういや当たり前過ぎて話してなかったな。人と魔物との境が無いのと同様に男女の境も無いのがこの街、統合都市アリエスの良い所なんだぜ」
「アーシは別にいいけど~、つかビルっちはせめて前くらい隠せ!」
「わざわざ隠すから恥ずかしいんや。身体も魂も同様。お互いを理解し合う事で初めて共感を得て、共存社会が生まれる。その為にはこういう場も必要っちゅうわけ。ほれ行った行った」
「うぅ……でも……」
はいはい、とスイレンに手を引っ張られて温泉に突き落とされた。心配そうに近付いてきたメビウスに距離を取ってしまったが、これも文化の違い、種の違い、共生への一歩を崩しかねない迷惑ではないか。道中で魅せられたスイレンの共存への道の美しさを壊すわけにいかない。そう思ったアイリはメビウスにゆっくりと自分から近付いて行った。
「僕は他の街を知らないけど普通はみんなで入ったりしないの?」
「あ、ええ、いや、その」
爽やかに聞いてくるメビウスの身体は細い割に筋肉がしっかりと付いていて、普段から戦闘や荷物持ちなんかで鍛えられている様に感じた。ハッ、何をワタシは見て、いやじろじろと見てるのはワタシ!?
「初めて男の人の裸を見たのでびっくりしてつい……」
「そんなの気にしなくていいよ!スイレンさんからよく聞かされるんだ言葉を交わすよりも、こうやって裸になって心を通わせる方がずっと効率的で効果的だって。言葉は嘘を付ける、けど心は嘘を付けない。だから温泉を作ったって。この街は温泉を通じてみんな等しく心を通わせている家族みたいなもんなんだ」
「そう、デスね。なんか、ワタシもそう思うデス」
無理やりではあるがアイリも納得した。温泉は気持ちいいがどうにもこうにも落ち着かない。湯気のせいか自身の裸体が見え隠れするのがどうにもならないくらい恥ずかしい。
そんなアイリを余所にいつの間にか馴染んでしまったのかビルスメインとナギアはお酒を交わしながら魔物たちと遠くで温泉に浸かりながらはしゃいでいる。
「どうや?アチキの温泉は。他では見ぃひん作りやと思うけどこれも一つの答えやとアチキは信じとるんやで」
スイレンは2人の間にと入ってきてお猪口に入ったお酒を飲んだ。
「とっても気持ちいいデスよ!あとさっきはすみませんデス。叫んじゃったりして」
「ふふ、正直混浴や言わんかったのはビックリさせる為やったで、ある意味アチキとしては作戦通りっちゅうわけやから気にせんでええで」
わざと言わなかったスイレンは笑いながらお酒を飲み進める。混浴と知っていたら十中八九入る事を拒否していたが、もしかすればこの考えも見抜かれていたのかもしれない。そんな中メビウスはウズウズした様子でスイレンへと近付いた。
「スイレンさん、明日はビルさんと一緒に狩りへついて行ってもいい?僕も役に立てるくらいにはいっぱい鍛錬して強くなったんだよ!」
「ほな直接聞いてみるとええ。そこでどんちゃん騒ぎしとるし酔っ払っとる今行ったら了承貰えるんちゃうか?後から男に二言はないよなぁて言うたればええで」
ありがとう!と言ってメビウスはビルスメインの元へと向かった。
小さく一呼吸置いたスイレンはアイリの目を覗くようにして見た。黒い瞳がキラキラと反射する温泉の光を取り込み美しく煌めく。
「アイリちゃんの目は宝石みたいに綺麗やな。それはお父さん似なんか?それともお母さん?」
「王都ブレイブの民はみんな同じ青い目をしてるので街譲りかもしれないデス」
「さよか」
その回答に静かに笑顔を見せるスイレンはまたお酒を飲む。仕草ひとつひとつに色気を感じてアイリ自身緊張していた。
「一期一会の出会いではあるけどこれも何かの縁やとアチキは思っとる。やからこそ話しておきたい事もあるんや。さっきまでおったメビウスって子は心が綺麗で正義感も強いし純粋無垢なホンマにええ子なんや」
「そうデスね。心無しかコナミさんを思い出したデス」
「ふふ。……でも1年ほど前の話や」
一呼吸置いてスイレンはお酒を飲む。顔から笑顔は消えてどこか遠くを見る目をしていた。
「大勢の被害が出る程に強力な魔物が出たって聞いて行ってみたらそこには"鬼"がおった。その暴れ狂いぶりは凄まじく一撃でビルスメインを吹き飛ばす程やった」
ビルスメインが吹き飛ぶ力とはどれくらい必要だろうか。アイリ自身がフィルスの力を借りて全力で殴り付けてもそこまでの力になるかどうか定かではない。
「その鬼は散々暴れ尽くした結果、身体はしぼんで小さぁなった。それが、メビウスやった」
衝撃的な事実を知ったアイリは驚きを隠せなかった。
「あんなイイ子が……デスか!?」
「その後は皆でこの事は本人には話さずに伏せる様にしといて、裏で何度もその原因を探ったけど分からんかった。けど色んな情報を纏めていくと行き着いた答えは、メビウスは闇の使者やないかって事やったわ。やけどもしかしたら小さい子供の魂が鬼に入れ替わってしもて、そうなったんかもしれへん思ったアチキは、魂の中の闇の使者を祓う為に進めとる。やでな、もし闇の使者でそういう話を知っとったら教えて欲しい」
その黒い瞳は真っ直ぐアイリを見ていた。知りえる中で4人もの闇の使者と戦ってきたアイリに期待しているスイレンだったが、自身やナギアが闇の使者である事を伝えるのはどうしても怖かった。
「ごめんなさいデス。そう言ったケースは聞いた事がなくて」
アイリも魂を繋いでいる闇の使者であり、闇の死者が本人ではない事例ではあるがこの話をしたからといって解決する話ですらなかった。そもそも魂が肉体と入れ変わってしまう闇の使者なのかどうかすら分かっていない。それでもアイリの中で罪悪感は収まる事は出来なかった。
そうか。と残念そうにするスイレンを見ると心が苦しくなった。
裸の付き合いというものを初めて経験したアイリであったが、結局心と言葉の関係というのは何所まで行っても交わることは無い事を知った。




