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42. ナギア

 現実世界で会うウロボロスは恐怖の大王とも言える存在であり、コナミはもちろん突然の事に3人は完全に固まっていた。イヴですらその状況の理解をするのに時間がかかっていた。


 「ウロボロス、遅いぞ。到着までの時間稼ぎに作り話をし過ぎたじゃないか。ところでこっちとの約束は守ってくれたのだろうな」


 「ああ、その件は勿論。ただし道中ジルスキ、アマンダ、ストゥープの命は頂戴した。お前の持つ街のリストから削除しておけ」


 「ハハハ、到着が遅いと思ったらそういう事か。お前若い女を狙って食ったな?」

 「血肉を選べる環境であれば当然だ」


 和気藹々(わきあいあい)とした様子で(おぞ)ましい話をジークとウロボロスはしている。血を飲まないと平常心を保てないウロボロスだからこの街の住人を(にえ)として与えていたとでもいうのか。


 「ああ、紹介しよう。僕の協力者ウロボロスだ。彼とは短い時間だったが付き合いがあって――」


 「御託は良い。ウロボロス、貴様は私が想像していた通りの闇の使者だな……!邪悪と呼ぶに相応しい。殺してやるから表に出ろ。そして裏切り者のジークフリート、貴様も後で私が殺してやる」


 イヴは心を落ち着かせたのか闘志にもう一度火を付けて霊剣を向けた。ウロボロスはそれを見て口角が頬を超える程にニヤついた。遊園地に着いた子供の様に目をキラキラとさせている。


 「ああ……ああ……ああ!私は幸せ者だ。ついについについにぃぃぃ!!かの魔王シガレットと同行した仲間と相まみえる時が来たのだ。今の私と【霊剣】とではどちらが強いのか実に楽しみだ」


 「イヴさんだけじゃないデスよ」


 アイリは杖を構えて睨んだ。恐怖で立ち(すく)んでいたコナミもそれに合わせて十字架の剣をウロボロスに向ける。そうさ、イヴもいるんだ。怖くなんてない。


 「俺も相手だウロボロス!!」


 イキりたって強い言葉を使ってしまったがウロボロスがこちらを見た眼差しが恐ろしい。そしてただ見ただけだというのにその殺気たるや生気を失いかねず剣が震える。


 「はぁ、私にとっては夢の舞台。その眼から光が消えるその瞬間を眺めていたい。しかしコナミ、貴方は私の言霊収集の為に今殺すには惜しい。ジークフリート、この小僧も同じ場所に連れて行く。いいな」


 「ああ、構わない。この日の為に用意した傑作だからね。あそこからは絶対に出る事は出来ない」


 「ではコナミ、さようなら」


 そう告げた次の瞬間にはまるで瞬間移動したかのようにウロボロスは既に目の前に居た。アイリやイヴ、もはやジークですらウロボロスの速度を目で追えていない。


 初めからそこに居たかのような、そんな、レベルの、瞬間移動――――――。



―――――――――――――――――――



 「え?」


 明かりも無く目の前は真っ暗。声だけが反響して鳴り響く。


 「俺、もしかして死んだ?」

 「あれ?コナミくん?コナミくーん!!良かった~!寂しかったよ~!」


 その声は姿は見えないがナギアの声だった。声の様子から苦しそうでは無く怪我は無さそうだ。ナギアは声のする方へ走り寄って行ったが前が見えないせいで別方向へ走って行った。


 「ナギア!無事だったか。良かった。って、ここはどこだ?」


 「さぁ~?アーシもここがどこだかよく分からないんだよね~。魔道具が使えないから照らす物すらなくて。なんかー、コナミくんとこの宿出たら気付いたらここに居た的な?壁とか殴っても直ぐに再生して破壊はマジ無理って感じなんだよ」


 壁を触った感じ鉄で出来た箱の様に感じる。牢屋の鉄格子(てつごうし)は無く、箱の中に閉じ込められているといった所だ。ナギアが言うには破壊は可能の様だが再生されてしまうから脱出不可能。


 「ナギア、落ち着いて聞いて欲しい。ジークは裏切り者でウロボロスと協力していた。仲間のイヴとアイリが今ジークとウロボロスの目の前にいる。直ぐにここを脱出して加勢に行きたい」


 コナミはイヴがいるからアイリについては安心していた。それよりもこの場を脱出出来ればナギアも加勢して勝てる確率はぐんと上がる。


 「はー?コナミくんそれマ?ジークに限って有り得ないっしょ。嘘はよくないよ~嘘は~」


 ナギアは冗談だと思って笑って誤魔化す。要塞共和国インペリアルの同じ創設者としてナギアにとってジークはそれ程までに信頼を置いている存在なのだろう。


 「本当なんだ!ナギアが闇の使者だと言うのもジークが英雄ではなく魔導科学者だと言うのもグリフォは魔導で出来た魔導人形ってのも全て知ってる!あいつが話したんだ!」


 「ちょっと待って、えっ……ジーク、嘘。アーシの事まで話したの?絶対言わないって約束したのに……ひど……。コナミくんマジドン引きだよね。アーシが闇の使者だって知って」


 声のテンションが下がり落ちてナギアが座り込む音が聞こえる。


 「最初はびっくりしたよ。けどアイリと一緒にいる姿を見たり、街の人たちからの目を見る限りナギアは俺が知ってる闇の使者じゃないと思う。優しいしみんなに頼られてるのを知ってるから」


 周りの目は誰よりも顕著にその人物像を表す。ユルシュピのように操る訳でもなく人から信頼されるのはとても難しい。そんな中でナギアを支持する黄色い声や、アイリに見せた優しさ。それに何より宿で話したウロボロスについて信じてくれた。それだけでもナギアを信じるには十分過ぎる。


 「コ、コナミくん……。こんなアーシでも、いいの?」

 「俺はナギアを信じてる。それにほら、ナギアも信じてくれただろ?」

 「コナミっち~~~~~~~~!!!」


 声のする方から猛突撃してくたナギアは首をがっしりホールドして抱き締めてきた。柔らかいものがそこかしこに当たる上に首が絞まり過ぎて苦しいという天国と地獄。


 「アーシね、1年前くらいに冒険都市ビルダーズインで目が覚めたの。記憶も無いし訳わかんなくてとりあえずギルド登録してって感じでしてたんだけど、マジそこに居た人達みんな優しくしてくれてね。シガレットにあんな事されたってのにみんな強く生きてる事にアーシ感動しちゃってさ。アーシもこんな風になりたいって思ったの」


 ナギアは静かに話始めた時には涙がコナミに落ちてきた。


 「アーシがドロドロした何かに出会って闇の使者だと知った時はマジメンタル持ってかれたな。言霊とか神命とかマジ訳分んねー事ばっか言いやがってどっか行くし。そんで旅の途中でね、ジークに出会ったの。つかアイツも闇の使者だし~」


 「ジークが闇の使者!?」


 「そだよ~。つーか魔導科学者だとか英雄だとか全部噓だし~!ジークもバラしたからアーシもバラしちゃった、アハ!闇の使者はマナを使えないのにマナを使わずに2種類以上のマナが出せる【魔導】を操る事が出来る神命持っててマジパネーとか思ってたんだけど、シガレットが二度と誕生しない様に平和な街を作るとか言い出してさ~」


 ここまでのジークが話していた内容に嘘は無さそうだった。ジークは本当に平和な街を作るつもりで要塞共和国インペリアルを建国したのだろうか。


 「アーシら闇の使者なのに実績ないのに自分を英雄とか自称してみたり、魔道具作りは魔導人形のグリフォにさせていっぱい考えて色んなの作ったり……。アーシはとりま最強の冒険者を目指す的なノリだったけど、こういう楽しい日がずっと続けばいいなって思うくらいには楽しかったんだ~……アーシ、ジークの事信じてたのに……」


 ぐすっぐすっと泣き声が室内に響く。本当にナギアは純粋で良い子だ。


 「ここを出てジークに直接聞いてみよう。何か分かるかもしれない」


 「それマジ最高!てかそれしか無くない?つかジークの事だから色んな事いーっぱい考えてそうだし、初心に戻れってパンチしてやんないとね!つかパンチで思い出したけどアーシらここから出られないんだった……。コナミっち、どーしよう」


 コナミは考えた。

 壊しても壊れない壁。鉄格子は無く外を出る方法も無い。手探りで色々探ってみるしかなかった。

 床はー?天井はー?隙間とかあるかも?もにゅ。


 「え、ちょ!コナミっちそこ違う!」

 「えあ、え!ごめん!」


 こんな暗闇あるあるの茶番をしてる場合ではない。そもそもどうやってここに来た。ウロボロスを思い出すんだ。あいつの能力は【次元時空】とか言ってたな。


 『【次元時空】は次元の狭間を超える事で時間を遡る事も出来るし、あらゆる到達点への移動も可能』


 次元の狭間を超える事であらゆる場所へ移動可能であれば壁の中や窓の傍からこっちの話を聞いていたという事か。そしてあの瞬間移動や今ここに移動させられたのも神命による技。それにジークもこう言っていた。


 『この日の為に用意した傑作だからね。あそこからは絶対に出る事は出来ない』


 これは魔導で作られた檻のような物なのだろう。初めからナギアを捕らえる為にウロボロスと計画していてこの檻を用意されていたようだ。


 「ナギアの神命でここは破壊とか出来るか?」


 「神命かー。アーシ、実は一度も使った事無いんだよね。闇の使者ってバレるのも自分がそうだって思うのも嫌でさー」


 「どんな神命なんだ?」


 「【光闇(こうあん)】的な奴じゃなかったかな?アーシもよく分かってないんだよね」


 「光と闇の力?一度だけ使ってみてくれ」


 ナギアは集中すると手のひらの中に闇を吸収し始めた。壁紙を剥がすように闇自体が消え去り光へと変わっていく。闇と光を反転させる神命なのだろうか。しかし――――――。


 「ナギア!!眩しい!!眩しすぎる!!」


 車のハイビームの光を目に直接当てられている程に空間全体は光を放っている。闇の中も何も見えなかったが、光の中も何も見えない。というか目を開けられない。


 「うわぁ!ごめん!調節難し~これ!」


 闇と光の調節を手の中でしながら蛍光灯が照らす程度まで明るさを調整した。部屋はただの正方形の白い壁。とある業界用語では豆腐ハウスの様な作りになっている。


 「こんな風になってたんだ~。マジどこにも出口もないじゃん!この!」


 ナギアは壁をボコッと殴ると手の形に伸びた後に壁は元に戻った。ゴムのような作りになっていて壊す事はまず不可能だろう。


 「こんなのどうすればいいの~!」


 頭を抱えてオーバー気味にリアクションをするナギアにコナミも困っていた。


「コナミっち。ガチやばい。どうしよ。助けて」


 セーラー服姿で抱き着いてきたナギアに本来大興奮する所だが、アイリやイヴが心配でそんな気すら回らない程にコナミも頭を悩ませていた。


 「もしかしたら俺だけなら出れるかもしれない」

 「え、待って!置いてかないで!お願い!」


 「この能力は1回しかやった事ないし何が起こるかわからないんだ!」

 「ヤダ!ねぇ!置いてかないで寂しいじゃん!」


 コナミの考えはウラノスから貰った力の瞬間移動での脱出。


 しかしコナミが恐れているのは空間を移動した時に生じる力が超移動速度なのかワープ的な所なのか不明な上に、誰かと一緒に瞬間移動が可能なのかどうかも不明。あの時は無我夢中で今回上手く出来るかどうかなんて保証は何処にもない。だが迷っている時間もない。


 「……わかった。ナギア、絶対に離すなよ。何があっても俺から離れるな」

 「うん!絶対離さない!」


 大きく深呼吸して目を閉じた。都市、城、会議室の部屋全体のイメージ。そしてユルシュピ戦で瞬間移動をした時に言われたウラノスの言葉を思い出す。


 『目を閉じて、その場所に吸い込まれるイメージを持って。そうすれば君の願いは叶う』


 そこに吸い込まれるイメージ。流れ込むイメージ。自分単体ではなくナギアも一緒にこの空間ごと削り取って持っていくイメージ。


 「飛べよおおおおおおお!!!!」


 その瞬間、凄まじい程の重力波を感じた。ジェットコースターで振り回されているかの様な、津波に流されているかの様な感じた事のない程に圧倒的なG。


 「コナミっちーーーーー!!」

 「ナギアぁぁぁぁ!!!!」


 それでもナギアは絶対に離さないし、離れない。

 戻るんだ、イヴとアイリの元へ。

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