4. お酒の味は苦い思い出
アイリが仲間になった!
という文字と共に軽快な音楽が鳴りそうではあったが実際はそうはならず。ディバインズオーダーに来て初めての友達が、まさかの元旅の仲間の娘となったのだった。アイリは人付き合いをしてこなかったせいか見知らぬ人に対してどの様に接していいか分からずではあったが、一度心を許した人には毒舌になりやすいのかやたらと毒を吐く。これもアイリなりに甘えている証拠なのだろうか。
既に夕暮れが見え始めているが王都ビルダーズインは眠らない街として有名で、昼夜問わずみんなが働き賑わう商業の街。上下スウェットの靴下すら履いてない状態だった為、アイリに装備を変えろと釘を刺され安物の装備を選びに出かけた。
「ねぇねぇコナミさん!見てくださいこれ!かっこいいデス!絶対コナミさん似合うデスよ!」
目を輝かせながらアイリが持ってきた服はまるでクジャクの羽のような物が背中にあしらわれた主張の激しい服だった。こんなものを人前で着たら人間として疑われるレベルだ。
「おおお……これは……俺の手には負えない……。色々あるし他のやつも見てみるよ」
そうやんわりとお断りすると残念そうにアイリは服を戻しに行った。
恐らく引きこもり生活が長かったせいか服選び自体も初めてなのだろう。それ以前に引きずって歩く長いマントに無駄に長い鉄の杖、アイリは自分自身の装備選びすらままならない様な格好だ。
コナミは現役プレイヤーの知識を用いて初期装備で最も優秀な旅立ちの服セットにしておいた。
見てくれも悪くなく、性能も値段の割にかなりイイ。現実世界で言う所のユニクロ装備といった所である。お金については全く持っていなかったので文句を言われながらもアイリに出してもらった。
「普通過ぎて面白くないデス」
プリプリと怒りながらジト目でアイリが睨む中、コナミは平謝りをしながら王都の風景を味わっていた。
冒険都市ビルダーズインはほとんどがプレイヤーとして生活していた時と変わりなく、コナミにとっては故郷に来たかのような安心感を覚えた。ただもしかしたらプレイヤーが減ったせいなのかいつもより人は少ない気がしたし、修復した跡もあり以前より街並みもどこか変わっている。
「そんなにこの街が珍しいデスか?ワタシにとってはどこの城下町も同じような物ですよ。王都ブレイブはもう少し規律正しい街並みではあるデスが。そういえばコナミさんはどこからきたデス?」
「俺のいた世界は……日本って所だ。って言ってもわからないか」
「むむむ……。聞いた事ないデス。それにしても困ったデスね。二人ともここへ来たのが初めての街ならご飯の美味しいお店とかわからないデスよ」
アイリが悩んでいる中、コナミはある事を思い出した。
冒険都市ビルダーズインはこれから冒険者になる人が集う場所で、当時初心者の冒険者だったシガレット含む五人のメンバーは今後の方針等で集まっていたバーが近くにあった。そこは知る人ぞ知る隠れ家にも近いバーで人が少ない為、もしかしたらシガレットの情報をコッソリと聞けるかもしれない。
「近くにバーがあるんだ。そことかどうかな?」
「まさか無理やりお酒を飲ませて連れ込もうって魂胆デス!?サイテーデス!」
「ちげーよバカ!」
「バカという方がロリコンなんデス!この変態!」
キャンキャンと喚いていたがとにかく無視してお店に向かうとアイリもぶつくさ言いながら着いてきた。なんとなく扱いがわかってきた気がする。ロリテイマーというジョブがあるなら是非なりたいものだ。
バーに到着したコナミは通いなれた常連のようにガラッと開いたが、その中にいた客の一人にコナミは驚愕した。
そこにはキラキラと輝く青いドレスを着たイヴがカウンターで飲んでいた。
イヴはこちらに気が付き少し睨みながら手招きをしてきた。恐る恐る隣に座ってみたが実に気まずい空気が流れる。
「ふおお……こんな綺麗な女性が知り合いだとは。さすがゲスの極みコナミさんデス。童貞とは思えないデスよ」
コナミを挟むように隣に座ったアイリはなぜか誇らしげに頷いた。
「ゲスじゃねーよ!ていうかなぜ俺が童貞だと知っている!」
バーである事を忘れて声をあげたせいで猛烈に恥ずかしくなり静かに着席した。アイリの仕返しの罠に見事に引っかかってしまった。
イヴの青いドレスに飾られた装飾はバーのライトに照らされてキラキラと光る。背中はガバッと開いていて、胸は少し貧相でありながらもそれ以上に整った顔立ちとスタイルのせいかコナミには美しく見えた。
カランと氷の音を立ててウイスキーをロックで割ったようなお酒をイヴは飲んだ。
それをゆっくりと静かに置く。イイ女とはお酒を飲むだけでここまで品が出るものなのだろうか。
「どうしてこの店を選んだんだ?」
イヴは疑ったような目をしていた。それもそのはず。街には賑わう店がずらりと並んでいたのにわざわざ路地裏にあるこんな寂びれた店を選ぶ人はいない。
かといってシガレットの名前を出すとまた嫌な空気が流れてしまう。
「街を探検してたらたまたま、ね。お腹が空いてたからそのまま……」
「え。コナミさんがこの店に真っ直ぐ連れてってくれたんじゃないデスか」
「アイリ、お前!」
そう言ったのも束の間、イヴは冷たい視線でこちらを見ていた。非常に不味い空気の中、イヴはまたお酒を嗜むように飲んだ。
「ま、別に構わない。でもここにはもう来ないでくれないか。ここは私にとって、大切な場所なんだ。隠れ家的な意味でも、な」
少し悲しそうに呟くとイヴは少し俯いた。イヴは確実にシガレットを知っている。一緒に冒険した思い出もきっと残っている。だけどそれを今聞く事は出来ない事もまた事実だ。
「そ、そんな大切な場所なんだ。へ、へぇ。いいとこだよな。お酒はあんまり飲めないけど雰囲気とか……」
空気の重圧に耐えきれずコナミは一刻も早くこの店を出たかった。
そんな空気もいざ知らず隣ではいつの間に頼んだのかわからないが、パスタのようなものを啜りながら酒を飲んでいる。アイリは未成年ではないのか?と呆れながら疑問を抱いていたコナミにイヴは肩を突いた。
「少しは飲みな。ここはバーだ。ここの代金は出してやるから今後はもうここには来るのは辞めろ、いいな」
「は、はぁ……すみません」
差し出されたのはイヴが飲んでいたものと同じものだった。普段からお酒を飲まないコナミには強めのアルコールの臭いが鼻に刺さる。
コナミの不安など知らないアイリは店主と話ながら楽しんでいた姿に、くよくよと変に悩むのが馬鹿らしくなってお酒をグッと飲んだ。
「イイ飲みっぷりだ。それでこそ男というものだよ。それと……、さっきはすまなかったな。少しムキになってしまった」
殺意丸出しで霊剣を抜いたのが少しムキ程度とは恐れ入る。コナミは腹いせにもう一度グッとお酒を飲んだ。
「別にいいよ。俺の方こそごめん。ここに来たのはあの時がすぐで、なんでここに来たのかもわからないんだ」
「ほう?つまり記憶喪失、という所か。だからどこかで聞いた名前を口に出したわけだな。仕方ないとはいえ名乗るべき名前を間違えたな。さっき隣の子が言っていたコナミという名前は後から思い出したのか?」
完全に誤解ではあるがコナミは頷く他なかった。言い方的にシガレットという名前はこの街全体の人が知っているだろうが、恐らくタブー扱いなのだろう。
コナミはどこに向けていいのかわからない悔しさから悲しくなった。
「お、おいおい、そんな悲しい顔をするな。それよりここもいずれ戦場になるかもしれない。コナミは早めにビルダーズインを出た方がいいだろう」
「戦…場…?」
何かのイベントでも始まるという事だろうか。もしイベントが始まったとしてここが大きな舞台となり、戦場と化してしまうならこんなレベルの低い冒険者がいては死んでしまうだろう。
今まで優秀なヒーラーがいたお陰で死んだ事はなかったが、このゲームの世界で死んだら一体どうなるのだろうか。夢が覚めるように元いた世界に戻るのだろうか。
「闇の使者が近いうち恐らく現れる。私はこの街を守る役割があるからコナミの事までは面倒が見切れる自信はないぞ」
「闇の使者…?」
イヴの顔が歪んで見える。というより空間自体が歪んで見える。
コナミはそのままカウンター越しに倒れ込んでしまった。身体も重いし目が勝手に閉じていく。
「おい、大丈夫か?勢いよく飲むのはいいが……」
「だらしねぇレス!仕方ないレスねぇコナミさんは!ワラシが持って帰るので大丈夫レスよ!」
「ありがとう。それよりアイリと言ったか、君は一体――――」
心配そうなイヴとベロベロに酔ってるであろうアイリの声が聞こえる。
ここに来て色々な事が目まぐるしく起きたせいで色々と混乱していた。これからどうすればいいのかもわからない。
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目が覚めると俺とアイリはベッドで寝ていた。
「うぅ、二度と酒なんか飲むか、頭いてぇ……」
コナミはお酒が弱い事を悟った。と、なにやら隣で動く音がした。
なんと隣には服が肌蹴たアイリが寝ていた。童貞ならハイテンションになるところだったが、アイリのあまりの酒臭さと二日酔いの頭痛でそれどころではない。
「明日の事は明日考えよう……」
コナミは現実から目を背ける様に布団に潜り夢の中に消えていった。