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37. 男の友情

 教会都市ジンライムに到着時にはほぼ全ての民が支配されていたせいか、誰も話す事はなく静まり返った街だった。しかしユルシュピを倒したおかげなのかガヤガヤと何やら外が騒がしい。


 「並べ!まったく、傲慢な人間共め!」


 何やらアルマが外で騒いでいるのが気にはなった。もしかしたら街の人間を襲っているのかもしれないと心配したコナミは窓の方を見ていた。


 「コナミさん、お話は後にするデス?」

 「はいすみません。聞きます」


 アイリはクスッと笑うと深く深呼吸した。ふんわりとした金色の髪の先端をくるくるとイジりながらアイリは話し始める。


 「実はワタシ、記憶が混在しているのデス。出身地である王都ブレイブがシガレットに襲われて、【剣聖】である父フィルス・ステルスヴァインはワタシを庇って亡くなったのデス。そして母のロザリオがワタシを王都の外に逃がしてくれたのデス」


 フィルスが庇って殺されたのはまごう事なき事実だった。


 「首都ブレイブの外は砂漠地帯で更には最も危険な恐るべき魔物が現れたデス。ここで死ぬんだとワタシは思ったデス。そんな救いの手すらなかったその時だったのデス。これだけはハッキリと覚えています。信じられないと思うデスが、ワタシを助けてくれたのは亡きはずの父フィルスだったのデス」


 「フィルスが生きていた?でもさっき庇ったまま死んだって」


 ありえない話だ。だがフィルスのような屈強な男ならどうだろう。相手はシガレットだったとは言え、一撃で葬られるような相手だろうか。本当は生きていて何処かで身を潜めているかもしれないと淡い期待を思った。


 「ワタシも信じられませんが本当に見たのデス。その手でワタシを包んでくれた温もりを。でも何故かそこからの記憶が曖昧で、ぼんやりとしてて、各地を歩いたのは覚えてるデスが道中を全く思い出せないデス。夢遊病の様な夢うつつの感じで、その時その時の場面は覚えているのデスが、どうやって冒険都市ビルダーズインに到着したのかもハッキリとわかってないのデス」


 「首都ブレイブから冒険都市ビルダーズインまでは相当な距離があるぞ。色んな所が曖昧過ぎる。一体どうなってるんだ?それにフィルスの大技の秘剣・聖光斬はどうして使えるっていうんだ」


 「ワタシにもホントによく分からないんデスよ。秘剣・聖光斬は目を閉じて剣に意識を集中する事で自然とあの技が使えるのデス。身体が勝手にというか、その、ワタシにもホントにわからなくて……。けど信じて欲しいデス。ワタシは闇の使者とかなんかじゃないデス」


 この話だけで信じられる人がいるのだろうか。いやいない。いるはずがない。そもそも説明が足りていないし、何もかもが曖昧過ぎる。


 それでも――――――――――。


 「わかってる。俺はアイリを信じるよ」


 個人的な心情で信じたいという気持ちも勿論あるがドアが少し開いた先からレイテが見ているのをコナミは気付いていた。レイテは嘘を話している人を見抜く力があるが、レイテの目を見る感じでは嘘は言っていないだろう。笑顔を見せたレイテはドア前から居なくなっていた。


 それに記憶については父が目の前で自らを庇う様にして死に、自分の生まれ故郷が焼け落ちた。それをただの少女が目の当たりにしたのだ。記憶の混濁があってもおかしくなんかない。


 「こんな話を信じてくれてありがとうデスよ、コナミさん。なんだかんだ言いながらワタシは……あの……。こういうのも今更デスが、その、ワタシ……」


 「え?」


 赤らめた顔のアイリを見て心臓が鳴る。いやいや相手は中学生くらいの少女だぞ。落ち着けコナミ22歳独身童貞。でもここはベッドの上、二人きり、レイテもアルマも見ていない。


 落ち着けー、だがしかし!


 ふんわりとした綺麗な髪に透き通る青い目。まるでドールのような綺麗な顔立ちに柔らかそうな肌。完全に油断しきっているのか胸元が見えそうなゆるい服装。しかもどこから香ってくるのか女の子特有のイイ匂いする。


 これはいけない。落ち着け!いや待て、落ち着くべきなのか?

 心臓がバクンバクンと大きく鳴りベッドが揺れている感覚すらある。


 「ワタシもコナミさんの事、世界で一番信じてますよ」


 にっこりと笑うアイリにコナミは固まった。理性が飛びかけて今にもやらかしそうな手前だった。アイリは大事な仲間だ。今までもこれからもずっと。


 「さ、さてと、外が騒がしい様だし見に行ってみるか!」

 「え、あの、あ、はいデス」


 誤魔化したまま急ぎ足でドアを開けた時に見えたのは寂しそうな顔をしたアイリだった。そのまま一緒に部屋を出ると外が騒がしかったがそこは予想以上の事態となっていた。


 なんとあのアルマとレイテが炊き出しを行い、ジンライムの民に汁物を配っていたのだ。


 「おお!コナミ!あの時はすまなかったな、吾輩も洗脳されてしまっておっての。意識はあったんじゃがどうにも身体が言う事を聞いてくれんかった。じゃがしかし、お主と対峙して、お主が本当に弱い事がわかったぞカッカッカッ!」


 バンッと背中を叩いて大笑いするアルマだったが笑い事ではない。意識がありながらコナミを何度も殺した事に対して罪の意識は特に無いようだ。結果オーライだからなのか、それとも馬鹿だからなのか。恐らく後者だろう。


 「それより何やってるんだ?」


 「この街は1ヶ月以上まともな食事をされていなかったのです。何百人も支配していたからなのでしょうか、食事や睡眠等結構疎かでして……。怪我や病気は治せますが健康管理だけはどうにもならないので、3人でプライベリウムまで行って食材等買い込んで来たんですよ」


 民の様子を見る限りレイテに対し憎悪に満ちた表情をしている人は少ない。闇の使者を祓った時の必死な姿を見ていたからなのだろうか。それよりも。


 「プライベリウムって魔の森を経由するんだぞ。あれから何日経ったんだ?」

 「一週間デス。コナミさんずーっと眠っていたんデスよ」

 「一週間!?」


 プライベリウムでの戦闘でも三日か四日程動けずにいたがここまでの疲労とは。【英雄】の能力は強力過ぎるが故に持続時間と反動が大きすぎる。何という使い勝手の悪い能力なのだろうか。アルマの言う通りそれ程に素のコナミが弱いというという事だ。


 ふと気が付くと炊き出しに集まっていたジンライムの民は両手を合わせていた。それはフリューゲルに見せていた祈りのポーズに似ている。


 「あなた方のご活躍は意識の内で見ておりました」

 「レイテ様、疑いを持って接していた事をお許しください」

 「フリューゲル様亡き今、あなた様がこの街の教祖にございます」

 「お救いの手を。どうか我々をご自愛ください【大司祭】様」


 ジンライムの民からのレイテの疑いや憎悪は消えた、というよりフリューゲルが死んだ今誰かの助け無しにと生きていけない現状について心の中までは変えられないようにも見える。それ程にシガレットが付けた恐怖の傷跡はこの街に根深く刻まれていた。


 「僕はこのジンライムを何年かかろうとも、あなた方がこの街で失ったものをもう一度取り戻して、もう一度よりこの地を良い都市にしてみせます」


 歓声が湧きたってはいるが少し不安げな顔つきを見せる者も多くいた。事実闇の使者への対処は回復魔法のみレイテだけでは荷が重すぎる。


 「皆さんお考えのように闇の使者の襲来への対抗策について考えていました。僕のようなヒーラーだけでは闇の使者への対抗策は正直言ってありません。そこでアルマさん、あなたの力が借りたい。魔の森での護衛、それにあれ程の戦いが可能であればあなたとなら闇の使者と戦えます。どうか、この街に居て頂けないだろうか」


「ん?おお、いいぞ」


「「ええ!?」」


 人間嫌いのアルマがこの街に滞在する事に対してあまりにもあっさりとした承諾にコナミとアイリは目を合わせて驚いた。


 「お前、ウロボロスを殺すのが目的じゃなかったのかよ!しかも俺と旅したいとか話してたのに」


 「……正直吾輩はな、今回の一件で闇の使者が怖くなった。お主達が奴を討たんかったら吾輩は何も出来ず皆を殺しておったじゃろう。もしここに憎きウロボロスが来た時、こやつがあれ程のヒーラーなのじゃから吾輩の力も合わせて共に戦えば恐らく負ける事など無い。単純にそういう考えじゃよ。これでも洗脳されてしまった件については深く反省しとるんじゃ。それにこやつ程の者がは吾輩の力を見込んで頼んでおるのにそれを無下には出来んよ」


 「ありがとうございます、これからも宜しくお願いしますね。アルマさん」


 うむ!と大きな声をあげて力強い武踊を見せるとジンライムの民は拍手喝采と共に心から安堵した表情を見せる。この感じから見るに恐らく発表前には既に話が付いていたと見える。


 アルマのあの強さを意識がある中で見ていたのだから、闇の使者が現れてもアルマとレイテが何とかしてくれると期待しているのだろう。むしろそれ込みでのレイテを教祖としての信仰だとするのならそれを無理に連れて行くわけにはいかない。


 「アルマが決めた事ならしょうがない!わかった。レイテも元気でな」

 「もう行かれるのですか?」


 「1週間も寝ちまったし長居する理由も無いしな。そっちもこれから忙しくなるだろ」

 「そう……ですか。そうですよね……」


 レイテは胸元に付いている十字の首飾りをキュッと握り締めた。寂しい気持ちはこっちだって一緒だ。ずっと一緒にいた仲間なのだから。


 「コナミくん、こんな事を言うのは変かと思いますが、あなたにかつて【英雄】として共に戦ったシガレットの背中を見ました。同じ技を使ったからなのでしょうか、それについてはわかりませんが、あなたは紛れもなくこの教会都市ジンライムを救った【英雄】です。どうかコナミくんの旅に光あらん事を」


 そう言ってレイテはコナミにハグをした。ジンライムの民からも大きな歓声の中気恥ずかしい気もしたが、それは男同士の握手よりも信頼の厚い物を感じる。


 レイテは誰にも聞こえないように耳元で静かに話し始めた。



 「アイリさんが話す内容に噓はありませんが記憶が混濁し過ぎてる上に矛盾が多すぎます。特にフィルスが生きていたという話に嘘は付いていませんが、僕は首都ブレイブに立ち寄った時確かにフィルスの死体を確認しました。何かの記憶を忘れているのか、植え付けられているのか。闇の使者は僕のマナを干渉出来ない程の能力を持っています。どうか、どうか、気を付けてください」


 そう言うとコナミのポケットの中にレイテが付けていた十字の首飾りと紙を忍ばせた。


 「これは僕が作った神聖の首飾りです。これを持って唱える事でマナの消費無しでフルエウロンを使う事が出来ます。回数制限がありますのでご注意ください。こちらの紙については今は読まず、困った事になった時に拝見ください。……本当は僕も付いて行きたかった。君とならもう一度旅に出たいと本当にそう思いました」


「色々とありがとうレイテ。お元気で」


 男の固い握手をするとそのままスルリと解けて別れを告げた。レイテは真の意味でコナミを心配してくれていたし信頼してくれていた。手を振って見送りを続けてくれる2人の姿が遠くなっていく。


 次に向かうのは最後の都市、始まりにして終わった街。

 そしてアイリの生まれ故郷の王都ブレイブだ。



――――――――――――――――――――――



 「趣味の悪い剣になっちゃたデスね」


 コナミが背負うの剣を見てアイリは言う。魔法剣:紅蓮はアルマの一撃で粉砕してしまった故、仕方なくユルシュピが持っていた十字架の剣を貰う事にしたのだ。


 「まさか魔法都市で貰った剣が二日足らずで壊れるなんてな。しかもこれから握るのが闇の使者が持ってた剣で旅をするなんてどんな英雄だよ」


 「それでも闇の使者を倒したんデスから良しとするデスよ」


 何人いるのかは不明だが現状2人の闇の使者を倒した事になる。しかしコナミが一番気にしているのは実際に倒したのはメサイアとアイリであって、能力を発動したのにも関わらず一度も勝利した事はないのだった。


 「王都ブレイブに向かうにはアルケニオン砂漠を通る必要があるな。手前にグロウヘッド街があるからそこで色々整えよう」


 「コナミさんってディバインズオーダーの地理が得意デスよね。どうやって覚えたんデスか?」


 この答えに正直に答えるわけにはいかないコナミは、ギルドにあった地図で覚えた等とはぐらかしたが、一体いつまでこんな嘘を付き続ければならないのかと考えると肩が重くなった。


 大きく西に位置する王都ブレイブとそれを囲うように存在するアルケニオン砂漠。元々王都ブレイブは剣の都以外に貿易都市としても盛んであるが、アルケニオン砂漠を経由するは熱さに得意なロバートフットという剛毛の毛が生えた牛のような生き物に荷車を付けて運航している。


 グロウヘッド街にはロバートフットを得意とした業者も多く、お金をいくらか払えば簡単にアルケニオン砂漠を横断可能なのだ。


 「ロバートフット、懐かしいデス。父が旅立つ前に近くで見た事があるデスよ」

 「旅立つって、フィルスは結構出かけてたのか?」


 「いえ、あれは確かビルダーズインに向かう旅の前に見たような」

 「え?その頃ってお前まだ生まれてないだろ?」


 「あれ?いえ、そんなはずは、でも確かに、あれ?」


 首を何度も傾げながらアイリは悩んでいたが、記憶障害のせいなのだろうか。それとも他に原因があるのか分からないが今議論しても解決出来ないこの件には一旦触れないようにした。


 ディバインズオーダー自体はそこまで広い世界ではない。大きな広い島に4都市があり、それもほぼ一直線に存在する。その周囲に街や村が点々と存在する程度の広さだ。


 だが、そんな歴史は既に変わっていた。


 「なんだ、これ……」


 眼前に見えるはずの元々グロウヘッド街はもう跡形もなく無くなっていた。というよりコナミの知っているグロウヘッドの街は存在しなくなっていたのだ。


 そこにはテーマパークのような大きな街がそこにはあった。巨大な分厚い壁で囲われた街は中央の大きな城からはレーザービームのように光が空へいくつも伸びて蠢いている。。


 「まるで要塞デスね。あれが本当にグロウヘッド街デス?」

 「俺の知ってるグロウヘッド街じゃないが、とりあえず行ってみるか」


 要塞のように待ち受けるその都市は戦争後に新しく建設された都市だろう。新しく出来た知らない世界に対してコナミは気持ちワクワクしていた。世界は変わっていく。ゲームの世界のように次々とアップデートされながら。


 だがその都市に続く道も地獄に続いている事にこの時のコナミたちは気付いていない。

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