32. 【大司祭】レイテ
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「僕はレイテ、ヒーラーを務めさせていただきます。回復魔法や時空魔法が得意ですが、何分戦う事は苦手でして、はは」
冒険都市ビルダーズインにて初めて出会った時にこんな自己紹介をしていた神官の男こそ、後に【大司祭】と呼ばれるレイテだった。全体回復、全体バフ、更には時間に干渉する魔法も覚えている。戦闘時に恐れずに戦う事が出来たのは後ろにレイテがいるからだ。
「少しだけ時間を頂いてもいいですか?この街には多くの困っている方々がいます」
そう言って度々街の途中で立ち止まり多くの人を救ってきた。そして代々伝わる教えと共に人々に熱く語りを説いてきた。魔王との戦いが終わる頃には【大司祭】と呼ばれるようになり街へ訪れる度にレイテの下に多くの人が集まるようになった。
「僕には人の心も傷を癒す力があり、その力で多くの人を救えます。これは私へ与えられた使命。つまりこれは義務なのです」
人を救う度にニヤニヤと鼻高々に話すレイテに、はいはい。とみんなで流すのもお約束のひとつだった。それでもどんな人にも優しく誰しもに頼りにされる存在だった事は間違いではない。
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足元に現れた大きな時計の針が止まると当時に白黒の背景になった世界の時間は完全に停止している。レイテが時空魔法を放っている際は時計型魔法陣の中以外の空間、時間、流れ、全てが固まる。強敵と戦う時は体制を立て直す際に時間を止めて全体回復をしながら作戦を話すなんて事はよくあった。
「驚かないんですね。この世界でも珍しい時間を止める魔法を見ても。それよりもあなたは一体何者ですか?闇の使者ですか?」
「俺はコナミ。闇の使者ではない。俺は闇の使者を倒す為に冒険者をしている。ついこの間レイテの仲間のメサイアと一緒に闇の使者を倒した」
「闇の使者をメサイアと?何を馬鹿な……」
溜息をついて呆れ顔をするレイテだがコナミを見て驚きを隠せなかった。レイテには嘘は通じない。神眼と呼ばれる目を持っており、言葉の真偽をレイテが相手の身体に纏わせたマナの色によって読み取る力を持っている。だから偽りなく更には信じて貰えるように話す。
「……嘘は、ついていないようですね。では僕を知っている様でしたが、どうして僕を知っているのですか」
なんて答えればいいのだろうか。メサイアに聞いた等と嘘を付けない。文献で読んだと話しても名前を見た程度では顔の認識は出来るはずもない為、恐らく嘘を付く形でマナが反応してしまう可能性が高い。ならば――――。
「レイテの事が好きだからさ」
嘘は付いていない。だが深い意味もない。好きな事は大正解だ。
しかしレイテはマナの色を見て非常に嫌な顔付きをしている。
「違う違う!ソッチ系じゃない!」
「ふ、ふん。まぁいいでしょう」
「俺からも一つだけいいか?ここで何があったんだ」
レイテはその話をするや暗い顔になり、落ち込んでいる風にも怒っている風にも見える。
「あなたが闇の使者を倒したというのであれば、シガレットが起こした戦争を知っているでしょう?各都市を守るイヴやメサイアは甚大な被害を被らずに済んだ。しかし実家のある王都ブレイブにいたフィルスが亡くなり王都は甚大な被害を受けました」
「フィルス……」
「フィルスもご存じで?」
「ああ、フィルスの娘のアイリッシュと今旅をしているんだ」
「なっ!そんな……ああ………神よ……」
レイテは驚愕した顔をした後ボロボロと大粒の涙を流した。神様に感謝をしているが実際引き起こしたのは感謝してる神様のせいなのだと口封じされてなければ教えてやりたかった。
「あれほど戦火の中アイリッシュは生きていたのですか。もう残された人はいないものかと……。良かった、本当に良かった。戦争が終わり、あの焼けた戦地を何度も何度も探しましたが、あの戦場の中逃げきれていたのですね」
「アイリは事情があって王都ブレイブ離れてきたと言ってたぞ。家出したタイミングで首都が襲われた可能性があるんじゃないか?」
「そんな訳ないでしょう。あの剣聖とまで呼ばれたフィルスがなぜ一太刀でシガレットに負けたとお思いなのですか」
その点については疑問が大きかった。フィルスは剣技の天才だ。タイマンでフィルスに勝てる相手なんて魔王勇者パーシヴァルくらいしか想像が出来ない。
「フィルスはアイリッシュを庇って腕の中で死んだのです。つまりアイリッシュはあの戦火の中にいたのですよ」
「え……待て待て。そんな話、アイリから何も……。そんな……」
コナミは心臓がドクンドクンと響く。
父親を目の前で殺されて故郷を焼かれても強く生きて、今でもシガレットを倒す為に闇の使者を追っている。冒険都市ビルダーズインに来たのも助けを求めてここまで来たのだろうか。
アイリはどこまで重い物を背負って今まで隣で笑ってくれてたんだ。そう思うとコナミは途端にボロボロと涙が零れ落ちた。
「ええ!?コナミ君、大丈夫ですか?……でも君が心優しいという事はわかりましたよ。君を信じましょう。お話の続きよろしいでしょうか?」
「ぐす、ああ、続けてくれ、ごめん」
「王都ブレイブが陥落した後、シガレット達は多くの魔物を引き連れて教会都市ジンライムに来ました。目の前で数々の人が死にゆく中、僕は何も出来はしなかったのです。なぜなら僕は癒し手でありいつだって先行する仲間をサポートしてたのです。勇者一行として旅をしてた頃は皆さん強くてこれ以上の戦力など必要としてませんでしたから僕はありとあらゆる回復や補助のスキルを会得しました。それがこんな形で何も出来ずに力不足を呪う事になるとは思いませんでしたよ」
話ながらレイテは長い髪を垂らし目に光は消えていた。その時の情景を思い出しているのだろうかここまでレイテが絶望した顔なんて初めて見た。
「僕は何も出来ませんでした。その後は何も出来なかった僕を民は許しませんでした。未だに根深く蔑まれているのも仕方が無いのです」
「わかるよ。俺も力不足でずっと悩んでる」
「君にはまだわかりませんよ。癒し手の僕は民に対して即時回復魔法を唱えました。ですが直後に斬られ、僕に治されて、斬られ、治され、それでも何とか助けようとしてました。しかし回復魔法を続けられた民は頼むんです。死なせてくれと。……うわあああああああああああああ!!!!!」
震えるように蹲って叫び続けるレイテに対してどうやって声をかければいいのかわからなかった。永遠に痛みと苦しみと死を味わわされる民の気持ちもわかるが、癒し手としてそれしか出来ないレイテの気持ちも大いにわかる。だがその現場に居合わせていないコナミですら、その状況がどれ程に凄惨なものだったのか感じられた。
「僕は悪魔の手先や穢れた人間として扱われ、実家であるこの教会は民によって燃やされました。その後破壊された中央に会った教会宮殿跡には新しい教会が建てられてフリューゲルが信仰対象としています。ですがフリューゲルは見た事もないはずの死後の世界の安泰を約束するだけで、奴は何もする事等せずジンライムの民を見殺しています!僕はそれが許せず民にバレないようにフードを被ってでも民の傷を癒して回っているのです」
「アイリの毒を治してくれたのもそういう事だったのか」
「そうです。コナミ君の腕も先程握った時に治しておきましたよ。僕の取柄はそれしかありませんから。それしか、それしか民に返す事が出来ませんから」
確かに気が付けば腕を振り回せる程には右腕が回復している。悔しさのあまり唇を噛み血を流すレイテに対してコナミは迫った。
「一緒に闇の使者を倒しに行かないか?ウチは頼りになるアイリや最近仲間になった獣人のアルマもいる。むしろ癒し手がいなくて困ってたくらいなんだ。頼む」
レイテはきょとんとしたままコナミを見ていたがすぐに目に光は消えた。
「僕は、どこにも行けませんよ。イヴやメサイアも一緒です。あの災厄から民に返せる事なんてこれしかありませんから」
「イヴも同じことを話してたな。だったらこの街を変えよう。なんかここも随分風変わりな奴が多くないか?」
レイテはガバッと立ち上がり目に光が戻ってきた。
「そう!そうなんですよコナミ君!よくお気づきです!フリューゲルが民を救う為に来てから大きく変わり過ぎています。目に光が宿っていないというか、心をどこかに置き忘れているような。とにかく僕は君のような人を待っていたんですよ」
「え、え、ええ!?」
急なテンションの上がり具合に付いて行けずコナミは動揺した。
「一緒にフリューゲルの闇を暴きましょう」
「ああ、いいぜ!その後仲間になってくれるならな!」
「それはありません」
「ちくしょー!」
ともかくレイテの言うフリューゲルの闇を一緒に暴く事になった。しかしてレイテの目の輝きは目的を持ったからなのだろうか、あの頃共に冒険をしていたレイテに戻った気がする。それだけでも一安心といった所だろうか。
単純に胡散臭い宗教なのか、それとも待ち受けるのは闇の使者なのか。
どんな闇が待っていようとレイテとなら光を見つけられるかもしれない。




