30. アルマ
説明された【英雄】の能力が発動された時に使用できる事は2つ。
能力発動時に即座に体力回復。圧倒的な破壊力。他にもいくつか能力はあるが使い方がまだ不明なままだ。
能力を発動した瞬間コナミの左腕は元通りになっていき身体は軽く力は沸き上がって来る。そしてウラノスから説明は無かったが身体の中をマナが行き渡る感覚が確かに感じている。
カラトはその姿を見て驚異と感じたのか凄まじい怒号を放ち地面が揺れ始める。カラト族は猛スピードで突っ込んで来たがハーベスト戦同様見えなかった動きが見える。
「なんじゃと!」
闘牛をいなすの様にスルリと避けられた事にカラト族は驚いていた。ただ避けただけなのにコナミの身体は鈍く軋む音が鳴る。この様子では攻撃したら多分骨ごと折れる。何としても相手の体力の消耗だけに専念するんだ。
「避けるでない!」
怒り新党で飛び込んできたが攻撃のタイミングに合わせて身体を捻らせるだけで簡単に避けられた。ただし肉体にはねじ切れるような痛みが伴う。どっちの体力が消耗しきるかが勝負になりそうだ。
「貴様何者だ!我が同胞を撃った闇の使者と一緒か!!」
「闇の使者だって?違う!俺は闇の使者を撃つ為に旅をしている!」
カラト族は地団駄を踏みながら涙をボロボロと流して再度突っ込んで来た。その姿に一瞬気を取られたせいか避けるタイミングを完全に見失ったが、シガレットの頃の戦闘経験が反射的に雷のマナを身体中に纏わせた。
「雷光抜刀閃」
剣に力を入れたその瞬間だった。魔法剣:紅蓮剣は炎を纏い、更には雷のマナを結び結果的に魔導を作り出した。カラトの突っ込んで来た右爪とコナミの剣がぶつかり大きく火花が散る。剣を振った右腕の骨にヒビが入る感覚が伝わってくる。
「うわあああ!火!雷!火怖い!雷!ギャャアア!!!」
恐れて洞窟内の隅へ逃げ出すカラト族は獣人化が解けて人間の姿へ戻る。怒髪天だった髪は落ちボサボサの長い茶髪へと変貌した。服は全く来ておらず野生児の全裸の状態であった。
戦いが終わった事を悟るように【英雄】の能力が終わって行くのを感じた。その途端折れた右腕に激痛が走りだし心臓部がズキズキと痛みを覚えたがそれよりもアイリが心配だった。
「アイリ。アイリ。アイリ!」
アイリは気絶しているのか目を覚まさない。傷自体はそこまで深くないはずなのに出血が収まらない。
「その者は毒に蝕まれておる。吾輩の爪には毒が塗られていたからな」
カラトは体育座りをしたまま気怠そうに話す。
「毒だって……。解毒剤とか持ってないのか」
「無い。獲物を殺すのにどうして解毒剤を持っていよう。だが傷は浅いから1日は持つはずじゃ」
魔法都市プライベリウムへ戻ろうか。いや毒や呪いの類を専門とした神官クラスのヒーラーがいない。そうなると森を抜けた先の教会都市ジンライムに呪いや毒を治してくれる聖堂がある。
コナミはアイリを背負って教会都市ジンライムまで運ぶ事にした。身体中が軋み出し折れた右腕は既に紫色にまで変色している。
「待て待て待てお主!夜だぞ!外は危険だそこら中で魔物が待ち潜んでおる」
「うるせぇ。それでも行くしかないんだ」
やけくそな気持ちがあったが外へ出た。カサカサと木の揺れと共に大きく動き回る音。小さく低い獣の声も聞こえる。恐らく巣穴を警戒して出てきたスモウルベアだ。全ての敵が自分を狙っているのを感じた。
その時だった。上空からキラースパイディが突然降下してきた。
「キシェエエエエエエ!」
その声が号令の様に何体もキラースパイディが落ちてくる音が聞こえる。コナミは剣を構えたがマナが出ない以上魔法剣が燃える事など無い。じりじりと近付いてくるキラースパイディが闇の中で今にも飛びついてきそうな勢いだ。
「【英雄】!!」
能力発動の為に叫んだがまるで反応が無い。連発は出来ないのかそれとも発動条件があるのか不明だがこのままでは確実に殺されてしまう。
「仕方のない奴じゃ」
風が通ったかと思うと目の前でキラースパイディがバラバラになって死んでいる。それを見て怯むキラースパイディはカサカサと闇へ消えていった。先端がクルクルと曲がった長い茶色の髪が目の前で月明かりに照らされて舞う。
「吾輩が連れてってやる」
そこにいたのは先程のカラト族だった。あれだけ威嚇をしてきたカラト族に対してコナミは危険を感じていた。
「どうして?さっきまで人間は敵だって」
「話もしたくてな。ついでじゃ、ついで」
ふん。としたまま先を進むカラト族に仕方なく護衛を頼む事となった。襲いたいが恐れてる様子を見せる魔物達を横目に死の森を不用心な程直線状に進んでいく。
「お主は本当に闇の使者じゃないんじゃな」
「だから違うって言ってるだろ。それに俺は闇の使者を倒して英雄になるんだ。カラト族のお前はなぜ闇の使者の話に拘るんだ」
「吾輩をカラト族だからってカラト族と呼ぶな。吾輩はアルマドゥイア。アルマと呼んでくれて構わん。3日程前にカラトの神域に入る者がおった。そいつがカラト族を皆殺しにし焼き払った。その時そいつは高々と自分の名を言っておったわ」
「そんな事が…。そいつが闇の使者だってのか」
「そう。そいつは闇の使者ウロボロスと名乗っておったよ」
ウロボロス――――!
夢の中で恐怖のどん底まで落としてきた闇の使者の一人。名前を聞いただけでも吐き気を覚える程だ。圧倒的力の差。圧倒的狂気。死の感覚。息が続かない。息切れが――――。
「―――お主、大丈夫か?」
「ハッ、あ、ああ、大丈夫。それで、お前はどうして生きてるんだ」
コナミは大きく呼吸をし直し質問した。自然と顔を上に向けるアルマの頬をツーッと涙が通る。
「逃げた。逃げ出したのじゃ。村の中で最も強く気高く誇り高い戦士である兄が何も出来ず目の前で殺されてしもうた。恐ろしかった。怖かった。そう思った時には足が外へ逃げ出していた。村の何人かも逃げたようだが行方はわからん。無力で無能な吾輩は勝手に人間を憎み、苛立ちながらここまで逃げおおせてしまったわけだ。滑稽な話だろう。笑えるだろう。ぐすっ」
一体ウロボロスはどこまで強いんだ。アルマですらあれ程の強さだというのにカラト族全員ですら歯が立たないなんて。恐らくシガレットについて多く知り、大量の言霊を手に入れたのだろう。
アルマはボロボロと涙を流しながら自分の弱さを悔いていた。その気持ちは今のコナミにとってどれだけも共感できたせいかコナミも貰い泣きをしてしまい涙が止まらなくなった。それを見たアルマはギョっとした表情をする。
「おお、お、お主、なんで泣いておるんだ」
「わかるぞ、わかるぞ。アルマの気持ちはよくわかる。俺も弱くて力が無くて、今だってアイリを救えないから助けを求めてるんだ。それでも俺は闇の使者を全員倒す。みんなに助けて貰いながらかもだけど、前は向いてなきゃいけないんだって、約束したから」
するとアルマは前から抱きしめてきた。全裸のせいか色んな節々が当たる上に腰やら右腕が痛み悲鳴をあげる。
「お主ぃイイ奴だなぁ!ぐすっ。あい分かった。お主の仲間にはすまない事をしたが必ず連れて行こうぞ!そして共に闇の使者を倒すのだ!カッカッカッ!!」
「いーでででで!わかったわかった!わかったから!離れろ!!そして服を着ろ!!」
「カッカッカッ!!よいではないか!よいではないかー!」
月明かりに照らされたアルマの笑顔はとても可愛く、暗い森を照らす程眩しく見えるのに悔しさと怒りを隠しているのが見えた。死の森を通り過ぎる頃には朝日が眼前迎えていた。
そして、目的地である教会都市ジンライムがその姿を見せる。




