91. 疑念疑惑疑問
診療所の部屋の中は大きな鐘の周りにいくつもの小さな鐘があり優し気な音が奏でられている。大きなベッドが中央にひとつあるのみで診療所と呼ぶには設備不足に感じた。
「そこに寝ろ。アトラスはプライオネを呼んでくれ」
「既に呼んであります」
「やっほー!あれれ、大丈夫?痛いよね〜。今すぐ治してあげるからね」
鳥の仮面を付けた少年プライオネ・ルクタリシアがニコニコ笑顔で立っていた。エレクトラは上向きで寝ているククリのお腹に手を当てて呼吸を大きく吸った。
「消えゆく微かな星に恵みあらん事を———アルコル」
プライオネがククリに聖属性のマナを注ぎ込むとみるみるうちに回復していくのが分かる。先程まで激痛だったのに既にほとんど完治していた。
「ありがとうプライオネ。聖属せ……星の加護って便利なんだな。人によって能力とか異なるのはなんでだ?」
「えへへ、どういたしましてっ!僕にも詳しく知らないな〜。オリオン様なら詳しく知ってるかもだから聞いてみるといいよー!」
プライオネはアルキオーネにぺこりと頭を下げるとタタッと走りながら駆けて部屋を出て行った。恐らくアルキオーネの怖い顔立ちを見て危機を察知したのだろう。先に切り出して疑念を晴らした方がいいだろう。
「アルキオーネ、今回の一件は———」
「分かっている。タエギエタが持ち掛けたのだろう。あいつは闘いにおいて相手の力を試さずにはいられないからな。君の力を見誤り、君の力を超えようとした結果聖蝕までいってしまった。マイアがメローペの事を気に入らなかったのも知っていた。今回の件に君たちが悪い部分は無いだろう」
胸を撫で下ろしたククリだったがアルキオーネの手は拳を強く握られていた。
「だが10年近く共に魔物と戦い続けた戦友でもあった。私がもっと早く止めていればこんな事にはならなかったのかもしれない。メローペに当たるのも良くない事は分かっているが私を呼んでくれていれば……」
「ごめんなさいなの……」
「ああ、いいんだメローペ。すまなかった。ところでプレアデス聖騎士団に君を任命せよとの事だが君は帰る術を探している。だからこそ気乗りはしないのだがオリオン様の命令だ。また仮面についてはこちらで検討させてもらう。まずはオリオン様に会いに行ってくれ」
「あのさ、アルキオーネ」
「いいから行くんだ」
タエギエタとマイアは確かに気に入らない奴らだった。だがアルキオーネにとってはルナやユン、王都にいる仲間と同じ戦友だったのだ。話しかけないで欲しくなる理由も頷けよう。
ククリは何も言わず診療所を後にした。振り向くとアトラスがアルキオーネを抱き締めている姿が見えた。きっとアルキオーネは仲間想いで信念の強い本当に人が良い団長なんだ。だからこそ仲間として団長として重く圧し掛かっているのかもしれない。
聖宮に到着したククリは扉を開くと円卓の真ん中奥に座るオリオンの前にした。一緒に着いて来たメローペはオドオドしながら案内しろと言われた任務もありどうすればいいか分からずにいる。
「いらっしゃいククリ。まずは掛けたまえ。メローペもそこにいていい」
ククリとメローペは扉から最も近い手前の席に座る。オリオンはゆっくりと深呼吸して話し始める。
「さて早速だが質問とさせてもらおう。ーーーーー君はどこまで知っている。未来から来たと言っていたが一体"どこ"の未来から来たという質問だ」
かなり威圧的な物言いだ。殺意は無いが敵意は明らかに感じ取れる。オリオンというのがプレアデス聖騎士団にとってどれ程の存在かは大きく知らないがメローペは緊張の余り下を向いて動かない。
「俺は仲間を救う為に極刑の紐と星の欠片を探しに夜天街フォーマルハウトへ向かった。夜になって急に祭りが始まって、気付いたらここにいた。何言ってるか分からないけど本当にそれしか言い様が無いんだ」
「なるほどなるほど、合点がいった。次の質問だ。ククリは君が元いた未来の世界をどう思っている」
余りにも素直に納得してもらい逆に気味が悪い。もしかしてオリオンもまた未来から来たかと疑ったが、ククリは過去に飛ばされただけでオリオンは年齢的にも飛ばされてる気配はない。
「戦争が相次いで起こり世界は終わりを迎える一歩手前にある。俺はそれを何とかする為に旅をしているんだ」
「ふむ、全て理解した。では最後の質問だ。君はどうやってここに来た」
何かがおかしい。アルキオーネのククリに対する疑い方とオリオンがククリに聞く質問は明らかに異なっている。不信感を抱いたククリはメローペの名前を出すのは止めておいた。
「……分からない。だから戻る方法も検討が付かない」
「相分かった。全て理解した。では明日、プレアデス聖騎士団任命式を執り行う。ククリくんはお疲れの様子だろうし今日はゆっくり休みなさい。部屋は一旦客室を使うといい。メローペ、案内頼むぞ」
「ひゃ、ひゃいですなの!!」
出来の悪い人形の様に関節が動かずギコギコと歩くメローペに付いて行き部屋を後にしようとした。その時どうしても質問したかった内容を堪えずにいたククリは口を開く。
「オリオン…様はステルスヴァインの始祖なんですよね?」
「もちろんそうだ」
戦闘中あれだけお喋りだったオリオンは簡単に説明を終えるとそれ以上は話すつもりは無さそうだった。全てに疑問が残るからこそオリオンは信用できない。
「緊張したよなメローペ」
「怖かったなの。緊張したの……」
まだカチコチのメローペに案内されながら客間の前に到着するとアルキオーネが一人そこに居た。
「メローペ、少しだけククリを借りてもいいか」
「……わ、分かったの」
メローペはトボトボと歩いて何処かへ行くとアルキオーネはククリに部屋に入るように目仕草を送った。部屋の中は美しい装飾が散りばめた部屋で全く落ち着かない。ただベッドに机に棚だけと泊まるだけの部屋になっている事は確かだ。
「オリオン様と話したか。どうだった」
「どうって言われても未来の事についていくつか質問されただけで……」
「そうか。では大声をあげるなよ」
アルキオーネはククリの口を塞いで壁ドン状態のまま口元を耳に近付けてきた。ふわりとイイ香りが漂う中、今現在一体何が起きているのかククリには理解出来ずにいた。
「これはククリにしか話す事の出来ない内容だ。他言無用で頼むぞ」
「……ああ」
心臓の音が聞こえる程に緊張した場面でアルキオーネの静かな声が耳を伝う。
「私の記憶が正しければオリオン様は死んでいるんだ。なのに先程急にオリオン様が生きている記憶と摺り替えられた。何を言っているのか分からないだろうが兎に角聞いて欲しい」
ククリの心臓の音が緊張ではなく不安の音に変わっていく。歪で危険な感覚が全身に伝う。
「私にはオリオン様と呼ばれる"アレ"が一体誰なのか分からない」




