23. 神命
コナミはハーベストに対して剣を真っ直ぐ構える。
アイリがあの構えからフィルスにしか使えない剣技を出したという事は技の発生には構えがトリガーになると考えた。元々のシガレットが繰り出す最強技は真っ直ぐに剣を構える所からだった。
「おうおう何をする気だぁ?おめぇさんよぉ!!」
「頼む、出てくれよ!!秘剣・神龍閃!!!」
剣を思いっきり振り下ろすが空振りするだけで何も起こらない。結局技に必要なマナが無いから構えから発生はやはり不可能だ。だが娘とはいえどもフィルスにしか使えない聖属性のマナとあれ程のマナ量を放てるとは思えない。一体どうやって―――――。
「チッ。神命すら貰ってねぇ奴が図に乗るんじゃねぇよ」
瞬きをする間もなく飛び掛かってきたハーベストはコナミの腹に向かって殴りかかってきた。内臓が潰れるような鈍い音が鳴り、何が起こったのか理解が追いつく前にコナミの身体は吹き飛ばされて本棚をなぎ倒していく。更にその直ぐには重い痛みが身体中を走りだす。
「コヒュー……コヒュー……オェェエエアアアアア!!!」
息が出来ない。そもそも息を吸おうとすると肺が痛い。
だが胃の奥から溢れ出る程ゲロと血が入り混じったものが吐き出される。身体を捩る程の激痛が走るが動かせば動かす程身体に痛みが走る。コナミは血を吐きながら目の前に倒れるアイリを見た。
「ゲボォエ……俺が……俺がアイリを守るんだ……俺がアイリを守るんだ!!」
「威勢はいいがよぉそのままじゃ確実に死ぬぞ。神命の力も無いままおめぇさんがこんな所で死ぬなんて勿体ない事するんじゃねぇ。今なら助けてやるし死ぬ事はねぇよ。一緒にシガレットを救おう、な?」
コナミは痛みに震える身体で剣を支えに立ち上がった。動くたびにあばら骨が肉に刺さって痛い。
「俺が……アイリを守るんだ。イヴも……メサイアも……みんな俺の大好きな友達なんだ。だから……俺は……」
「はぁ。もういい。死ね」
――――言い終える事も出来なかった。
ハーベストは突進と共にコナミの顔面を幾度となく殴打してその後に蹴り飛ばした。コナミは壁に衝突して血を撒き散らしたが痛みすら感じない。ただ溢れ流れる血が風呂に浸かっているように温かかった。
コナミは、そのまま光を失った。
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真っ暗な闇の中、コナミは体育座りのまま小さく蹲っている。
死んだ。何も出来ず死んだ。威勢だけでは何も変えられない。誰も守れない。今までの人生ゲーム以外何もしていないのだから当然と言えば当然。所詮この程度だ、と思い知らされた。
そこにまたドロドロした【何か】が現れた。今までは直ぐ手を出してくるが、目は無いが何かはこちらを見つめている。可哀想に思っているのだろうか、哀れに思っているのだろうか、呆れているのだろうか。どういう感情なのかわからないが何もせずこちらを見ていた。
コナミは口を開く。
「引きこもり歴5年。ゲーム以外コミュニケーション取れずにリアルではみんなから邪魔者扱いされて社会的にもゴミ同然。そんな俺に何がなせる?異世界に来たって結局リアル。俺には何もできないのさ。身の程知らずもいい加減にしろってもんだよな。結局俺は誰かに認めてもらいたかっただけなんだ。俺の存在を必要としてくれてるってそれくらいで良かったんだ」
『だが……弱いお前を誰が必要とする?』
ドロドロした【何か】はそう問いかける。それ以上もそれ以下もない最も過ぎる意見。それは死と共に痛いほど痛感させられた。
「力の無い奴には誰も守れないし誰も救えないし必要とされない。だからみんな死ぬんだ。俺のせいで、みんなみんな死んでしまう。俺が情けなくて弱くて……くそ。くそ!!俺はどうしてこんなに弱いんだ!!!どうして!!うわあああああああああああああ!!!!!!」
時間をかけて強くなればいい。そんな風に思っていた。
冒険しながらレベルアップして【英雄】になるまで頑張ろうとそんな風に思っていた。
現実は違う。突如ラスボス級が現れて全滅しました。
その日、その時、その場面で強くなってないと意味なんてない。勝てなかったら、死んだら、頑張ってきた努力も意志も全てが意味なんてないんだ。
泣きながら叫ぶコナミに【何か】は手を伸ばしてきた。
『力は、ここにある』
コナミは迷う事無くその手を掴んだ。
自分が闇の使者だっていい。その後アイリやみんなに殺されたっていい。
――――だから
「よこせ!!その力を!!」
甲高い声でケタケタと笑う【何か】はコナミの手の中に急速に吸い込まれていく。
『お前の神命は、【英雄】だ。叫べ!お前の真の力を呼び覚ませ!』
「俺は!!!」
―――――――――――――――――――――
「【英雄】!!!」
自分でも信じられなかった。バラバラに砕かれた骨は治って行き、飛び散った血が時間が遡るように身体に戻って行く。更に今まで感じた事の無いレベルの力が沸き上がって来るのを感じる。
「生き返った……?おめぇさん、もしかしてついに神命を貰ったな?やっぱり闇の使者じゃねぇか。おめでとうコナミ。一緒にシガレットを救おう」
「黙れ」
コナミにもう恐れはなかった。あらゆる敵を目の前にしても魔王を相手にした時だって。あれ程脅威に見えたハーベストですら今では心は落ち着いている。
「俺は闇の使者を全て殺してもう一度世界を救う英雄になる」
「なんだよ。わかってくれたかと思ったのによ。仕方ねぇ。おめぇさんが理解するまで殺してやる」
呆れて溜息をついたハーベストは同じように殴りかかってきた。先程までまるで見えなかったハーベストが今ではハッキリと見える。コナミは自分の身体とは思えない反射にも近い素早い動きでハーベストの拳を避けた。
「馬鹿なッ!」
まさか避けられると思っていなかったハーベストは全力で振った拳のせいか体勢を崩す。それを見たコナミは鞘に納められた剣をしっかりと握って腰を落とすと、身体の奥底からマナが溢れ出てくるのを感じた。
電撃が走るような速度で繰り出されるその技は、【英雄】シガレットが最もよく使用していた技で一撃が最も速い
『さぁ、お前の能力を見せてやれ』
「雷光抜刀撃」
ズギャアアアアアアアアアアア!!!!
体勢を崩した状態では受けきれる訳もなく、ハーベストは反射的に左手でガードしようとしたが腕を切り裂いた後直接その身で受けた。ハーベストの骨を砕き、身体は吹き飛んで行く。今度は逆にハーベストが壁に激突した。
「ガハァ!!!!」
通常なら身体を真っ二つに切り裂くつもりだったが、コナミには筋力が足りずむしろコナミの右肩が外れてしまった。
「はは……はっはっはっはっは!すっげぇ!おめぇさんの神命は闇の使者では使えないマナを使用する事ができるのか。こいつは驚いたが、筋力のない上にそんな剣では俺には勝てないな。もっとだ、もっと見せろ!俺も全力でおめぇさんを討つ!」
そう言い放つと今までとは考えられない速度で突進してきた。
その速さに避けるのが少し遅れたのかいつの間にか横腹に肉を削ぎ落されている。更には神命が回復してきたのか崩れた本棚の本をいつの間にか剣で変えて持っている。
そのまま凄まじい速度で剣を揮うハーベストの攻撃を左手に持ち替えた剣では受け流すのに精一杯だった。
剣同士が交わるだけで大量の火花を周囲に散らしていた。もうコナミの体力はデッドゾーンのギリギリで心臓部がえぐられる様な痛みを覚え始めている。能力の副作用といったものだろうか。
「いいぞ、コナミいいぞ!今のおめぇさんは素晴らしい!強化もされてない神命を貰っただけでそれ程までの力!やはり俺の目に狂いはなかった!」
「うおおおおおおおおおおおお!!!」
瞬きすら許されないまるで殴り合いの喧嘩の最中、コナミは光のマナを込めて一瞬だけ剣を光らせた。ハーベストが光に目をやられたその一瞬を狙って繰り出す風のマナによる応用技。コナミは剣を逆手に持ち替えて高く飛んだ。
「ぐあっ、目がッ」
「風神乱流撃!!」
ハーベストが目の前を見えていない今が絶好のチャンス。コナミは身体を大きくねじり横回転のまま頭目掛けて斬り込んだ。その速度はかまいたちの様に鋭く速い。だが――――。
「えっ?」
ハーベストの頭に剣が触れた瞬間、剣はただの木の枝へと変わった。何が起こったのかを理解する前に手に持っていた木の枝は呆気なく折れてしまう。
「危ねぇ危ねぇ。回復してきた神命を削っておめぇさんの剣を【変化】させなかったら死んでた所だ。そんでもってこの左手も神命を使えばっと。ほれ、元通り」
ハーベストは折れた木の枝を拾いあげて左腕につけると、木の枝は左手に変わり斬ったはずの左手は完全に再生した。
「斬ったはずの手が、そんなっ、嘘だろ。うっ!なんだ?ゴホォ、うがああああああああ」
コナミの能力が切れる同時に体中に今まで味わった事の無い痛みが走った。先程ハーベストから受けた打撃の痛みとはまた違う。身体中の筋肉がねじ切れる程の痛み。更には反動のせいか心臓部に強烈な痛みが走り出す。
そもそもゲームキャラの動きをリアルの人間、しかも大して運動もした事のないニートが無理な動きを幾度もしたせいで筋肉は激しく痛み、気が付く前に千切れていたんだろう。コナミは立ち上がる事すらままならず地べたに這いつくばった。
「おめぇさんの神命が底をついたか。俺の【変化】の神命、すげぇ便利だろ?細かい物に変化させるのは多少時間がかかるけど、簡単なものならある程度の質量をどんなものにも、どのタイミングでも自由自在に変化させる事ができる。小娘から受けた技も身体を強靭な闇の肉体に変化させる事で光をギリギリ相殺できた」
「ゲホォ…。お、お前の目的は一体なんだ。何がしたいんだ」
ハーベストは魔物のような身体をゆっくりと元の人間の身体へと戻しながら話し始める。
「じゃあ、ゆっくり話をしようか。魔法都市プライベリウムの魔法図書室で言霊を集めようと兵士の身体になれたは良かったが魔法結界で侵入すら出来なかった。考えてる最中、城内からリン王女が単独で出てきたと同時におめぇさんがすげぇ速さで突っ込んできたのも見えた。マナも使わねぇであんな能力見せられておめぇさんが闇の使者だって分かったから2人で話したくなったのさ」
「初めからリン王女が狙いじゃなく、殺しも目的じゃなく、話しがしたかったってのか……」
「そうだって言ってんだろ?おめぇさんの目的が闇の使者を倒すって聞いて笑っちまったが、その時自分自身が闇の使者だと気付いてない事に気が付いた。だから丁寧に教えてやったろ」
「なる……ほどな。はー……はー……リン王女とメサイアはどうしてる……」
「今はリン王女と一緒に王室に閉じ込めてある。魔法が使用禁止の部屋に鉄の部屋に変化させてるから出る事はできねぇよ。あの小娘があの格好で魔法使いじゃなく力馬鹿の剣士ってのには気付かなかったけどな」
「………」
今はとにかく時間が必要だ。アイリがふらふらと立ち上がって魔法図書室の階段を上がって行くのが見えた。もしかしたら、とコナミは真意に気付いて賭けに挑んでいる。
「とにかくおめぇさんは闇の使者で、俺と同類なんだ。な、大人しく仲間になれ。そしてシガレットを救うんだ」
「シガレットを救うってどうしたら救えるんだ……」
もっと話せ。
「もう一度この肉体で受肉させてもう一度災厄を引き起こす。英雄共の仲間を全て殺して彼の目的を果たす」
もう少し、もう少しなんだ。頼む。
「一体なんの復讐なんだ……」
「復讐は復讐さ。俺が集めた言霊からすればシガレットは可哀想な奴だ、本当に可哀想だ。楽しい思い出は全て噓にされ、救いの手も伸ばせずただ孤独に操られていた。だから――――」
ボゴオオオン!!!
どこからか凄まじい音が聞こえ、地震でも起きたかのように城内は揺れる。ハーベストは破壊音に驚いて音の鳴る天井へ振り向いた。
そのたった一瞬の出来事だった。
ハーベストと倒れたままのコナミの間に立っている者。
それは世界最強の魔法使い【大魔導士】メサイアだった。




