22. 闇の使者
ハーベストはコナミたちが読んでいた【英雄シガレット】と書かれた絵本を手に持ちながらこちらに歩いてくる。だが殺意や狂気といったものは一切なくニッコリとした笑顔の姿がより不気味さを演出していた。
「コナミ、おめぇさんと二人で話がしたくてな。少しの間だけお仲間さんには会えなくさせてもらった。おめぇさんは言霊をどれくらい集めたんだ?」
「ことだま……?」
そういえば闇の使者・ウロボロスも【言霊】と言っていた。まだ闇の使者について知らない事が多すぎる。ディバインズオーダーで長時間プレイしてきたがそんな言葉を一度も聞いた事がない。
「やっぱりな。おめぇさん何にも知らねぇわけだ。改めて初めましてコナミ。俺は闇の使者・ハーベストっていうんだ宜しくな。おめぇさんが倒すって言ってた相手は、この俺だ」
やはり闇の使者――――!!
コナミは剣を抜いたがその手はカタカタと震えが止まらない。夢とはいえ同じ闇の使者・ウロボロスにあれ程の力の差を見せられた挙句、無様に殺されて死の恐怖を植え付けられたばかりだ。
心臓がバクバクと鳴る。
落ち着け。落ち着け落ち着け落ち着け。
そう唱えれば唱える程剣の震えは止まらない。
だがハーベストは慌てたように手を横へ振っている。
「待て待て、落ち着けよおめぇさん。俺は話がしたいだけなんだ。殺し合いなんてするわけねぇだろ?それにちゃんと全部教えてやるよ。【言霊】についても、【神命】についてもな」
ハーベストは手に持った絵本を高く投げた。すると投げた本は剣へと変化して落ちてくる。
「まずこれが俺に与えられた【変化】という【神命】だ。神命には闇の使者個別の能力が与えられる。何もかもを自分の好きな物に変化出来るみたいでこの兵士に成り代わったのも神命による能力だ」
それを手に取るとまるでブルー・スリーのヌンチャクの如き凄まじい速さで剣舞を見せる。マエストロ戦やフィールドにいる雑魚敵とはまるで違う。
だがハーベストは剣をまた本へと戻したハーベストは敵意の無い事を見せるように手を広げて見せた。コナミもその動作に応えて剣を鞘へと戻すがその剣を握る手だけは緊張から固まって動かない。
「つまり神命ってのは能力のようなもので、ハーベストに成り代わっていたのもアイリの部屋のドアを変えたのもその能力って事か?」
「おめぇさんは物分かりが良くて助かる。成り代わりは外で魔物に襲われて死んでいた兵士の遺体から使わせてもらった。兵士は兜に変化させてたが、その後ロッカーに入れたのはおめぇさんに成り代わりに気付いてもらう為だよ」
やはり城内に侵入したのはコナミと一緒だったからだ。遺体が腐っていたのも全て合点がいく。ハーベストはその後本を指差して話し始める。
「そして重要なのは【言霊】。これは英雄シガレットが残した残痕の様な物だ。伝記や記憶、そういったほんの僅かな事でも一つ一つ言霊として与えられる。おめぇさんも泥みたいな奴と出会わなかったか?」
「あ……ああ、ドロドロした何かとは何度か会ってるよ」
「言霊を集めると【神命】はあの泥に強くして貰える。おめぇさんも言霊を集めて強くならなくちゃいけねぇ。この世界は狂いに狂っちまってる。俺たちは……何としてでもシガレットを助けるんだ……俺たちが、何としてでも……」
俯いたと思ったハーベストは涙目になりながら話す。中央のテーブルに座って悲しそうな表情をしたまま本をめくり始めた。
「俺たちがシガレットを助ける?……あいつが世界をめちゃくちゃにしたからこうなってんだろうが。そのせいでフィルスも殺されてしまった……許せるわけないだろうが!!」
「おめぇさんもこれを読んだのか。ま、この本を読んだだけじゃそうなるのも仕方ない。おめぇさんこれを読んでどう思った」
コナミは心臓がドキッとした。自分自身がシガレットだからこそこんな事していない、と答えるのが正解なのか、それとも友人であるフィルスを殺した事に対して許せないという答えを出した方がいいのか。
返答に迷いに迷った結果、どちらでもない回答にしか行きつかなかった。
「ひどいと、思ったよ」
本当はシガレットは何も悪くなくて実際やってもない濡れ衣や汚名を着せられた可能性もある。
別の捉え方をすれば厄災を本当に起こしたのであればそれはディバインズオーダー全体に対して酷い仕打ちだ。だからこれが唯一選択可能で無難な回答だろう。
「だよな。俺もそう思ったよ。これ程までに理解に及ばない本を見た事も聞いた事もない」
悲しそうな顔付きは憎悪に満ちた怒りの顔を浮かび上がらせる。その顔にコナミは恐ろしくなって後退りした。
【英雄】としてのシガレットを知っているから本の内容が全く違う事を示唆しているのだろうか。だからこそこんな事はしないって言ってくれるのだろうか。コナミは期待を含みながらハーベストに問いかける。
「ハ……ハーベストはシガレットを知っているのか?どれくらい知ってるんだ?」
本が変形する程強く握り締めて俯きながら話すハーベストは溜息交じりに話す。
「まだ俺も言霊を集めきってないから何ともだな。だけどシガレットの記憶を見たんだ。シガレットはただの操り人形だった。有り得ねぇだろ?操られた状態で自分の父親を自分で殺してしまうだなんて」
「――――――は?」
コナミが知る記憶とは全く違う内容のシガレットについての記憶が飛んできた。
何が真実で何が嘘なのかもうさっぱりわからない。だが、ハーベストのその目は全く噓偽りを話しているようにもわざわざコナミを騙そうとしているようにも見えなかった。
「自分の親を殺した?お、お前は何言っているんだ?」
「だが真実なんだ!それに俺はやっと仲間を見つけたんだ!おめぇさんと協力してシガレットを救うしかないんだよ」
「どうして俺がどうして言霊を集めなきゃいけない!それじゃあまるで俺が……………俺が?」
ふと考えた真実に身の毛がよだつ思いだった。
一体何を言おうとした?俺が、まさか、いや、そんな。
違う違う違う!!!!!!
「そうだよコナミ。おめぇさんは【闇の使者】だ。その為にこの世界に召喚されてシガレットを救う為のシガレットの分身。それがおめぇさんだ」
有無を言わさず全てを言われてしまった。
認めたくない。認めたくない。認めたくない。
違う違う違う違う違う違う違う違う違う!!!!!!!!!
「違う!俺はただの、平凡な人間だ」
「おめぇさんは闇の使者だ。泥を見てるってのも俺と同じくマナが使えないってのも証拠だ」
「黙れ」
「おめぇさん、いきなり知らないとこで目が覚めなかったか?」
「黙れ!」
認めたくないが故に興奮状態が抑えられない無我夢中でコナミは剣を抜いた。すかさずハーベストは本を剣に変えてコナミの剣を受け止めた。。
ガキィィィン………
だが、勝負と呼ぶにはあまりに脆く、あまりに呆気ない。たった一撃だ。
響き渡る金属がぶつかり合った音と共に容易く剣を弾き返されたコナミは茫然と立ち尽くす。
自らの力の無さにコナミは涙を流す。
弱い事が罪だと知った。
何の意見も通せず自らの生死にすら選択権を与えられない。
「殺しゃしねぇよ。だけど別に俺自身が言霊を集めきってシガレットを復活させたっていいんだぜ?神命すら分からねぇおめぇさんに俺は倒せねぇよ。いいから落ち着いて聞け。俺と一緒に協力してシガレットを救うんだ」
「俺は違う。俺はあんな事はしない。俺は……俺は!」
ボゴオオオン!!!
凄まじい音と共に魔法図書室のドアが突如破壊された。ハーベストは不意な事に後ろへ飛び退く。
「また泣いてるデスかコナミさん。困った人デスね全くコナミさんは全くデス」
「アイリ……ッ」
その姿はまさにピンチを救いに来た英雄だった。
アイリは安心させるかの様に笑顔を見せて歩いてくる。
「ちっこい魔法使いさんよぉ、おめぇさんどうやって出てきたんだ。そもそも客間の空間も図書室も全て鉄に変化させた。それにおめぇさんは魔法は大して使えないはず……!!」
「ん?普通にドアを叩き割って出てきたデスよ」
その一言に場が凍り付く。
一瞬キョトンとしていたハーベストはハーッハッハッと腹を抱えて大笑いした。地面を何度も殴って笑い転げてたかと思うと急に中央のテーブルを蹴り飛ばした。
「そんな事出来るわけねぇだろうがよぉ!おめぇさんのそんな細い腕で!それにこっちはまだコナミと話し終わってねぇんだ。邪魔してくれるんじゃねぇよ」
「うるさいデスね。コナミさんが剣を奪われてべそべそ泣きながら話してる内容なんてどうせろくでもない事デスよ。文字通り邪魔させてもらうデス」
ハーベストは殺気に満ちた顔付きで剣を振り回し始めると風切り音がするだけで全く剣が肉眼で捉えられない。
「邪魔出来るものならやってみろ」
凄まじい威圧を目の当たりにしてもアイリは一切動じない。それどころか弾き飛ばされたコナミの剣を拾いあげる。
「アイリ、やめろ!いくらお前でも勝てるわけがない!アイツは闇の――」
「分かってるデスよコナミさん」
アイリの低い身長には合わない大振りな剣を真っ直ぐハーベストへ突き立てる。更にそこから腰を低く落とし、まるで太刀を構えるような体制を取った。コナミはこの構え方を知っている。
この構えはアイリの父親であり【剣聖】フィルスの構えだった。
「はああああああ!!!!!」
キィィィィィイイイイイイイイ!!
アイリは気合を入れる声を出すとコナミの剣は魔法図書室を包み込む程の光を放つ。辺りに散った光は急激に剣へと集中し始め、剣から響き渡る轟音が周囲の空気を震わせて本棚が次々と倒れていく。ハーベストはその異常さに後退りする。
「なんなんだ、なんなんだその光は!ちっこいの……お前は一体!!!」
先程まで威勢が良かったハーベストも危険を悟ったのか剣を大盾に変化させて防御の体制を取った。
その瞬間、音は止まる。全ての光はその剣へと集まった。
「秘剣・聖光斬!!!」
たった一撃。光を纏う剣を振っただけ。
光を纏った剣閃はレーザービームのように飛んでいく。この技は剣聖フィルスだけが使える剣技であり、世界中でフィルスのみが使える【聖属性】のマナを凝縮して後放たれる光は一撃必殺とも言える威力を誇る。
ドギャアアアアアアアアアア!!!!
光はハーベストの盾を破壊してそのまま魔法図書室の壁に叩きつけた。破壊される身体を幾度と無く姿形を変えてみせるが全てが無に帰る。
「うおあああああああああああ!この俺が、俺がああああああ!」
纏わりついた光はまるで炎に燃えているのようにハーベストの身体をボロボロと破壊していく。光と共に完全にハーベストは消え去った。アイリはそのまま崩れ落ちるように倒れてしまった。
「アイリ!!おい、アイリ!!」
呼びかけにも答えない。揺さぶっても反応もない。
急に身体を震わせながらアイリは咳込むと大量の血泡を吐いた。コナミはどうしていいのかわからずアイリを強く抱きしめた。
「あ、え?待って。待ってくれ。嫌だ、死なないでくれアイリ。俺にはお前が必要なんだ。頼む。ぐっ……嫌だ。アイリ……ッ」
その想いとは裏腹にアイリは震えたまま意識を失っていた。口から流れる血を拭うが止めどなく血を吐き出す。ボロボロと涙を流しながらコナミは抱きしめ続けた。
「ゲボォ……クソがクソがクソが。おめぇさんのお陰で神命の能力を全てを使っちまったじゃねぇかゲボォ……」
「嘘……だろ……?」
瓦礫から這い出てきたのはハーベストだった。だが明らかに別物。
身体は赤く染まり鱗状になっていて、肩からもう一本手が、角が2本おでこから生えている。まるで悪魔を具現化したような姿だった。それは怒声を放ちながらこちらへ向かってくる。
「小娘の光に耐性を付けた肉体に変化したせいで暫く元の人間の形に戻れねぇじゃねぇか畜生!ざけんじゃねぇぞおおお!!」
狂気とも言えるその姿を目にしてもコナミは一切恐れずにいた。
アイリはいつでも勇気をくれた。いつだって支えてくれた。恩返しくらいさせてくれよ。
「言ったよな、アイリ。闇の使者を倒して全部終わらせるって」
「俺を倒すだって?ふざけるのも大概にしろよおめぇさんよぉ!俺は今頭にきてるんだ。その小娘を切り殺して全部全部おしめぇだ!!」
コナミは剣を取る。
守る者がある。だから恐れない。
「ハーベスト!お前を倒す」
「そうかよ。だったらおめぇさんもここで死ね」




