2. 【霊剣】イヴ・バレンタイン
仰々しさすら感じる赤く輝く鎧に白いマント。更に通り名と同じ世界でイヴにしか扱えない霊剣が腰に携わっている。
まさしく昨日まで同じ仲間として一緒に旅をしていたイヴ・バレンタインだった。
霊剣のグリップを握ったイヴは冷たい視線を男たちに送る。
男たちは圧倒的な威圧に飲まれて息を飲み、コナミですらVR越しではなくリアルな迫力に腰を抜かしてしまった。
「な、なんだてめぇ。俺たちのじゃ…邪魔をするってぇのか……。ああ!?」
一人の男は威勢を取り戻して言葉を詰まらせながら発したが、もう一方の男は足をガタガタと震わせていた。
「こいつ、間違いねぇ。【霊剣】イヴ・バレンタインだ!逃げるぞ!」
そう言った男は走って全速力で逃げていった。
それを聞いた男も情けない声をあげながら後を追うように走り去ってしまった。
「怪我はないか、変な格好の少年よ」
ブラウンカラーの長い髪を耳にかけた姿は凛として美しく、キャラクリエイトが上手すぎるせいかコナミの知る中でこの世のどんな人間よりも綺麗な顔立ちをしていた。昨晩も一緒にダンジョンに出かけていたというのに、いざリアルな本人を目の前にするとこれ程までに大人な女性とは思わなかった。
それよりもイヴはログインした状態の姿形のままで、コナミだけがリアルな顔立ちや服装のまま異世界召喚させられた事にショックを受けた。それにイヴの喋り口調は今までと異なり、まるで国を守る騎士の様な話し方にも気になった。
「……ああ、助かったよ」
情けなく腰を抜かしてしまった事を恥ずかしく思いながら、差し伸べられた手に捕まって立ち上がった。近くで見ると童貞のコナミには眩しすぎる程に美しく見えてつい目を逸らしてしまう。
「ここ冒険都市ビルダーズインでは今少し荒れていてな。ああいう輩も増えてきてるんだ。ああいう困った連中を放置できないから私がたまに見回りにきている」
「そうなんだ、イヴも大変なんだな……。なんか喋り方もそうだし、雰囲気も変わったな」
今までのイヴはもう少し女の子らしく、こんな威圧感の強い女騎士の様な感じではなかった。これが成りきりってやつなのだろうか。だがその言葉にイヴは傷付いたのか暗い表情を見せる。
「そ、それよりどうなってんだイヴ!俺たち今ディバインズオーダーの中にいるぞ!イヴはいつ来た?俺ってば、ついさっき宿屋で目を……」
まるで外国語も話せないまま海外に単身で行き、初めて同じ国籍の人を見つけて興奮してしまった流浪の民のように話してしまった。イヴは困った顔をしてこっちを見ている。
「待ってくれ。私は、その、ある程度には名を知られているから君からすれば知っているかもしれないが、私は君と会うのはこれが初めてだ。まず自己紹介をしよう。私はイヴ・バレンタイン。君は?」
今の格好と言えば現実世界の顔に上下灰色のスウェット。
こんないかにも浮浪者が一緒に冒険を共にしていた英雄シガレットだなんてわかるはずもなかった。
「あ、悪い。そうだよな。俺はシガレットだ。オフ会開いてなかったから今の格好じゃわからないのも仕方ないけど――………え?」
コナミは頭が真っ白になった。
黒く研ぎ澄まされた霊剣はコナミの首筋にぴったりと止まっている。
男たちに見せていた威圧的な視線などとは違い、獣が獲物を狙うような凄まじい殺気でこちらを睨んでいた。あまりにも予想外な出来事に手も足も声も震えていた。
「まさか裏切者の名を口にするだけではなく、自らの名前をそう名乗るとはな。冗談でも言っていい事と悪い事があるぞ」
そう言い残すとイヴは霊剣を鞘に納めて去って行った。
あの猛烈な殺気を浴びてもう一度話に行く勇気なんてない。折角出会えたのに孤独感と寂しさから蹲ったまま状況判断が出来ず、コナミはその場でしばらく藻掻いた。
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今の冒険都市ビルダーズインはコナミがゲームで見た景色と少し街並みが変わっていたのに気が付いた。前まではなかったお店やあるべき物がない所などもチラホラ見られたりした。
だが、コナミにとって最も優先して目指す場所がある。それはギルドだ。
ギルドは冒険者として登録する事務所である。
冒険者は身寄りのない人や仕事を失った人などどんな人でも登録する事が出来る。
依頼された仕事をこなす事でお金に変わり、上級依頼等をクリアするとギルドが冒険者としての昇格をしてくれる。だが基本的な依頼は魔物の被害が多く、危険な仕事も多いためか死んだ人や失踪する人も多い。
コナミは通いなれた通学路のように街を進みながらギルドへ向かった。
ギルドは見た目は西部劇に出てくるサルーンの様な酒場の見た目をしている。コナミはギルドの木で出来た入口の扉を押した。
扉を開いたその先は報酬で得た金で酒を交わす人、依頼の難易度等で装備を整える算段を計画している人、依頼を受付に相談しに来る人など多くの声がわいわいと賑わわせる。人の勢いが全く変わっていない雰囲気にコナミは安心して溜息を溢した。
「いらっしゃい。珍しい恰好ね。冒険者登録にきたの?」
片手のお盆にビールジョッキを3杯持ちながらメイド服の女性が声をかけてきた。
急に話しかけられたコナミは声を裏返してしまう。
「ひ、あ、あ。お願いします…」
コナミは自分のコミュニケーションレベルが皆無すぎて恥ずかしくなってしまった。
「ふふ、なにそれ、ちょっと待っててね~」
メイドは少し笑った後にジョッキを酒盛りをしている男たちに持っていく。
あんな可愛いNPCがいた覚えはコナミにはなかった。
前まではカウンター越しにライラというメイド長のような大人の女性がいたはずだが何処にも見当たらなかった。ギルドも街並み同様に少し変わってるのかと思いながら空いている席に着いた。
複数ある丸いテーブルでみんなが談笑したり酒を飲んでいる。
シガレットの格好なら知っている人も多いと思うし一緒に楽しめたのではないかと、少し羨ましく思いながらもイヴの殺気と冷たい視線が頭を支配する。
「裏切者…。あれはいったいどういう事なんだろうか。俺、なんか悪い事でもしたのかな……」
深い溜息を溢しながら考えていた時、先程のメイドが一枚の紙を持って隣に座った。
「ごめん、遅くなっちゃった。私はここのギルドメイドをしてるフェイっていうの。よろしくね!ここ最近魔物が多くてね~困ってたんだ!冒険者は大歓迎だよ!」
「あ、ありがとうフェイ…さん」
ニコニコと紙とペンを渡すメイドのフェイにコナミは慣れない女性にたじたじだった。
なんせこのメイド、かなりキャラクリがしっかりしているのか近くで見ると相当可愛いのである。髪はブロンドのボブで整った顔つき、更にはメイドの服から零れそうな豊乳が目の前にあるなど引きこもりには人生で味わうことはないであろう女性が目の前にいる。
たじろぎながらもフェイに渡された紙に記載した。
項目は名前とそれに使用したい武器一覧項目に丸を打つだけの簡単な物。
住所不明でも職業として認められるのが冒険者のいい所だが、悪事を企む連中も勿論多い。しかしそんな連中以上に強い冒険者が多く監視している為、上手に治安は保たれている。そういった意味でギルドは浮浪者などの抑制にも一躍買っている、という設定らしい。
コナミは記載し終えるとフェイに渡した。
するとフェイは紙を持ってカウンター裏に行くと剣を持ってきた。
「おっけー、登録完了。よろしくね、コナミくん!それじゃギルド証明のカードと冒険者の剣渡しておくね。依頼は依頼ボードで受けられるからその時はまた声かけてね」
生の剣を生まれて初めて持ったが、思っていたより重くはなくシャベルと変わらない感じだった。恐らく老若男女問わず扱いやすいレベル1でも使える剣が冒険者の剣なのだろう。
ギルドカードも受け取ると、コナミはある事に気付いた。
「フェイさん、ギルド名簿とかってありますか?もしかしたら、その、知り合いがいるかもしれなくてさ」
イヴの言葉が気になってシガレットという単語は口に出せなかった。
フェイは「待ってね!」というとカウンターの裏から分厚い学級名簿のような本を持ってきた。
「フェイちゃーん!お酒まだー?」
「あーごめんね!すぐ持ってく!コナミくんごめんね、後でカウンターに返しといて」
フェイは忙しそうに駆け足でお酒を取りに行った。
コナミはギルド名簿に記載された名前をなめるようにシガレットの名前を探した。
「シガレット……シガレット……」
だが、そこに名前はなかった。




