36. 審問
『久しぶり……だね。アイリ……』
『えへへ。会えて嬉しいデス』
メサイアはアイリを撫でると嬉しそうにしている。身長も顔付きも変わっていないせいかアイリお婆ちゃんをそのまんま若返らせただけに感じる。
『ミクは……元気?結婚式……行けなくてごめんね……』
『大丈夫デスよ!今は王国騎士として、おと、フィルスさんの部下として働いてるデス!』
ミクという名は聞いた事があった。ククリの母の名だった。昔戦争で死んだはずだが同じ王国騎士だとは驚きだった。
『そう……。ところでお願いがあるんだけど……フィルスはどこに?』
『フィルスさんなら冒険都市ビルダーズインまで行かれているはずデスよ。同盟交渉を持ち掛けて何とか四都市全体を一つにしようと試みているそうデス』
フィルスの下にいるとなるとミクも同様に行っているだろう。そうなると王都ブレイブを守れる強者はアイリだけとなってしまう。つまり教会都市ジンライムへは行けないだろう。
『そうなんだ……。ちなみに……コナミはどこ?』
『多分いつもの湖にいるはずデスよ。あそこは神様に最も近い場所デスから交信を待っているデスよきっと』
コナミがあの湖にずっといるのはウラノスと呼ばれる神と交信する為だとか。本当に神様がいるのか分からないが神様の話だから3人だけの秘密と言っていたのはコナミとアイリとメサイアのようだ。この3人だけが神様と世界の真実を知っているのかもしれない。
『何かあったデスか?』
『実は………いや、いいの……。またねアイリ』
『はい、またデ、————』
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また霧がかかり次へと景色が動いていく、はずだった。
『きゃあああああああああああああ!!!!』
悲鳴が鳴り響く。大火で燃え広がる街で大勢の人間が殺しあっている。次に見えたのは大きな大剣を持った男ともう一人大剣を持った男が握手している。その一人は間違いなくフィルス・ステルスヴァインだった。
「なんだ?情報が乱雑に次の場面へ!!」
見えたと思いきや凄まじい速度で景色が流れ始めた。まるでフラッシュバックするかの様に音声と映像だけが一瞬映っては次の場面へと切り替わっていく。
『冒険都市ビルダーズインにて【剣聖】フィルスが死亡!!犯人はイヴ・バレンタインの息子のアレクサンダー・バレンタイン!!現在冒険都市ビルダーズインではイヴとアレクサンダーによる独立国家を作る為の内乱が勃発!』
フィルスがアレクサンダーに背中から刺されて死亡している。明らかに不意打ちとしか思えない一撃だった。
『フィルス様の仇はワタシが取ります。このミクが、必ず!』
『まだ子供が小さいんデスよ!やめるデス……もう、戦いに行かないで欲しいデス……誰も失いたくないデスよ……』
アイリの手を振り解いてミクは大軍勢を率いて闇の先へと歩いて行った。
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『アレクサンダーはイヴを討取り破城都市バルベルドを建国宣言!更には王都ブレイブから王国騎士ミクを率いる大軍勢を全て薙ぎ払った模様!』
『私が……何とかしなきゃ……。私が……何とか……』
メサイアの目は血走って今にも吐きそうな顔色を見せている。魔法の研究資料が周囲に積み重ねられ山積みとなっていた。
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『教会都市ジンライムにて内乱が勃発!【大司祭】レイテが討取られ新たな司祭が誕生!祭司ファダルの下に集まった民達と共に新たな都市である宗教都市ミレシファドーラが誕生!!』
『何とかしなきゃ……みんな死んじゃう……』
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『……悪い知らせだ。メサイア、ついに"種"が生まれてしまった』
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「ハッ!!」
目が覚めるとククリは手足を鎖に繋がれたまま王都にある審判室にいた。ここは裏切り行為があった者や悪行を働いた者を公式で処罰出来る場所に当たる。
「やっと起きましたか騎士ククリ。では審問を始めます!」
ファイアスは王の前で大きな声で審判を指揮している。その目は明らかに敵意を感じさせる目だった。
周りには王都ブレイブに住まう民や騎士が並んでいる。その中にアイリお婆ちゃんの姿も見られた為安心した。ロキとライボルグは心配そうな顔付きでこちらを見ていた。だがルナの姿は無かった。
「此度の戦い、ククリの祖母に当たるアイリが街を半壊させたのは事実です。しかしそれは破城都市バルベルドよりの使者メルルヘス・バレンタインの禁魔目録【支配】による影響として不問としました」
通りでアイリお婆ちゃんは民衆の中にいたのだった。一先ずは安心だろう。
「しかしメルルヘス・バレンタインはククリに付いてくるように支配をかけたと言われています。この理由について説明してもらおう!」
メルルは確かに破城都市バルベルドへの道を示したがそもそもなぜククリなのか一切不明だ。それに過去の記憶を覗き見たのもあって母であるミクを殺したのもバレンタイン家の人間だ。今となっては行くはずもないし、もしかすれば殺される可能性もある。
「理由は分からない。だが俺が破城都市バルベルドへ行く理由がない!母親をバレンタイン家に殺されているんだ!行くわけないだろ!!」
「ミクか。馬鹿な女だ」
ハイデリッヒ王は口を開くと大きく溜息を付いた。
「10年前の戦いで大軍勢を率いて大敗した結果、我ら王都ブレイブの戦力は一気に低下。更には魔法都市プライベリウムへの協力も必要としなくてはならないくらいまで追い込まれた。ある時アレクサンダーの軍勢が襲い掛かって来た時はアイリ様が居なければここは滅んでいた。だが全てはアイリ様の娘でありククリの母であるミクが原因なのだよ」
「10年……前?」
何かが不自然に感じた。今のククリは既に20歳であるが10歳当時に母親の名前を聞いた事がある程度で済むのだろうか。そもそもアレクサンダーが魔法都市への進行があった事も覚えていない。王都から離れた事は一度もないはずなのにどうして。
「王様」
「おっと、言い過ぎたかな。どんな形であれククリの母親には変わりないからな。すまなかった。だが今回の襲撃も含め破城都市バルベルドは独立国家として世界で最も強い国と言っても過言ではない。そんな国に亡命し協力されるわけにはいかんのだよ。それにタングは戻ってこず相手側に支配されたまま寝返ってしまった」
周囲の民衆も不安がった顔をしている。最強の防衛線である剣聖アイリが敵側へと支配され、騎士タングとその軍勢までもが失われた。更には禁魔目録以外にもアダムによって作られた聖典目録とかいう謎の能力も存在し、バレンタイン家4人に加えアレクサンダーも存命であるならばかなり厳しい立ち位置にあると言える。
「それで、俺にどうしろって言うんですか」
「誓うのです。騎士たるものこの国に忠を尽くし王の為に戦い抜く事を。この王都ブレイブ全体の前で誓いなさい」
王都ブレイブは怪しげな動きを見せているのは事実。ハイデリッヒ王もファイアスも信用なんて1ミリ単位ですらしていない。ただアイリお婆ちゃんにルナもここにいる。守らない理由がどこにもない。
「俺は騎士として王都ブレイブに忠誠を誓う!」
おおおお!と歓声が湧き立つ中で兵士がククリに繋がれた鎖を解いた。ファイアスは恐らく審判をするよりもククリ自身が王都の敵ではない事を民衆に対して証明する為に設けたのだろう。
「では行きましょう。作戦会議です!!民の皆様はご自身の家へお戻りください。兵士たちは各包囲網を崩さず厳戒態勢を常に徹底しなさい!」
ククリは覚悟を決めていた。次の戦いは今までで一番危険でこの先の未来を左右するものになる可能性を。そして探さねばならない。メサイアの過去の記憶の断片の続きを。




