28. 偽りの報告
王都へ戻る道中4人は終始無言だった。魔絶の書を前にコナミに完全敗北し、任務失敗の状態でトボトボと歩いていたからだ。そんな中で初めて声を出したのは既にアルケニオン砂漠に入りキャンプをしている時の事だった。
「私たち、殺されるのかな」
ルナはぼそっと呟いた。今まで任務を失敗した事がないロキもその言葉をどう扱っていいのか分からなかった。何せ今回は魔絶の書を目の前で逃して見す見す帰って来たのだ。
「分からん。だが隠蔽工作はした方がいいかもしれない」
ロキが放った発言にライボルグが反論するかと思ったがそれには賛成の様子だった。どの道王都は全ての禁魔目録の情報を知っているのであれば嘘は付けない。付いた時点で隠ぺいがバレる。
「だな。ルナマイアは怠惰、新入りは憤怒。この情報を全部王都は知ってたとしても、殺して奪うだなんて発想はないだろう。まして魔絶の書を開く鍵が禁魔目録を一つの魂に集約するなんて知れば僕様の暴食も知られて全員王様に殺されかねない。分かってなさそうな新入りに教えてやってるんだ。全く馬鹿なのかな?」
確かに禁魔目録が鍵と知っていても一つの魂に集約は思いも付かない発想だ。最終的にハイデリッヒ王が魔絶の書を開くのであれば誰かに奪われる前に殺しておくのがベストとも言える。
「ルナにその部分だけ記憶消させるとか?」
「はぁ、やっぱり馬鹿なのかな?これは超重要機密事項だ。知っているだけで殺される可能性だってある」
「内容を精査して吟味しよう。まず俺とライボルグは任務通りに事を進めるがコナミに敗北したとしよう。俺たちは魔絶の書を求めて交渉するが決裂。一瞬にして敗北し何が起きたのか分からず気が付いたら帰路にいた」
ロキの報告内容に不満があるのかライボルグは悔しがる表情を見せるが溜息ひとつで納得した。実際あの瞬足では何が起きたか分からないのも有り得ない話ではない。つまり嘘ではない。
「俺たちを尾行していたククリとルナだが身内という事もありロキ達を連れて帰れと言われる。ロキとライボルグの疑惑は特に無く通常通りに任務をこなしていたので問題はなかった」
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「報告内容は以上になります」
「ご苦労様でした。ククリさん、ルナマイアさん。ロキさんとライボルグさんは下がってくれて結構です。次に同様の任務が来た場合の為に修練を怠らないでください」
舌打ちしてライボルグは退出するが、ロキは扉を閉める最後の最後までこちらを見ていた。絶対に言うなよという忠告の視線なのか、心配で向けてくれた視線なのかは分からない。
先程まとめた書類をトントンと叩いて纏めるとファイアスはルナの近くへ寄った。
「ではルナマイアさん、一週間分のククリさんの記憶を消してください」
空気が凍り付いたのを感じる。言っている意味が全く分からない。ルナですら無表情のまま固まって動けずにいた。
「……は?一体どうして?」
「あのコナミさんという化物に接触したんです。身内柄で秘密工作かそれとも魔法でもかけられたか。いずれにしても報告出来ない不要な情報は消しておいて当然です」
「ルナ、やめてくれ。頼む」
「今すぐに、やれ」
ビクッとしたルナは指先に光を集める。この魔法は一瞬の事でどう回避していいかも分からない。ククリは言葉一つあげる事が出来なかった。ただ助けてくれ、嫌だ。と心の中では叫んでいた。
「嫌だ!!!」
ククリは言葉にして否定した。単純に我儘を言っている訳ではない。もしこの記憶を失ったら守るべき大切な物を守る手段や目的すら失ってしまう。
「今後の騎士としての活動に関わります。ん?どうしましたルナマイアさん、早くやれと言っているんだ」
また身体をビクッとさせたルナの指先は光を放つ。1週間分となると出かける前だ。この任務は多くの事があり過ぎた。それをいとも簡単に無くしてしまう。目の前は真っ白な光の中へ消えて行った。
『まったくうるさいのう』
突如として現れて忘却の光を遮ったのは大魔導士ルメイヤだった。忘却の光を絶妙なコントロールでファイアスに悟られないギリギリで遮っている。いつの間にか力を込めたせいかマナが指輪を伝ってルメイヤへ聞こえてしまったようだ。
『忘れたフリをするんじゃ、いいな。今から眠りの魔法をお主にかけるからの』
光が消えた瞬間ククリの目の前は真っ暗になり意識を失った。
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朝。
ククリは気が付けば家のベッドで眠っていた。恐らくあの会議室からここまで運ばれたのだろう。
何時間眠ったのか分からないが今までの疲労は全て取れていた。それに魔法都市プライベリウムと爺さんとの事は全て覚えている。ルメイヤはしっかりと記憶を守ってくれていた。
『ルメイヤ、昨日はありがとう』
指輪にマナを込めて言葉を送るもどうやら眠っているのか返事は無い。ククリはゆっくりと身体を起こして背伸びをし、寝ぼけた頭でぼんやりと周りを見渡した。
瞬間あるものを見て、ククリは飛び上がった。というより目が合ってしまったのだ。
「おはようございます。ククリ様」
ベッドの真隣には綺麗な女性がいたのだ。さらさらの長い青い髪に透き通る赤い目。身体のラインが浮き出るぴっちりした白いアオザイの衣装。スタイル抜群な見た事もない女性が自分の家の自分のベッドで一緒に眠っているなんて異常事態過ぎる。
「だだだ、誰だ!!」
「うふふ。びっくりさせて申し訳ございません。わたくしはメルルヘス・バレンタインと申します。メルルとお呼びくださいませ」
メルルは丁寧な言葉と落ち着いた様子で挨拶をした。バレンタイン家と言えばかつて貴族として王都でステルスヴァイン家と並び立った名家である。しかしとある理由でその名も今では忘れ去られようとしているのだった。
「……で、メルルさんはここに何をしに来たんですか?」
「スカウトです。わたくし破城都市バルベルドは是非とも貴方様を歓迎しこちらの勢力に引き入れたいと考えておりますわ」
戦争での勝利条件は降伏させるまで徹底的に叩きのめすか、もしくは圧倒的な力を保有する事で鎮圧させる2種類がある。破城都市バルベルドはその選択の為にククリを引き入れるのか、あるいは。




