18. 遺体と犯人
コナミには目の前の現実が受け止めきれなかった。
鮮血がボチャボチャと流れ落ちる音。鼻が折れ曲がる程の血の臭いと腐敗臭。首のあたりは皮一枚で繋がっている程に切られており、血が足りないせいか頭部は青黒い。
ロッカーに引っかかっていた体勢が崩れてハーベストは床へ崩れ落ちた。
腰を抜かしたコナミは受け止めきれず、倒れ落ちたハーベストの遺体はそのまま頭部が千切れ飛んだ。飛び散った血は返り血となってコナミの身体を染める。
叫ぶ他なかった。
誰か助けて。
誰か助けて。助けて。助けて。
助けて。助けて。誰か。誰か。誰か
「助けッ!!!…………ぶっ!!」
コナミが叫ぼうとしたその瞬間、誰かがコナミの口元を抑えつける。驚いて暴れるコナミをそのまま背後から抱きしめて動けなくする。その手は微かに震えているが、それを隠すように力強く抑えつけた。
「静かに……して」
その手の先にいたのは【大魔導士】メサイアだった。
先程まで寝ていたのだろうか、ストライプのパジャマ姿に寝ぐせがついている。ほのかにイイ香りと柔らかい身体に包まれて気が動転していたコナミは少しだけ落ち着きを取り戻した。
だがコナミの目の中にはハーベストの遺体がある。急激なスピードで一気に現実に引き戻されるたコナミは抑えつけられた身体を振りほどいてメサイアを馬乗りにした。
「メサイア!誰かにハーベストが殺されッ……ぶっ!!」
またしてもメサイアに口を抑えつけられた。一体何がしたいのかわからないメサイアの行動に戸惑いを隠せない。
「だから静かに……して。まず質問に答えて…。この人とは……知り合…い?」
質問をしてきたメサイアは真剣な目をしている。それもそのはず現場にはコナミ一人とハーベストの遺体。疑われる状況としては仕方ない。一度落ち着くためにコナミは大きく深呼吸をした。
「スー…ハー……よし。さっきはごめん」
体面にお互い正座で座ったメサイアはゆっくりと頷いた。そのまま続けて、と言わんばかりに手を差し出した。
「ちょうど昨日俺が魔法図書室を出て気分が悪くなった時だ。空気を吸いに外に出た時にハーベストが話を聞いてくれて、水を運んでくれたり客間まで運んでくれたりと何かと世話になったんだ。イイ奴だったのになんでこんなことに………え?」
コナミは全身に鳥肌が立った。既にメサイアの目は黒く淀んでどこか遠くを見ている。
マナが漏れているのか周囲の食べ物や道具はカタカタと音を立てる。まるでメサイアを中心に重苦しい風が吹いているようだ。
「ま、待て。どうしたんだ?」
黒く淀んだ眼はこちらを見た。その深く暗い深淵に満ちた眼はブラックホールのように吸い込まれそうな気分になる。
「その……この人は、あなたと会って……その後どうしたの?」
「客間の前までは来てくれたけどその後はよくわからない。兵士だから巡回しに行って……その日の夜に殺された、とかになるのか。てことはやばい!もうこの城の中に刺客が来ている!」
会ったのは昨日の晩。そして悪夢からのこの避けようもない現実。
もしかしたらウロボロスが来ているかもしれない。そんな嫌な予感がして身体を震わせた。
「わたしは……もう犯人が誰かわかってる……」
メサイアは腰が曲がったままゆっくりと立ち上がるとハーベストの遺体を指刺した。
「ハーベストが、犯人?待て待て待て意味がわからないぞ。じゃあどうしてハーベストが死んでいるんだ?」
「………その人……ハーベストが死んでから……既に1週間以上は経過している……。腐っているのがその証拠……」
ゾクッ……
息が詰まった。まるでホラー映画のワンシーンを見たような感覚。
背筋が凍りつくのを感じた。途端に息が荒くなる。
「昨日あなたが会ったというのは……誰?」




