16. 一撃必殺
金髪に白い鎧、手にしているのはステルスヴァイン家に代々伝わる大振りの大剣、宝剣・ヴァリアント。この男こそが王都ブレイブ最強の男、ロキ・ステルスヴァインだった。
「お前、確かに食ったはず……一体どうして生きてる」
「俺は確かに食われた。だがその程度の事で死ぬ事は無い。だが聖属性のマナまで食われるとなると厄介でこの一撃を入れられるのを待っていたんだ」
チラリとこちらを見たロキはふっと笑ってこちらへ歩いて来た。その風格はまるで勝利を意味している程に強くほとばしるオーラを感じる。
「ククリ、感謝する。後は俺に任せておけ」
「待ってくれ!魔絶の書の情報を聞き出せてないし何よりルナが食われた可能性があるんだ!殺すのは待ってくれ!」
「ルナが?分かった見てこよう」
ロキは凄まじい速度でマーロックへと向かっていった。マナを溜めていないというのにククリの雷光抜刀撃とほぼ同じ速度だ。
「ダメだロキ!近付いたら食われてしまう!」
「げははははは!!死ね!!」
黒い球体が包み込むその瞬間、ロキは爆発的に聖属性のマナを溜めた。だがその行為は無駄となったかのように包み込まれ、球体が剥がれ落ちる頃にはロキは消えていた。
「そんな……馬鹿な!!なにやってんだあいつ!!」
「げははははは!!本当に馬鹿だ!!馬鹿だ!!ん?」
マーロックの腹から一本の光の線が出ている。それは次第に膨れ上がる様に広がり腹全体から光が溢れ出した。
「ななななななんだなんだこれは!!まさかあ!!」
キィィィィィィィ!!!!
光は高音の音を鳴らして宵闇を照らし続ける。そしてその時は訪れた。
「秘剣・聖光斬!!!」
腹をぶち破る様に発動された光は幾本もの触手を破壊して突き進む。腹から現れたのはロキはルナを抱きかかえ、掴んでいたライボルグを外へと投げ捨てた。ルナとライボルグは意識を失ったままでルナは身体を痙攣させている。
「腹の中はドーム型の広い空間でそこで身体を消化され続ける仕組みになっている。マナを出そうとしてもドームの壁面から現れる触手で食われる仕組みだ。だが高出力の聖属性を食いきるには時間が足りなかったようだな」
「げ、げはは、げははは!!この、この程度で、俺が、俺がくたばるわけがないだろう!!」
ぶち破った腹は触手が何本も現れて身体を構築して再生していく。それを見てククリは雷のマナを身体に纏うと触手は再生を止めてこちらへ襲い掛かって来た。
「おおおおい!そっちじゃない!!先にこっちを直せ馬鹿!!行くなあああ!!」
ククリはマナを出したり止めたりするとその度に触手は行ったり来たりして方向を見失っている。
「触手の自動操縦が仇となったな。さて魔絶の書について知ってる情報を聞かせてもらおうか。そうしたら身体の回復を許してやる」
「げ、げはは!わかった。何でも話す!これは賊から聞いた情報だがコナミという男が魔絶の書を持っている。魔法都市プライベリウム付近でコナミを見つけたが有り得ない事が起きたんだ」
「有り得ない事?もったいぶらずに全部話せ」
「わ、わかった。コナミは魔絶の書を腰のポーチに入れたまま木陰に座って眠っていたんだ。だから足音を忍ばせて近付いて見たが、全くとして近づけないんだ。近付いているのに遠ざかって行く感覚だ。次第に歩いているのに後ろへ下がり、景色は速度を速めて光の線となり気が付いたら全く知らない場所にいたらしい」
全く状況が理解できなかった。近付いているのに遠ざかって気付けば知らない場所だなんて、一体どんな魔法を使えばそんな芸当が出来る。
「コナミの情報は分かった。他に知っている事は?」
「ま、まずは少しだけでも回復させてくれよ!痛くてマジで死にそうだ、げ、げはは!」
恐る恐る触手で傷を回復しながらマーロックは話し続ける。しかしマナ切れのせいか傷口の修復はまるで出来ていなかった。むしろ徐々に腹の傷口が避けて臓器が見え隠れしている。
「魔絶の書は禁魔目録の完成形と言われている。禁魔目録自体も読めば魂へと結合して身体の一部となる魔法書だ。つまり魔絶の書も読めば魂と結合はずだがコナミは魔絶の書を携帯している。つまり読んではないし誰も読んだ事がない、という事だ」
「コナミの爺さんは初めて魔絶の書を読んだって話は聞いてるぞ。魔絶の書を読んでメサイアと口論したとか」
「それは言わば取扱説明書みたいなもんだ。発動方法でも書いてあるだけの簡易版じゃねぇかな多分。俺が言いたいのは、だ。魔絶の書はまだ誰の手にも渡ってないし国全体の戦争が誰かの手にひっくり返る可能性がまだあるって事だ!げはははは、げぼあっ!!」
マーロックは大量の血反吐を吐きながら両手をあげて大喜びしていた。まるで自身の夢物語を語るかの様に目をキラキラと輝かせている。こちらからすればその光景は不気味でしかなかった。
「つまりこの国の誰かがコナミを見つけて魔絶の書を奪い取れればその国が勝つという事だ。恐らく腰にぶら下げて動き回っている以上、世界中が魔絶の書を見ている可能性が高い。一刻も早く見つけないと」
「でも近づけないんだろ?ロキならどうやって爺さんから魔絶の書を奪い取るんだよ」
「それは寝ていた時に防御領域魔法を発動していた可能性が高い。起きてる最中もそれが発動していればコナミが街に入れないだろうが。だから起きている最中の不意を狙う。まずは居場所を知る為に国を跨がないとな」
それは確かに、とククリは手を打った。これだけの情報で何か作戦を立てようとしているロキはさすがとしか言えなかった。
「ところでよぉ……禁魔目録って人間の罪によって出来ているらしい。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、色欲、そして俺の暴食だ。これらに共通するのは【人間の魂との共鳴】だ……げ、げはは」
マーロックが不気味な笑みをしている。何か最後まで言いたげではあるが腹が避けて臓器が見えた状態で何が出来るはずもない。
「何が言いたい、マーロック」
「ふー……ふー……禁魔目録は人間の魂と結びついて共鳴し合う。それは脳に焼き込みながら記憶を定着して使い方を身体に覚え込ませるんだ。まるで手足を動かせるみたいによぉ……ごぼっ……」
「お前はもう長くない。早く知ってる事を全て話せ!!」
「ふー……ふー……げぼっ……。禁魔目録は、俺が死ねば一体何処へ行くのか知っているか……それは」
ザシュッ!!!!
唐突にマーロックの身体は半分に切り裂かれてしまった。背後を振り返るとそこにはライボルグが怒りの表情を見せて立っていた。更に短剣を全て投げつけマーロックの身体中に刺さると同時に発火して燃え広がった。
「この騎士ライボルグ様を胃袋に入れやがって。僕様を一体誰だと思っているんだ。このクソが!!」
情報を最後まで聞き出す事が出来なかった事で得られる物はなかったがロキは溜息ひとつで片付けた。ライボルグの肩をポンッと叩いて去ろうとしていた。
「無事だったようだな。さて帰るぞ」
「待ってくれロキ。ここで何があった。どうしてさっきあんな簡単に倒せたのにこんなに時間がかかったんだ」
ロキは全く振り返らないままそのまま歩いて行く。余りにも謎が多すぎる。一週間以上もライボルグが生きたまま腹の中に居続ける事が出来た事、そして食われたはずのロキが生きていたのにも関わらず今になって現れた事。更には集落やテントは一切ダメージの一つも無かった事。
全ての謎は全く分からないままロキは進んで行く。その背中は今までの強くて頼れるロキではなく不信感を増した嫌な予感を感じさせていた。




