7. コビーとタルロス
夜になり暗くなってきた所で二人は馬車に乗って外に出た。門兵には貢ぎ物を回収しに行くとだけ告げるとすんなりと通る事が出来た。門兵は宗教の信仰者ではなくただの傭兵として雇われているのだろう。
「やっぱりこの手段しかないんですか」
「ないね。死ぬ気でやるしかない」
外に出て1時間程が経過した辺りで馬車は宗教都市へと戻ってきた。当然何もしておらず何も馬車には乗っていない。つまり貢ぎ物は。
「へっ、お前らついにやりやがった。貢ぎ物はテメェらだ!!」
赤いフードに上裸の小男がナイフを構えながら室内へと誘導してきた。身体検査としてククリの剣とルナの短剣が奪われてしまう。そして手と目を縛られたまま連れていかれた。
「おら!入れ!」
音の反響的に中はコンクリートで出来た10畳程度の部屋だろうか。ここならいくら暴れられても問題は無い。だが貢ぎ物を見た感じでは傷付けられた様子もなかった所を見るに恐らく暴力的な類はないだろう。
「テメェらも馬鹿だよな。神だの宗教だのアホらしい事で命を自ら捨てて回るんだからよ。ま、都市の人間を無駄にしたくないって理由で外から男女を拾い漁るお前らみたいな行商人もいるんだからテメェらはまだまともか。祭司ファダルに目を付けられるからそうなるんだよ」
神とは信仰する民あっての物。つまり民を無駄に減らし続けていけばいずれ戦争が終わった後に使える人間が減ってしまう可能性がある。だから信仰の薄い者を脅して外から行商人として連れてきていたのだ。
「私たちはこれからどうなるのです」
ルナは口を開くとタルロスが引っぱたいた。傷付けるわけにいかない商品の様なものであるから力いっぱいではないにしろ、その音は部屋中に響き渡るレベルに大きかった。
「勝手に喋るなよクソが」
「まぁまぁタルロス、いいじゃねぇか。ちゃあんと教えてあげねぇと可哀想ってもんだろ?テメェらは明日祭司ファダルが取りに来るって寸法さ。薬漬けにして言う事聞けねぇようにしてからな。はは!!」
やはり魔法ではなく薬漬けだった。魔法を使ったにしては効果が曖昧過ぎるとは思っていた。死ぬわけでも意識を失う訳でもハッキリとしていなかったからだ。ここは思い切ってククリも聞いてみる事にした。
「あ、貴方たちは一体何者なんですか」
パアン!!!
引っぱたかれた力は想像よりも遥かに強く口を切って血が吹き零れる程だった。こんな強さの痛みをルナにした事、それを絶対に許しはしない。
「タルロスやめろ。まだ時間はいくらでもあるし泣き叫ばれるよりお喋りのが楽しいじゃねぇか。俺たちゃ金で雇われてるだけの傭兵だ。外にいる連中とは雇用形態が少し違うだけ。金さえくれりゃあこんなクソみたいな街とはおさらばしたい所だね」
「そう。話は分かった。それじゃさっきのお返しするね」
ドギャア!!!ズズン!!!
凄い音が隣から聞こえたと思ったら鋭い攻撃で目と腕に縛ってあった縄が弾け飛んだ。ぼやける目の前にいたのは一体どこから手に入れたのか不明だがルナが鞭を持ってタルロスを薙ぎ倒した事だけは分かる。
「テ、テメェ一体そいつをどっから!!」
「色々話してくれたから教えてあげる。私は通常魔法が使えない代わりに異質魔法を二つ持っているの。その内の一つは好きな武器を一つ手にする事が出来る魔法。生成魔法と呼んでるかな」
タルロスは立ち上がってルナに向かって大剣を持ち上げてブンブンと振り回している。その剣捌きは一流とまでいかないが門兵がどれだけ束になってかかっても勝てないだろうと分かる。
「強いねあんた」
「クソが!!!」
振り下ろす剣に対してルナも武器を生成し直し剣へと持ち変えて受け止めるがその重さは容易にルナの足を膝に付かせた。足元のコンクリートにヒビが入り床下にある金属製の床下が見えている。
「ナメやがって。タルロスは常に肉体をマナが循環して強化されてんだよぉ。テメェの細っこい手足でどうにか出来るもんじゃねぇよ!」
「クソが!死ね!!」
明らかに力勝負では分が悪いかもしれない。もう一度振り上げる攻撃を受け止める力はもう残っていないだろう。そう思ってククリは雷のマナを貯めて一瞬にして小男に近付いた。あまりの速度とノーモーションから繰り出される動きは瞬間移動にも近しい。
「え?」
何が起こったのか分かってもいない小男から簡単に武器を奪い取ると剣にも雷のマナを貯める。速度は強さだと爺さんはよく言っていた。見えないものは避けられないし速度は力を凌駕する。爺さんが一番使っていた技であり、自分にとっても最も愛用している技。
「雷光抜刀撃」
ルナに対して振り下ろされる剣にククリは技を放った。電撃は周囲のコンクリートを伝って小男も痺れている。そして放たれた斬撃は火花を散らしてタルロスを壁に叩きつけた。その衝撃は凄まじくタルロスの剣はバラバラに砕け散ってしまう。
「……君、強いんだね」
「ククリって呼んでください」
ククリはルナの手を引いて立ち上がらせた。崩れたコンクリートの壁は金属製の壁が剥き出しとなっている。音も衝撃も吸収出来る作りになっており、宗教都市としてもこの秘密をどうしても守りたいといった所だろうか。
「ク、クソが。つ、強いじゃねぇか」
「へ、へへ。俺達をどうするってんだ。もしかして殺すつもりじゃねぇだろうな。誰の差し金だってんだ」
タルロスと小男は息を切らせていて立ち上がるのも精一杯だった。ルナは青色のドレスのスカートの裾についた埃を掃って小男を見た。
「私たちはこの祭司ファダルに聞きたい事があって来ただけ。ある意味傭兵と呼ぶならあんた達と変わらないわ。協力してくれるなら手もあげないし報酬としてここで支払われてる5倍は出す」
「ご」「5!?」「GO!?」
「「「5倍!?」」」
報酬の料金も聞いていないのに5倍と提示するとは一体どこのお金持ちなんだ。貴族家計は大体苗字が付いているがルナマイアにはそれらしい自己紹介は無かった。
「どっからそんな金が!!」
「これで足りる?」
どこからか取り出した袋を小男に投げ捨てると急いで中を調べた。純金や宝石、紙幣を含めた袋の中身だけで一生遊んで暮らせる金額はあった。
「ななななななんじゃこりゃあ!!マジかよ、タルロスどうするよ」
「クソがよぉ、こんなの協力するしかねぇよ」
そう二人が話すとこちらを小男は土下座に手の平を広げて見せた。
「なんなりとお使いください!俺はコビー、こいつは弟のタルロスってんですわ。口も割りません、何でも従います。この金額に見合う仕事は絶対にさせてもらいます!」
小男のコビーはニッコリとした笑顔をこちらに向けている。商売上手なコビーと傭兵として力量高いタルロスのコンビは兄弟とはいえ上手な関係が作られている。
「分かった。じゃあまずは私たちが無事な状態で祭司ファダルと3人きりもしくは2人きりになれる状況とか作れる?」
「姉さんそいつは厳しいっすね。祭司ファダルには右手左手と呼ばれる黒い服の男達が常にいるんす」
恐らく用心棒として雇われているのだろう。タルロスがここに駐在しているという事はタルロスより強い男であり祭司ファダルが信用を置く程に忠実な信徒なのかもしれない。
「どうやって引き渡すの?」
「特殊な魔法薬をじっくり使って昏睡状態にしてから運び出すんですわ。ここは地下と宮殿が繋がってましてそこから運び入れるんです。トロッコがあるんでそいつに乗って行くんすけど、向こうに着いて検品する人間が合格を出さないと降りてこないエレベーターを使って祭司ファダルの元へ送られるっす」
仮にコビー達が協力してくれていても検品する人間が合格と出さない限りエレベーターは来ない。つまり昏睡状態になっておく必要がありそうではあるがそのまま右手左手と戦闘になるのは不可能だ。
「だったらその検品する人間を無理やり合格と言わせればいい」
「それがですね、右足左足と呼ばれる男たちで戦闘能力はそこまで無いんですが列記としたファダル大好きのスーパー信仰者なわけですわ。そんな奴らは死んだって絶対協力なんてしないっすよ」
「手の次は足かよ。どこまでも徹底してるな」
「クソだがそれくらいしてねぇとこの街で秘密を守るには危険過ぎる行為だ。それにクソ祭司が何の為に命を弄んでるかなんて誰にも知られちゃいねぇときた」
処刑人のマスクを付けたタルロスですら飽きれる程の祭司は知らなかっただけで一体どれだけの命を吸ってきたのだろうか。
「昏睡状態ってどれくらいで目が覚めるの?」
「あっ!そうか!!合格だけ出せばいいってなるならエレベーターに乗ってる時に起きれるくらいの量にしとけばいいのか!さすが姉さんだぜ頭がいいし美人だし金持ちだし最高だ!」
質問しているだけなのに勝手に回答を出して媚びへつらう姿はまさに天晴れと言える程の商売人だ。それに回答内容自体も恐らくルナが聞きたかった真意だろう。
「出来るの?」
「俺に任せてくだせぇ!薬の調合や成分量や効き目はちゃあんと測定してますから大丈夫すよ!!」
裏切る可能性は十分にあるしどこまで信用していいのか分からない。気が付いた頃には祭壇の上で昏睡状態のままあの世行きになっている可能性だってある。それでも目の前に魔絶の書の手掛かりがある以上前に進む以外に手はない。
「信じてるからなコビー、タルロス」
「私も信じてるからそれで進めて」
その言葉にコビーは急いで薬の調合の準備をした。隠してあった薬の量はそれなりにあり、天秤や顕微鏡などで細かく量を刻んで入れている。タルロスはククリの剣を一度預かり手入れをし始めた。
「俺たちゃよぉ、元々破城都市バルベルドに傭兵としていた頃もあったがあそこはもう駄目だ。内乱でも俺達は戦ったんすけどアレは酷かった。人間の最もやっちゃいけねぇ事を繰り返していた。俺達も魂がどうにも擦り減ってたのかもしれねぇ。良い事悪い事の分別がついちゃいなかった」
「そんなクソな俺達を信じてくれるなら俺達も全力でやらせてもらう。このクソな街をぶっ壊して全ての民を救ってやろうぜ」
魔絶の書が本来の目的でありククリ達はあくまで王都ブレイブから任務として派遣されているだけだがそれは伏せておこう。
「なんか、アレに似てるな。リーダーは確かコナミだったか。当時は旧剣聖フィルスや現剣聖アイリッシュ、大魔導士のメサイアなんかもいたってアレだ。大した連中だぜクソったれ」
「昔いたらしいなぁ、世界を平和にして回る連中がよ。姉さん方もそういう感じなんすか?」
ククリはチラッとルナを見たが特に何も考えてなさそうな顔をしているどころかこの顔は理解していない顔だった。作戦内容もそうだが脳筋パワープレイな場面がチラホラ見られるからもしかして馬鹿なのかもしれないと疑っている。
「さあ。でもこの悪行は必ず止めるから」
「かっけぇーーー!姉さんかっけぇっす!俺達も頑張るっす!!」
ルナその言葉を横目に座り込んで眠ってしまった。この状況でよく眠れるなと思いながらもこれからの戦いに備えるのであればそれもいいかもしれない。
「なぁ兄ちゃんよ。あんたのさっきの雷の魔法での攻撃、どこで覚えた?」
ククリの剣を手入れしながらタルロスが質問してきた。少し興味があるのかコビーも聞き耳を立てている。
「あれは昔爺さんが使っていた技なんだ」
「兄さんよ、もしかしてコナミの孫か?」
「なんで爺さんの名前知ってるんだ」
「ありゃ~10年くらい前だったす。破城都市バルベルドの内乱を止める為に一人で駆け付けた爺さんがいましてね。それはもうとんでもなく強かったんすよ。雷だの火だの水だの光線だのバンバン使いまくっていやがったすよ」
「結局破城都市バルベルドのクソ内乱を止めたのはコナミの爺さんだったが何かを探している様子だった。いや、誰かなのかな。とにかく色んな人に何かを聞きまわっていたぜ」
爺さんも何かを探していたのだろうか。もしかして魔絶の書を探す目的で旅をしているのだろうか。何にしても一人で内乱を鎮圧出来るなんて信じられる話ではないが、剣聖アイリッシュの夫であるのもそれなら頷ける。
「俺は爺さんとはあんまり関わりがないんだ。15年前に両親が死んでから爺さんはずっと旅に出たまま帰って来ない。小さい頃は何度も稽古を教わったんだ。その時覚えたのがさっきの雷光抜刀撃だけで……」
嫌いなわけではない。寂しいわけでも無い。でもアイリお婆ちゃんが悲しい思いを背負っているのだから早く帰ってきて欲しいとそう願っている。
「兄さんも色々あるんすね。まぁよ、今やろうとしてるのはこの街を救う事って考えるなら爺さんの血はしっかり引いているのかもしれないすね」
「はは、どうなんだろう」
爺さんはどこで何をしているのだろう。この魔絶の書を探す旅をしていればいつか会えるかもと思っていたけど想像以上にゴールは目の前だったようだ。そう考えている内にククリは眠ってしまった。




