130. マイヤとシルエッテ
エバ・バレンタインは明らかにイヴの母親であると分かった。だがまだ妊娠等はしておらずイヴもまたこのディバインズオーダーには存在していなかった。つまりジグラートと結婚して産まれるのであれば、ジグラートが死んだ場合存在し無くなってしまう。
コナミはこの旅でこれ以上3人の同行を許す事が出来なくなった。仮に魔王城までの旅路を進めたとしてもその道中死ぬ気でジグラートを守る必要が出てきてしまったからだ。
この事実を深く受け止めてその夜にはみんなを残してコナミはまた1人で出て行く事を決意した。
「みんなよく来てくれた。まずは王に挨拶に伺おうではないか」
エバは4人を引き連れて王都ブレイブの中央に存在する実質的なディバインズオーダーの王に会いに向かった。やはり名門の家計のお陰だろうか王への謁見の為に王室までは真っ直ぐに入る事が出来た。
そこに現れたのは貴族風な格好をした白い鎧を着た騎士。髪は金髪でその身に似合う大きな大剣を持っていた。
「やぁエバ・バレンタイン。君が王に謁見に参るなんて珍しいじゃないか。今宵はこの地に雪でも降るのかな?」
「ディオス・ステルスヴァイン。こんな所に住み着く様にいるだけで剣技も磨かずもしかして暇なのか?」
噛みつき合う様に仲の悪い二人だったが、ステルスヴァインという名前。つまりフィルスの父親にあたる存在だった。分厚い甲冑を見に纏った大きな姿はフィルスを思い出させる。
「父上!剣の稽古終わりました!あ、エバ様。お久しぶりでございます!」
走り寄るまだ幼い剣士見習いの少年。その面影は今も昔も変わらず未来の【剣聖】フィルスだった。フィルスは将来この王都を守護する最強の剣士として育っていく。
「フィルス、お前は本当に愛らしいな。どうしてこの様な男からこんな子供が産まれたか不思議に思うよ」
「ハッハッハ!俺が産んだ訳ではあるまい!だが子供は本当にいいぞ。エバも早く作るといい。頑張れよジグラート殿!」
「はい!頑張りま……ぶへ!」
エバにどつかれるとジグラートは苦しみ藻掻いた。将来は尻に敷かれる鬼嫁にでもなるのかもしれない。王への謁見は軽くで済んだが、ジグラートとエバはそのまま残り二人は王と話をしていた。折角の機会であるし恐らく身分違いの婚姻の話でもしているのだろうか。
「エンメイさんはその、好きな人とかいるんですか?」
唐突に話題を振り出したシルエッテは顔を赤らめながら聞いた。ツッコミを入れないあたりマイヤも興味深々の様子だ。
「ああ。本当に大切な人がいる。今はまだ会えないけどいつか会うためにこの旅をしている感じかな」
二人は少し見当違いの回答に残念そうに見えた。
「ふうん。魔王を倒せば会えるっていうの?もしかして王女様と約束してきたとか?」
「そういう訳じゃないんだが、上手く説明が出来ない。いつか全てが終わった時にみんなに話をするよ」
ウラノスがアルテウスを殺しさえすれば全て話せる。いつかこの3人にも本当の名前で本当の話をしてみよう。
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その夜、コナミはエバから借りた借宿を抜け出して夜の闇を駆け抜けた。もう3人には迷惑をかけられないし、守り抜ける自信も無かった。魔王城ゼロアスターはここからでも急げば直ぐに着いてしまう。これ以上一緒に居るわけにはいかなかった。
コナミはロバートフットを借りに向かうとそこには既にマイヤとシルエッテが乗車していた。
「遅いよエンメイ。謁見の後、目を見た時絶対また抜け出してここに来ると思ったわ」
「ジグラートとはここまでって決めていたんです。彼には彼の人生がありますから。でも私たちは冒険を続けたいんです。あなたの夢の果てを見る為に」
本来嬉しいし心強いはずの同行だったがコナミはそれでも断らずにはいられなかった。もう少しで終わる戦いでこれ以上大事な命を失いたくなかったから。
「ふざけるな。これ以上は本当に困るんだよ!だから着いてこないでくれ!」
「ここから何日かかると思ってるのよ。貴方の事だから道中絶対何も食べないで飢え死するのが見え見えだわ。とにかく行くわよ、さっさと乗りなさい」
この砂漠を1人歩いて横断は体力的にかなり厳しいものがあるし、夜の砂漠をこの二人で行かせるわけにもいかなかった。コナミは仕方なくロバートフットに乗った。
「夜のアルケニオン砂漠は危険だ。絶対に俺から離れないでくれ」
「エンメイさんと一緒なら安心ですよ」
「………」
頼りにされて嬉しい気持ちはあるが不安な気持ちの方が強かった。力を開放し過ぎればいつアルテウスに目を付けられるか分かったものではない。かといって力を温存すればまた仲間を失い兼ねない。コナミは能力を使用せずマナのみでこの砂漠を横断する他無かった。
「カカカカカカカカカ!!!」
「ずあああああああ!!!」
それからは何度もオケイロンに襲われる事態に見舞われたがその度にコナミは全て掃討していった。失ったマナはマイヤとシルエッテが補填してくれたお陰かなんとか横断には成功した。
「さすがエンメイね。あれだけの数のオケイロンを相手にしても全然ヘッチャラだなんて大したもんだわ」
「……そんな簡単に言うな。命がかかってんだこっちは」
「ふふ。頼りにしてますよ勇者様」
ロバートフットを返却してグロウヘッドの街を少し抜けた先、魔王城へと向かう道中の森で一旦テントを張り休憩した。その際もマイヤは栄養価の高い食材を用意し、火の調整をシルエッテが行った。
「私が作る料理には神のご加護が含まれているの。これからの戦いでも貴方をきっと守ってくださる。だから忘れないで。貴方は独りで戦っているわけではないと」
「お役には立てませんがエンメイさんの為なら何でもするつもりで着いてきていますから」
「なぜ二人はここまで親切にするんだ?メリットなんてないだろ」
二人は顔を見合ってクスクスと笑うと料理をよそいながら話す。
「私たちはスラム出身で身寄りも無ければ行く宛てなんて何処にもないの。ギルド登録がなければ死んでいても誰も気付かない様な存在よ。天涯孤独なの、私たちは」
「エンメイさんの目を見た時スラムの頃の私たちと同じ目をしていました。詳しい事は分かりませんがきっとこの旅が孤独で辛く苦しいものだと思います。だからこそ明日も笑っていられる様に私たちがお傍についています」
ヴァイパーズパンクよりも酷い場所。恐らく身寄りのない人が寄せ集まって住んでいる集落が何処かにあるのだろう。二人は同情や共感なのか定かではないが、コナミの心の内にある孤高の魂に気付いている様子だった。
「俺は……そうだな。この戦いが終わったら全てを話すよ。だからこそ魔王城には俺一人で行く。その周辺地帯もかなり危険だ。俺の指示には必ず従ってもらう。いいな?」
二人は笑顔になって頷くと楽しそうな話題に切り替えて食事をした。その夜は二人がコナミに孤独を搔き消すかの様に寄り添いながら眠りに付いた。コナミが旅をする上で言った守るものがある方が強いのか、ウロボロスが言う孤高こそが真の力を得るのか分からない。
それなら孤高でありながら守るものがある方がきっと強い。この二人も、みんなの未来も絶対に守ってみせる。コナミは自らの魂にそれを誓った。




