14. 世界の真実
メサイアは逃がすつもりが無いのか握られた手は頑なに離れずにいた。口も手も固定されたかの様に全く動く気配はない。
長く垂れたボサボサの髪の毛の隙間からは黒く淀み切った目でコナミを覗き込んでいる。
怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い
怖い怖い怖い怖い怖い怖い……!!!
全てを見透かされている気分だった。
イヴの件もあって本当の事を全て話してしまったとしても信用してもらえず殺されかねない。嘘を重ね続けた所でいつかボロが出ると感じたコナミはある程度隠して真実で話そうと決めた。
コナミの話そうとする意思が通じたのかメサイアは口封じの魔法を解く。
「シガレットって名前を話してはいけないってイヴから聞いたんだ。話してもいい反応しなかったからそれで、どうしてか気になって」
イヴという言葉にメサイアは反応したが大きく溜息をついた。
「英雄シガ……レットを……どこまで知っている」
「……何も知らないからこうして探しに来たんだろ?」
――――嘘をついた。
握られた手から心音がバレていないか心配でならなかったが、あくまで平常心を顔で貫いた。落ち着いて話す事でやり過ごせるかもしれないと踏んだ。メサイアは手を離しノロノロと中央のテーブルの椅子に着く。
「座って……少し話そう。その本を渡して……」
コナミは恐る恐る対面の席に着いて本を渡した。メサイアはパチンと指を鳴らすと魔法図書室全体の灯りがぼんやりと見えるようになった、
先程渡した【英雄シガレット】と書かれた本をゆっくりと開く。すると本から異様な黒い煙のような物が噴き出た。
「これは……私が本に魔法をかけて……あったんだ。この本を開くと……私が感知できるように」
「どうしてそんな事を」
メサイアは少し黙った後ゆっくりと口を開いた。
「この世界には闇の使者っていうのがいて、シガレットの分身なんだ……。シガレットの情報について知る事で……その力は増幅し、やがてシガレットに近付いて行く……」
メサイアの言う事が全て真実だとしてもあまりにも突拍子の無い話だった。シガレットは自分自身のアバターみたいな存在で闇の使者なんて者に分身した覚えもない。だがこの場は何も答えないのが正解だろう。
「さすがはメサイアだな。イヴはあんまり知らない様子だったからびっくりしたよ」
「闇の使者について……調べるのは当然…。私と違ってイヴは忙しいと思うし……。さて、この本を声に出して…読んでみて……」
本を渡してくれたが目の奥は決して警戒は解いてくれていない様子だった。もしかすれば自分自身が闇の使者なのではないかと疑われている可能性がある。シガレットの情報を得る事でコナミの力が増幅すれば闇の使者として消されるかもしれない。実際自分自身が分身みたいな者だからそうならない事を祈るばかりだった。
本を開くと中身は伝記というより小さな絵本のようになっていた。
だがよくある可愛らしい絵ではなくそこらじゅうを書き殴ったような歪な絵をしている。コナミはその中に書かれている文章を読み上げた。
「英雄シガレット。かつて4人の勇者と共に魔王勇者パーシヴァルを打ち払い、世界を救った【英雄】です。世界を救った英雄達はその後民を守ったり幾度も旅を続けましたが、突然英雄シガレットは姿を消しました」
この世界に突然来たせいで姿が消えたという事だろうか。それにしてはまだ1カ月も経っていないはずだ。
「しばらくして英雄シガレットは仲間達の前に魔物の軍勢を引き連れて現れます。そしていきなり剣聖フィルス・ステルスヴァインを一太刀で殺してしまった……のです……」
手が震える。目が泳ぐ。頭は真っ白になる。
フィルスを殺した?そんな馬鹿な話があるものか。
こんなにもあっさりと人を殺したと書かれているものだから言葉の一つ一つに疑う余地など無く、だが現実かどうかも疑わしく思えた。
絵はニコニコと笑うシガレットと思わしき人物が剣を振り、フィルスの身体を背中から引き裂いている。絵からは怒りと憎悪と恐怖が入り混じったのかぐちゃぐちゃに書き殴られていた。
「どうしたの……?」
「あ、いや、フィルスってアイリのお父さんだって聞いてたから、それでさ」
疑われる心配を恐れて咄嗟に誤魔化した。
「あの娘が…アイリッシュ?そういう事か……。続けて……」
「英雄シガレットはフィルスの大剣を奪い人々を殺し続けました。被害は甚大ではなく、世界三大都市の王都ブレイブ、魔法都市プライベリウム、教会都市ジンライムはほぼ壊滅してしまいました。残された3人の勇者は戦いました。【霊剣】イヴ、【大魔導士】メサイア、【大司祭】レイテ。そして何とか討つ事が出来ましたがそれでも諦めなかった英雄シガレットは封印を破り自らを8体の分身【闇の使者】に分けて世界のどこかに放ちます。こうしてディバインズオーダーは闇の使者の復活を恐れ、いつ再来するか分からないその攻撃に人々は怯え続けている……」
理解が出来なかった。想像を絶する形の真実を知ってしまった。
コナミが元々シガレットだなんて口が裂けても誰にも言えるはずないし、自らをシガレットと名乗ってはイヴに剣を向けられても何らおかしくはない。闇の使者だと思われ疑いの目を向けられて当然だ。
「私たちは……その後世界中の人間に嫌われた……。シガレットを討ったとは言え、仲間が世界を…滅ぼしたから……。だから各都市で償っているの……。私達に出来る事は……闇の使者を殺す事と……みんなを守る事だから……」
話し終えて悔しそう震えるメサイアを見てコナミは気付いたら涙を流していた。メサイアの黒く淀んだ目は少しづつではあるが疑いを晴らすかのように優しい目に変わっていた。
「闇の使者は……どんな敵なのかもわからない……。だから私たちは…全てを疑わずにはいられない……。初めは君たちを…怪しんでいた……。けど君の目を見てわかった……。その心配も……なさそうだ……」
違う違う違う違う違う!!!!!
本当は俺なんだ!!!!!!!
俺がシガレットなんだ!!!!!
そう言いそうになったがそれを口に出す事は出来なかった。
「信じてくれてありがとうメサイア。おやすみ」
そう言い残して魔法図書室を後にした。全てを忘れて眠りたい、そんな気分だった。
シガレットのせいで今まで頑張ってきた事も全て無駄となり、世界は一度滅びかけたという事実。
そしてシガレットがフィルスを殺したせいでアイリは闇の使者を殺す為に1人で旅に出たのだろう。次にアイリに会う時どんな顔をして会えばいいかも分からなかった。




